1712時

 もうだめか――。


 カティは思わず黒づくめの兵士から目を逸らした。


 その時、一際大きな銃撃音がすぐそばで響いた。同時に、ガンッという衝撃音が聞こえ、カティの目の前にその兵士が倒れ込んだ。


「長持ちはしない。早く行くんだ」


 パウエルとアケルマンだった。アケルマンは敵から奪ったと思しき火炎放射器を背負っていた。


「全く頑丈な奴らだ」


 アケルマンは呆れたように言った。その間にカティたちは立ち上がり、信じられないというような視線を二人に向けていた。パウエルは手にした大型の拳銃を倒れている兵士に向けながら言う。


「こいつらは普通の人間じゃない。どうやっても倒せない。が――」


 そこで銃を三連射する。それは重甲冑のヘルメットを正確に撃ち抜いた。普通なら仮にヘルメットを貫通していなかったとしても、衝撃だけで即死である。


「こうすれば時間は稼げる。ここは俺たちに任せて早く格納庫へ行け。一匹厄介な奴が接近してきているようだ」

「少佐、軍曹も、一緒に」


 エレナが言うが、二人は同時に首を振った。アケルマンが言う。


「自分がしんがりを務める。生き残るのは若い奴が優先だ」

「俺はこの足だから走れない。足手まといになるからな」


 パウエルは義足を示しながら言った。カティたちは顔を見合わせる。


「わかりました」


 ヨーンが頷いた。その目は倒れている敵の兵士に向けられている。血液がまた逆流して体内に吸い込まれていっている。そこにパウエルは追加で銃弾を撃ち込んだ。それでも時間稼ぎにはなるらしい。


「空に逃げれば奴らも手が出ない。F102イクシオンで隣の空軍基地まで逃げろ、いいな?」

「わ、わかりました」


 エレナが言った。カティとヨーンも一秒遅れで頷く。アケルマンが彼らに背を向けたまま怒鳴る。


「わかったら行け、ションベンたれのヒヨッコども!」

「さ、サーイエッサー!」


 反射的に応じる三人。


 アケルマンはニヤリと笑みを浮かべ、火炎放射器のトリガーを引く。暗い廊下を黄金色の炎が焼き払う。燃え上がる図書室からの延焼と、今のこの火炎放射の影響で、カティたちがやって来た道は完全に塞がれた。


「足止めになればいいんだがな」


 アケルマンはフッと笑みを漏らす。そしてまだ立ち尽くしているカティたちを睨んだ。


「行け、クソッタレども!」


 その一喝は効果があった。カティたちは一目散に廊下の先へと消えて行った。


「さて、少佐殿」

「軍曹にそう呼ばれるとなんだかむず痒いな」


 パウエルは左手の親指で鼻の頭を撫でた。アケルマンは精悍な顔に凄みのある微笑を貼り付けて、左手の親指で後ろの方を指差した。


「少佐殿も行ってください。ここは自分が食い止めます」

「火炎放射器だけじゃ――」

「何、下士官には下士官の戦い方ってものがあるということです」


 有無を言わせぬその口調に、パウエルは素直に従うことを決めた。死ぬ場所がここではなくなる、それだけのことだと、彼は腹をくくっていた。これだけ多くの候補生たちを死なせておきながら、どんな顔して生き残れというのか。


「少佐殿。死ぬことはいつでもできます。大事なのは死ぬ時期を見誤らないことです。それまでは貪欲に生きる義務と権利があります」

「軍曹……」

「なに、葉隠はがくれのパクりですがね。勇気とは、死すべき場にて死し、討つべき場所にて討つ事――」

「そしてこれは義によって成る」

「左様です、少佐殿」


 アケルマンはそう言うと、左手を素早く振り払った。「行け」と言っているのだ。その間にもガシャンガシャンという音は着実に近付き――。


 炎に煙る廊下の向こうに、姿を現した。


 巨大な黒い兵士。それは手に巨大なガトリング砲を持ち、ゆっくりとではあるが確実に近付いてきていた。


「さぁ、行ってください、少佐殿」

「しかし軍曹、武士道では、命を粗末にしろとは」

「自分の方が年嵩としかさですよ、少佐殿。説法される道理こそありません」


 アケルマンは再び火炎放射器のトリガーを引く。目くらましにはなるだろう。


 その間に、パウエルは可能な限りの速度でその場から離れ始めていた。


 巨大な黒い兵士は身長にして二メートル五十センチ近くはあった。尋常ではない大きさだ。そして腰だめに構えたガトリングも、おそらく口径は三十ミリ。人間が手に持つような代物ではない。


「サイボーグか何かか」


 アケルマンは目を細め、その巨体と対峙する。距離は三十メートルそこそこ。火炎放射器はまだ届かない。ガトリングの照準レーザーがアケルマンの胸に照射される。アケルマンは素早く動いてその照準から逃れ、再び火炎放射器のトリガーを引き絞る。今度は天井に引火した。たちまち廊下に黒い煙が充満し始める。


 その瞬間、アケルマンは火炎放射器の一式を投げ捨てた。そして廊下に身を投げ出す。その頭上スレスレを大口径の弾が通り過ぎて行った。その三十ミリの弾丸の威力は凄まじく、跳弾にすらならずに壁や天井を破壊していく。秒間数百発もの連射速度を持つガトリング砲に薙ぎ払われた場所は、まるで高熱の剣で叩き斬られたかのような様相を呈する。かすりでもしたら、人間など挽肉ミンチ確定だ。


 アケルマンは未だ倒れている敵の兵士からライフルを奪い取り、棒立ちになっているガトリング使いに向かって正確な連射を撃ち込んだ。兵士は左手でボディを庇うような動作を見せたものの、それだけだった。お返しとばかりに砲身が回転を始める。アケルマンは素早くすぐそばの教室に飛び込んだ。その直後に三十ミリの弾丸が廊下を薙ぎ払った。アケルマンは教室の中を見回し、倒れている陸軍の兵士の装備から手榴弾を三個、拝借した。このくらいしか有効打の出せそうな武器がない。


「二十年ぶりの実戦。腕が鳴る」


 もっとも、あの時はこんな化け物相手ではなかったが――。


 アケルマンはニヤリと笑みを浮かべつつ、手榴弾のピンを抜いた。


 ガシャンガシャンとガトリング使いが近付いてきているのが分かる。動きは鈍重だから、ある程度は逃げることができるだろう。だが、敵はあの一体だけではない。となれば、あれを無事に通してしまっては挟み撃ちに遭う可能性だって捨てきれない。それだけは避けねばならない。


 アケルマンは正確に三つ数え、そして手榴弾を放った。その直後にガトリングの掃射が襲い掛かってきたが、間一髪で教室へと身を隠す。もはや教室と廊下を隔てている壁は穴だらけで、その用を為していない。


 爆発音が響き、その爆風は室内のアケルマンにも生ぬるい風として届いた。通常の人間なら、こんなものの直撃には耐えられない。だが、重甲冑を着ている上に、謎の生命力を有した相手だ。足止めになれば御の字だろう。そして今はあの「ガシャンガシャン」という物々しい足音は聞こえていない。


 アケルマンはさらに一個の手榴弾のピンを抜き、廊下を転がした。今度はガトリングの掃射はない。だが、アケルマンは燃え盛る廊下の向こうに仁王立ちになっているその巨人の姿を見ていた。


 手榴弾が炸裂した直後、アケルマンは残り一個の手榴弾も放り投げていた。狙い通りなら、確実な戦果を得られる一撃だ。


 その手榴弾は正確な軌道を描いてその巨人の胸元に命中した。そしてその直後に炸裂する。巨人はガトリングの砲身を回転させ、引き金を引いた。


「よし――」


 アケルマンはニヤリと笑うと、素早く教室から転がり出て、廊下を一直線に走った。ガトリングの砲身回転音は響いたが、弾は発射されなかった。手榴弾によって、ガトリングの発射機構が破壊されていたからだ。ガトリングさえなければ、あの鈍重な兵士は脅威にはなり得ない。アケルマンの戦術的勝利である。


 だが――。


 アケルマンの背に、ナイフが突き刺さった。


 先ほどパウエルに頭を撃ち抜かれた敵兵士による一撃だった。



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