1710時

 外部との連絡は完全に絶たれている。フェーンは一人、シミュレータルームへと向かっていた。レクセル大尉に出した指示が守られているのだとすれば、まもなく合流できるはずだ。幸い、この奥地まではは来ていない様子だった。


 とは言っても、屋外で吹き荒れる爆風や屋上からの機銃掃射の影響で、窓はほぼ全て砕け散っていたし、廊下や床も穴だらけだった。窓越しに撃たれた候補生や陸軍、海兵隊の死体があちこちに転がっていた。


「論理回線までやられるとはな」


 論理回線とは、軍用の最高強度の回線である。ジークフリートを経由したであり、ジークフリートのネットワークが生きている限りはまず落ちないという触れ込みの回線だった。そしてジークフリートのネットワークが落ちるなどあり得ないし、軍の最高レベルのセキュリティをかけられたネットワークであるがゆえに、不正アクセスによって突破されるリスクもほぼ無視できるものとなっている――はずだった。


 だが、現実にはこうして完全に制圧されている。外部と連絡が取れないということは即ち、増援が見込めないということである。誰も論理回線が落とされることなど想定していないからだ。論理回線が落とされた時の非常時運用フローがすぐに思い出せるような奇特な人物など、フェーンを除けば一人しか思いつかない。


 フェーンは大振りの拳銃を構えつつ、照明がすっかりダウンしてしまった廊下を慎重に歩く。いつ屋上からのサーチライトに捕われるかわからない。見つかったら最後だ。


 屋外の銃撃戦はだいぶ沈静化したようだ。おそらく、ヤーグベルテ軍が軒並み打倒されたのだろう。論理回線を失ったということはつまり、広範囲の指揮系統を失ったということに等しく、随所に配置された兵士たちは各個撃破の対象になってしまったのだ。


 フェーンは唇を噛みつつも、前に進む。そして、手近な階段を下りる。


「ゴーストナイト、か」


 フェーンは階下に転がる死体の山を見て、その階段を諦める。避難途中の団体が軒並み射殺されたのだろうということは想像に難くない。護衛の兵士たちと思しき兵士たちは、その尽くが頭部を粉砕されていた。大口径の銃で至近距離から撃たれたという印象だ。いずれにせよそこは死体の山がバリケードのようになっていて、通ろうと思って通れるような状況ではなかった。


 仕方なく上の階に戻ろうとした時、死体の方から足音が聞こえてきた。


 べちゃべちゃと水気を含んだその足音は、死体の山の前で立ち止まった。フェーンは階段の踊り場に身を潜め、その持ち主の気配を探る。


 一人――か?


 フェーンは拳銃をちらりと見遣り、溜息を吐いた。あいつらは重甲冑を装備している。となれば、フェーンの9ミリなど豆鉄砲のようなものだろう。せめてサブマシンガンでもあれば足止めにはなるのだろうが。


 とりあえず、逃げるか。


 フェーンは急ぎ、階段を上った。階段を上り切った頃、階下で派手な爆発音――手榴弾と思われる――が響いた。死体の山をのだろう。


 舌打ちしつつ、別経路でシミュレータルームを目指す。途中からは一本道になるから、そこまで敵の侵入を許してしまうと厄介だった。そうなった場合には自分が食い止める他にはないだろうとも思っていた。


「エディット、気付いてくれ……!」


 フェーンは奥歯を噛み締めながら、そう呻いた。


 階段を上ってくる足音が聞こえてきた。フェーンはその鷹のような目で階段室を一瞥すると、廊下を駆け出した。途中でサーチライトに照らされるという失態を犯したが、その後に続いた機銃掃射の直撃を食らう事だけはかろうじて免れた。壁の破片が幾つかフェーンの左手の甲に突き刺さり、派手に血が吹き出した。


 だが、未だ大丈夫だ。走れる。


 フェーンはゆっくりと立ち上がると猛然と走り始める。


 屋上からの銃撃がフェーンの後を追ってきたが、やがてそれも止んだ。


 階段室に飛び込んだフェーンは、激痛に一瞬気が遠くなりかけた。


「くそっ」


 左腕の肘の近くに一発、跳弾が食い込んでいた。それは恐らく骨にまで達しているだろう。痛みが尋常ではないし、指先は全く動かなかった。フェーンは服の左腕部を破りとり、右腕と口を使って手早く左腕を縛り上げた。出血がひどい。


 この階段を降りれば、あとはほぼ一本道……。


 フェーンは右手で額の脂汗を拭い、そして意を決して階段を降り始める。


 それまでの銃撃が嘘ではないかと思う程、その階段は静かで綺麗だった。明かりもまだ点いている。その階段を血液で点々と汚しているのはフェーンだ。


「エディット……あとは頼むぞ」


 階段の上から、飄々とした足音が一つ、近付いてきていた。






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