1705時

 火炎放射器がまさに火を噴こうかというその瞬間、連続的な銃撃音が鳴って、その黒づくめの兵士がバランスを崩した。横殴りの銃撃を受けたその兵士は確かによろめきはしたのだが、倒れることはなかった。


「お前たち、部屋から出ろ!」


 黒づくめの兵士に飛びかかったのは、あのアケルマン軍曹だった。兵士は火炎放射器という大道具を持っていたために機敏な動きが取れず、かといってこの至近距離で火炎放射を行うわけにもいかず、簡単にアケルマンに突き倒された。その後ろにはアサルトライフルを構えたパウエルが立っていた。

 

 パウエルは組み敷かれている兵士に駆け寄ると、そのフェイスマスクを剥ぎ取ろうとした。が、剥ぎ取れない。


「貴様、どこの兵士だ」

「パウエル少佐、今はそれよりもトドメを」


 アケルマンに指摘され、パウエルは躊躇することなくその兵士の顔面に銃弾を連射した。


「!?」


 その瞬間、兵士はアケルマンを振り払って跳ね起き、パウエルのライフルを拳で打ち払った。放たれた弾丸は部屋の壁や天井に弾痕を穿った。パウエルは舌打ちしてライフルを構え直す。アケルマンも右手に拳銃、左手にナイフを抜き、兵士と対峙している。


 パウエルは視線だけを動かして、カティたちを見た。


「ここは俺たちが引き受ける。この先の廊下は通れない。講堂の方を回っていけ。あと、外には出るな。屋上を占拠されている」

「しかし教官――」


 カティが銃を構えたまま言いかける。が、アケルマンはニヤリと笑って応じた。


「なに、こっちには天下のアケルマン鬼軍曹がいらっしゃる。心配するな」


 そうしている間に、敵の兵士は火炎放射器一式を投げ捨てた。代わりにどこからか取り出した、刃渡り六十センチにもなるナイフを抜き放っていた。


 その時、廊下からガシャン、ガシャンという金属音が一際高く響いてきた。外の銃撃音なんかよりもはるかに近い。


「まずい。僕らはさっきの機関銃の奴を引き付けて離れよう」


 ヨーンは提案したが、それ以外に道がないことも明白だった。カティとエレナは同時に頷いた。エレナがパウエルとアケルマンの方を振り返って言った。


「教官、頼みます!」

「任せておけ」


 二人の教官は同時にそう答えた。


 カティたちは廊下に出るなり、横殴りの爆風を受けて吹き飛ばされた。グレネードが近くで炸裂したようだったが、カティたちは顔や手に小さな傷を幾つも作った程度で済んだ。だが、カティの目の前には引き千切られた腕と頭が転がっていて、廊下には血飛沫の類も幾つか発生していた。廊下の方へと向かおうとした候補生たちの残骸だろうか――半ば麻痺しかけた頭で、カティはそんなことを考える。


「講堂の方へ」


 ヨーンがカティを助け起こしながら言った。エレナは先に立ち上がって膝を払っている。その間にも、ガシャンガシャンという重たい金属音が近付いてくる。長い廊下で重機関銃の射線に入ったらおしまいだ。ヨーンは階段とは反対側の方へと移動することを決める。


 三人はあちらこちらに転がっている死体や肉片を踏み越えて廊下を進む。暗い屋外が断続的に輝くのが見える。その輝きが三人の影を、黒々と壁に投げかける。悲鳴も銃声も止むことはない。そして三人を追いかけるガシャンガシャンという音も、遠くなってはいたが鳴り止むことはない。


「二人とも、教室へっ」


 ヨーンがカティとエレナの腕を掴んで教室へと投げ込んだ。ヨーンも一瞬遅れて飛び込んでくる。その直後、廊下を閃光が迸った。ヨーンたちの進行方向に新手の兵士が現れたのだ。

 

「危なかった……」


 エレナが袖口で冷や汗を拭っている。特別な防護服を着ているわけでもなかったので、一発でも食らえばおしまいだった。カティはライフルを構え、素早く教室のドアの所にとりついた。


「まだ危機は去ってない」

「そうだね」


 ヨーンは教室の中の惨状を無表情に見回した。ざっと見て三十か、それ以上。それだけの数の軍人や候補生たちの亡骸が無造作に放置されていた。どれもこれも損傷が酷く、正視に耐えない。ではこんな風にはならない――惨たらしく損壊された死体たちは、彼らが受けた行為を如実に表していた。


 カティは敢えてそれらから目を逸らし、教室の外の二組の足音を聞いていた。ガシャンガシャンという音は未だ遠かったが、確実に近付いてきている。もう一方はやや軽い足音で、一直線に接近してきているのが分かる。明らかに三人を狙って進んできている。


「ヨーン、どうしたらいい?」

「手榴弾があった」


 ヨーンは積み重なった陸軍兵士の死体の山から、二つの手榴弾を探し出していた。


「さすがにこいつを食らえば、あの重甲冑コンバットアーマーだってこたえるだろう」


 ヨーンは一つをエレナに手渡し、もう一つを自分が持った。


「カティ、援護」

「わ、わかった」


 カティは身を低くして慎重にドアを開けるとすぐに、廊下に身を乗り出してアサルトライフルを連射した。


「ヨーン!」


 カティは教室内に身体を引っ込める。その途端、それまでカティがいた位置を銃弾が削り取っていった。その破片がカティの頬に当たり、小さな傷を増やした。


「二十メートルのところ」

「了解」


 ヨーンはカティが再び射撃体勢に入るのを待ってから、ピンを抜いた。そしてカティが撃ち、相手が撃ち返してくる。それが途切れた瞬間に、ヨーンは廊下に身を乗り出して手榴弾を投げつけた。やや遅れて爆発が発生し、ドアのガラスが粉々に撃ち割られた。この教室には、無事なガラスなどもはや一枚もない。


「やった?」


 エレナが手榴弾のピンに指を掛けながら訊いた。カティは首を傾げ、そして素早く廊下を窺った。


「倒れている」

「よし、行こう」


 ヨーンはアサルトライフルを持ち直すと、二人を伴って廊下に出た。後ろからはなおも金属的なガシャンガシャンという足音が聞こえてきていて、それは着実に迫ってきていた。姿はまだ見えない。だが、一番近くの曲がり角の所にいるかもしれない。そんな距離感だったし、射線に入ってしまえば餌食になるだけだろう。


 三人が速足で、その倒れている黒づくめの兵士の脇を通り過ぎようとした時だ。


「ちょっと待って!」


 エレナがカティの手を引っ張った。


「どうした、急がないと――」


 振り返ったカティは、硬直した。倒れている兵士の身体から流れ出たと思われる血液が、動いていたのだ。広がっているのではなく、まるで身体の中に吸い込まれていくようにして、急速にその血の池を縮小させていた。


「なんだってんだ」

「カティ、まずい気配しかしない。早く講堂の方へ行こう」


 三人が足早にその場を離れようとしたその時、その黒づくめの兵士はゆらりと立ち上がった。不気味な呼吸音がフェイスマスクの奥から漏れ聞こえてくる。


「ちっ」


 ヨーンは舌打ちすると、くるりと向きを変えてその兵士に銃撃をした。5.56ミリ弾は面白いように弾かれてしまい、跳弾がすっかり暗くなってしまった廊下をチカチカと照らしあげた。


「ヨーン!」

「二人は先に行って! ここは僕が食い止めるから!」

「そんなのっ!」

「行くんだ!」


 ヨーンが怒鳴る。その大音声に、カティは思わず身を竦めた。エレナは黙ってカティの左手首を掴み、カティの前に出た。


「敵はあいつらだけじゃない。まだいるのよ」

「でもヨーンを置いては行けない!」


 カティはエレナの手を振り払った。ヨーンは二人の方を見ることなく、黒づくめの兵士に向かって発砲を続けている。だが、兵士はそんなものを気にするそぶりもなく、手にしたアサルトライフルを持ち上げた。


「くそっ!」


 ヨーンは弾切れを起こしたライフルを力任せに投げつけ、そして仰向けに倒れた。そのヨーンの顔面スレスレを銃弾が通過していく。カティたちは素早く伏せていたために九死に一生を得た。


 だが――。


「打つ手なしか」


 カティは奥歯を噛み締める。


 黒づくめの兵士はゆっくりと近付いてきた。


 ガシャンガシャンという足音と、屋外の銃撃音が、暗い廊下に幾重にも反響していた。





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