1657時

 エディット・ルフェーブルはなかなか終わらない会議に苛々としていた。あまりに苛ついていたので、視覚情報をモノクロにしてしまう。こんな形式上のつまらない時間潰しなど、わざわざカラー視覚にしておく必要もないだろう、と。


 定例会議は三十分近くも長引いていた。議題は取るに足りない。するべき会議は、この一週間のうちにもうすっかりやり尽くしていたのだから。実につまらない。ルフェーブルにしてみれば、こんな集まりはただの時間の無駄だった。


 この会議が終わったら、あいつに電話の一本くらい入れてやろう。あいつ自身は忘れているとは思うが、今日はあいつの誕生日だからだ。何か一つプレゼントくらい用意してやればよかったな。でも、この一週間は忙しすぎて家にすら帰っていないのだから、手土産が無い事については勘弁してもらっても罰は当たるまい。


 ルフェーブルはそんなことを考えつつ、目の前のディスプレイに映し出されている意味のないグラフを眺めていた。


 それにしてもアダムスの長演説はいつになったら終わるんだ? こんな無駄なことに費やす時間があるほど、第三課は暇を持て余しているのか?


 頬杖をつきたくなるのをぐっとこらえ、ルフェーブルは小さく溜息を吐いた。否定的な修飾語句を幾つ繋げても良いのではないかというくらいに、内容の無い会議。この期に及んで現地の状況も知らぬ参謀風情が、ああだこうだと議論したところで、何が分かるわけでも、何が変わるわけでもない。結局、推測なのか願望なのか判然としない出典不明のデータをあれこれ冗長な文体でね繰り回して、お茶を濁すつもりなのだろう。そんなことをしておいて、やれ自分たちは参謀でござい、と大手を振って歩くのだから、前線で戦う兵士たちにしてみれば、それはそれは面白くない事だろう。


「すまないが、アダムス少佐」 


 ルフェーブルは投げやりに右手を挙げる。ルフェーブルの三席右側で立ち上がって演説していたアダムスと呼ばれた男は、神経質そうな顔立ちをした青年だった。くすんだ黒色の髪をオールバックにしており、眉は細く揃えられていた。年齢はルフェーブルとそう変わらない。行っていても三十五歳といったところだろう。


「何か、ルフェーブル中佐」

「時間を見てくれ。三十分も押している」

「おっと、これは失礼しました」


 わざとらしくアダムスは言い、そして顎を上げてルフェーブルを見下ろした。その目はひたすらに敵愾心てきがいしんにあふれていた。ルフェーブルのように高等部卒の、いわゆる低学歴派は、参謀部においてはこのような目で見られることが多い。ましてルフェーブルは「逃がし屋」としての地位をその実績をもって確たるものとしていたし、兵士たちからの人気も非常に高かった。それは上級高等部卒の高学歴派が主流である参謀部に於いては、嫉みの対象でしかなかった。


「失礼ですが中佐、この後何かご予定でも?」

「私のプライベートにまで踏み込んでいる質問だが、答える必要はあるか?」


 ルフェーブルは左手の時計を叩きながら高圧的な口調で尋ね返した。その勢いにアダムスは押され、口籠る。ルフェーブルは面白くもなさそうに腕を組み、背もたれに身体を預けた。


「私としてもプライベートまで易々開示しようとは思わんがね。アダムス少佐、続けたまえ。ただし、手短にな」

「わかりました、中佐」


 アダムスはこう答えたが、それからもまだだらだらとした演説は続いた。他の有象無象、もとい参謀たちも、しかめつらしい顔をして、不毛な質疑応答を繰り返している。二時間前と何か違うというのか、いや、何も違わない。ルフェーブルの紙の手帳にも、ノートPCにも、これといった意味のあることはメモされていない。その必要がなかったからだ。ルフェーブルにとっては、あまりにも虚しいだけの時間が淡々と過ぎていた。


 まぁ、電話は良いとするか。なんなら直接士官学校に出向けば話は済む。ああ、アンディのやつ、今夜に限って用があったりしないだろうな?


 ――つまり、他の女が出来ていたりはしないだろうな、ということだ。


 いや、出来ていたって、今さら私にどうこう言えた義理でもないのだが。


 ルフェーブルは小さく溜息を吐いた。


 時計を見れば、すでに十七時を五分ばかり過ぎていた。


 まぁいい。あと一時間程度なら今夜は赦してやろう。このクソつまらない会議だって、話のネタくらいにはなる。


 ルフェーブルはすっかり冷めてしまった苦いコーヒーに口を付けながら、少し笑った。火傷の痕も相俟って、それは凄惨な微笑だった。

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