#07-永久、共鳴、そのための、距離

#07-1:刻一刻……

2084年2月6日ー1645時

 ヤーグベルテが七つの変形球体爆弾をその身に受けてから、一週間が経過したが、ヤーグベルテ国内は未だ混乱の渦中にあった。軍へのダメージもそうだが、攻撃を受けることはあるまいと思われていた都市が幾つも灰塵かいじんに帰したという事実が、国家群そのものを激震させていた。


 身内が死傷した候補生も少なくない。中には精神的ショックによって倒れてしまうような者すらいた。教習もまた激減し、候補生たちの多くは士官学校内で暇を潰す日々だった。そして一週間前のあの日から、校舎内にも陸軍および海兵隊が配備されるようになっており、士官学校内は非常に物々しい雰囲気に変わっていた。見回せば学生の数と同じだけの正規兵がいる、そんな具合である。


「ねぇ、ヴェーラ。ずっと疑問だったんだけど」


 食堂の片隅でテーブルの上で手を組みながら、レベッカが口を開く。その目は、ニュースという名のバラエティ番組を垂れ流しているテレビに向けられている。レベッカの向かい側に座っているヴェーラは、上半身を捻ってテレビの方を見ていた。


「ヴェーラ、聞いてる?」

「んぁ?」


 ヴェーラは手にしたスティック状のお菓子をもぐもぐとやりながら、レベッカに向き直った。レベッカはそのヴェーラの表情に少しだけ笑った。


「もう。変な顔しないでよ」

「和んだでしょ」


 ヴェーラはそれを飲み込んで、テーブルの上に置かれているそのお菓子の箱をレベッカに向けて動かした。レベッカは逡巡の末に一本を抜き取り、口に運ぶ。


「ベッキーは多分、この警備状況に疑問を持ってるんだよね?」

「え、ええ」

「これじゃまるで、空爆だの変形球体爆弾だのじゃなくて、まるで陸戦部隊が攻めてくるみたいじゃないかって」

「その通りよ、ヴェーラ」


 レベッカはポリポリとお菓子を齧りながら肯定した。ヴェーラは頷き、少しだけレベッカに顔を近付けた。


「わたしもそう思う。だとしたら、目的は――」


 だ、と、ヴェーラはハスキーな声で言った。レベッカの眼鏡の奥の目が細められる。


「もしかしたら一週間前のあの大空襲って」

「陸戦隊上陸のためのカムフラージュの線もあるんじゃないかな?」

「でも、アーシュオンの上陸情報は――」

「わたしたちが知らないだけかもしれないよ?」


 ヴェーラは一層声を潜めた。


「フェーン少佐が話してくれたこと覚えてる? 漁村襲撃事件の」

「ああ、カティの村……アイジスだったかしら」


 そこまで言って、レベッカは思い出す。


、だっけ?」

「そう、ゴーストナイト」


 ヴェーラは肯いた。


 ゴーストナイト――どこから現れ、どこへ消えたかも不明な兵士たち。アーシュオンの特殊部隊だという説が有力だったが、確証になるようなものはなかった。アーシュオンは「アイジス村襲撃事件については、ヤーグベルテの自作自演である」として、ヤーグベルテからの非難声明に厳重に抗議した。その後十二年が経過しているが、未だに何者がそんなことを仕出かしたのか、まるで判明していなかった。


「ゴーストナイトって連中がここに攻めてくるとしたら」

「でもヴェーラ、これだけの数の正規軍がいるのよ。近くには基地もあるし。いくらゴーストナイトみたいな特殊部隊が上がってきたとしても」

「わからないよ、それは」


 ヴェーラは慎重に言葉を選ぶ。


「ここがこれだけ厳重に警備されてるってことは、アーシュオンにしたって良くわかってるはずだ。事前に調べてるだろうからね」

「それは、そうね」


 レベッカは眼鏡を外して、落ち着きなくフレームをいじくっている。


「正面から来るのか、それともわたしたちだけをピンポイントで狙いに来るのか、それはわからないけど」


 その時、けっこうな数の候補生たちが食堂に入ってきた。時計を見れば午後四時五十分になろうかという頃である。彼らの受けていた講義や教練が終わったのだろう。それに伴い、食堂内が一気に騒がしくなる。ヴェーラはその賑やかさに辟易したように肩を竦める。


「みんな不安なんだろうね」

「そりゃそうよ。集まって騒いでなきゃやってられないわ。私たちだってカティ待ちじゃない」

「まぁね」


 ヴェーラは髪に手をやって、指先でクルクルと回す。


「でもさ、ベッキー。わたしたちを狙う理由ってなんだろうね」

「セイレネスじゃない?」

「特殊部隊を喪失するようなリスクを払ってまで、何かする必要のあるようなモノだと思う?」

「だって、ほら、シミュレータ通りだったら大変な脅威になるじゃない?」

「どうしてそんなことをアーシュオンは知ってるの?」


 矢継ぎ早の質問に、レベッカはついに沈黙する。そして無意識に腕を組んだ。ヴェーラは空になった菓子箱を振りながら、その蒼い瞳でレベッカを見つめた。


「機密が漏れてると考えるのが普通だと思う。でも、違うよ、きっと」


 ヴェーラは静かに言う。


「セイレネスにはホメロス社が絡んでいる。そしてホメロス社は、十中八九、ヴァラスキャルヴと繋がりのある企業。そして」

「まさか、ジョルジュ・ベルリオーズが噛んでるって言うの?」

「考えてみてよ。セイレネスは、が実現されるとしたら、それはもう、軍事力そのもののパラダイムシフトだよ。だとしたら逆に、あのベルリオーズが絡んでいないと考える方が不自然じゃない?」

「だとしたら――」

「予定調和」


 ヴェーラは目を細めながら断言した。その眼光は極めて鋭利だ。レベッカは眉根を寄せて考え込む。ヴェーラはしばらくその表情を観察していたが、やがて右手をひらひらと振った。


「ま、こんなこと考えてもしょうがないけどね。ベルリオーズなんて、雲の上の人だからね。神様みたいなもんだし」

「神様は言い過ぎだと思うけど」

「絶対的な支配者っていう意味では神様だよ、ベルリオーズは」


 ヴェーラは周囲の喧騒に顔を顰めながら言う。レベッカはしばし考え込んだ。


「そう言うなら、彼の手による予定調和は、全て運命なのかもしれないけど」

「面白くはないよねぇ。だって、ベルリオーズだって人間でしょ?」

「そうよね」


 レベッカはそう言いつつ、自分の携帯端末を取り出した。時間は四時五十五分を過ぎたところだ。カティたちは、そろそろこちらに向かってきているだろう。もうすぐ着くかもしれないが、今のところ連絡はない。ヴェーラも同じように自分の端末を見ていたが、「まだ講義中かな?」などと呟いていた。


「あら?」


 レベッカはヴェーラの肩越しに、テレビの画面が暗転したのを見た。ヴェーラも何事かと後ろを振り返る。


「消えた……?」

「電波が受信できなくなったみたい。故障かな?」


 その時、食堂に集まっている候補生たちから「ネットが繋がらない」という声が上がり始める。ヴェーラとレベッカは顔を見合わせるなり、それぞれ携帯端末を確認した。見れば、電波の受信状況を示すマーカーが一つも点灯していない。


 食堂内の軍人たちにも動きが出始めた。それまで彫像のように微動だにしなかった彼らが、その顔に狼狽の色を見せ始めていた。彼らの通信もまた遮断されてしまっているようだった。


「軍って、論理回線使ってるよね?」


 ヴェーラが緊張を孕んだ声で囁く。レベッカは肯いた。そしてその意味を悟って青くなる。


「電話もテレビも使えない。軍用の論理回線すら遮断された。意味するところは――」

「候補生の諸君!」


 ヴェーラの言葉に被せるように、海兵隊大尉が食堂に入ってくるなり怒鳴った。その一声で、食堂内はしんと静まり返る。


「緊急事態が発生した。我々の指示に従って避難せよ! 無様な姿を晒すなよ!」


 食堂内はたちまちのうちに緊迫した空気に包まれた。だがここは士官学校であり、集まっているのは少なからず訓練を受けてきた候補生たちだ。誰一人取り乱すことなく、粛々と隊伍を作って食堂から出て行く。


 七割方が食堂から出た頃に、ようやく校舎内にアラートが響き始めた。回転する赤色灯が食堂内をヒステリックに照らし上げる。廊下の方でもまた、チカチカと赤い光が明滅しているのが見えた。


 ヴェーラたちも候補生たちの後ろに続いていたが、さっき声を張り上げた海兵隊大尉が近寄ってきて言った。


「お嬢さん方は別ルートだ」

「別?」

「フェーン少佐から、指令を預かっている」


 海兵隊大尉は落ち着いた調子で言った。そのどっしりした雰囲気と低い声に、ヴェーラとレベッカは幾分落ち着きを取り戻した。レベッカがヴェーラの右手を握りしめながら尋ねる。


「どこに向かえば良いんですか?」

「シミュレータルームに行けと言われている。護衛する」


 そして海兵隊大尉は、入口で学生たちの誘導を行っていた二人の屈強な海兵隊員を呼び寄せた。


「ジョンソン兵長、タガート一等兵。二人を何としても守れ」

「イエッサー!」


 二人の壁のような体躯の持ち主が大尉に敬礼した。その時、連続的な銃声と悲鳴が聞こえてきた。


「第一大隊の方だな。外だ」


 海兵隊大尉が状況を分析する。タガート一等兵が呻く。


「まさか、本当にこんな所で戦闘が起きるなんて」

「一等兵、無駄口はやめろ」


 海兵隊大尉は拳銃を抜きながら鋭く言い放つ。ヴェーラとレベッカは指をきつく絡ませた。レベッカは海兵隊大尉を見上げる。


「大尉――」

「心配要らん。フェーン少佐はキレ者だ。お前たちは無事にシミュレータルームへ辿り着けばそれでいい」

「でもその後、どうすれば」

「そこまでは聞いていない」


 ばっさりとそう言った海兵隊大尉は、先頭に立って進み始める。


 そうこうしている間にも、銃声は加速度的に増えてきていた。火災警報もどこかで鳴り響いている。響く炸裂音は拳銃のような生易しいものではない。重機関銃の低く唸るような、それでいて金切り声のような銃撃音も、廊下を幾重にも反響して五人の鼓膜に突き刺さってくる。そして悲鳴だ。この世のものとは思えない絶叫が、絶え間なく響き渡っている。


 ヴェーラとレベッカは共に手を繋ぎ、耳を塞ぎたいという衝動と必死で戦った。

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