#06-2:星を見に行こう

絶望と怒り

 セプテントリオ、アザームヴァレー、レクタル、イェーセン、バルホルンベルテ、エルステート、アレミア、レピア――あの球体が落着し、潰滅した都市の名である。特に大騒ぎになったのはセプテントリオである。四風飛行隊ボレアスの基地が広がる都市だったからだ。幸いにして指揮官であるイスランシオ大佐以下、主たる戦力は西方海域に派遣されていて無事だったものの、基地そのものおよび予備要員、最新の機体らが尽く消し飛ばされてしまったことは、ヤーグベルテにとっては甚大な損失だった。


 そして何より国民に衝撃を与えたのは、それらが「対処しようのない敵」であるということだった。狙われたが最後、根こそぎ破壊されることが証明されてしまったからだ。だがしかし、アーシュオンは何らの交渉を行おうとはしなかった。無差別大量殺人に対する抗議も、一切聞くつもりがないといち早く宣言していた。つまり、彼らにあるのは、ヤーグベルテ自体の殲滅であり、決して平和的な解決方法の模索などではなかったのだ。


 カティたち五人――エレナ、ヨーン、そしてヴェーラとレベッカ――は、食堂のテレビに映し出されているニュースをぼんやりと目で追っていた。時間はすでに午後十一時を回っていたが、士官学校内には緊急対策として、全学生を学内に留め置く措置が取られていた。候補生たちに出来ることもするべきこともないのではあるが。


「反則だよ」


 ヴェーラがやっとのことで口を開いた。その声は、大勢の候補生たちのざわつきをもものともせず、カティたちの耳に飛び込んできた。


 カティたちは視線をテレビからヴェーラに移す。ヴェーラの両目は真っ赤になっていて、許容量限界にまで涙がたまっている状態だった。隣に座っていたカティは無意識のうちに、ヴェーラのその美しい白金の髪プラチナブロンドを撫でた。ヴェーラはガタンと椅子を鳴らしてカティに近付き、そしてその腰にしがみついた。カティはヴェーラの頭を受け止め、そして撫で続ける。レベッカはカティ越しにヴェーラを見つめ、そして眼鏡をはずして眉間に手をやって首を振った。向かい側に座っているヨーンもエレナも、言葉が出せない。


「あんなのって、アリなの!?」


 カティの胸に顔を埋めたまま、ヴェーラが叫んだ。


「一方的な、あんなのって」

「是非の問題じゃないのよ、ヴェーラ」


 レベッカが静かすぎる口調で答えた。


「あれは現実。たくさん死んだ。いえ、殺された。これは現実」

「ベッキーはそれで納得できてるっていうの!? 戦争だからしょうがないとかそんなこと言わないよね!?」

「納得?」


 レベッカは眼鏡をかけ直す。


「納得なんてできるわけがないでしょ。でも、仕方ない」

「仕方ない!?」

「落ち着きなさい、ヴェーラ!」


 食ってかかってきたヴェーラを、レベッカは一喝した。その瞬間、騒がしかった食堂がしんと静まり返ったほどだった。


 レベッカは二度ほど深く呼吸を行い、そしてぽつりと言った。


「私たちだって、と同じ。わかっているんでしょう?」


 そのレベッカの言葉に、カティたちは凍り付いた。レベッカは新緑の瞳で四人を見回しながら続けた。


「私たちはなのよ。そのための、兵器ウェポン。今回のこれも、私たちの存在も、セイレネスも。……全て、私たちのための伏線」

「わたしたちのための……」


 ヴェーラはぼんやりとその言葉を復唱する。レベッカは眉根を寄せながら、ヴェーラを見つめ続けている。


「私たちは報復兵器。私たちはそのためにいる。だから今、ここにこうしている」

「そんなことなら、わたしなんて要らないじゃない。わたしたちなんて」

「要るのよ。必要なのよ、私たちと、セイレネスが。今のヤーグベルテには」


 カティを挟んで二人の少女が、歌姫が、睨み合う。


 やがてヴェーラが席を立ち、四人に背を向けた。レベッカは椅子に座ったまま振り返り、ヴェーラの背中を痛々し気に見つめた。


「要らなくないのよ、ヴェーラ。私はあなたを必要としているし、そこには兵器云々なんて関係なくて」

「わたしにもベッキーは必要だよ? 同じ兵器として」

「ヴェーラ……」


 思わぬ言葉に横面を張られ、レベッカはただその名を呼ぶことしかできなかった。そこでカティがおもむろに立ち上がり、後ろを向いたままのヴェーラの肩に手を置いた。


「要らなくなんてないぞ、ヴェーラ」

「カティ……」


 ヴェーラはカティの手に、自分の手を重ねた。カティの手は少しだけひんやりとしていて、それは今の火照ったヴェーラには実に気持ちよかった。


「アタシにとっては、お前は大事な人間だ。兵器? 冗談じゃない。お前はアタシにとって、とても大切な人間じゃないか」

「カティ……」


 たちまち、ヴェーラの両目から涙があふれ始めた。ヴェーラは振り返り、カティの胸に頭を埋めた。カティは優しく抱きしめ、しかし、こんなことを言った。


「次、要らないとかそんなこと言ったら、アタシはお前をぶっ飛ばす」


 その無表情の剣幕に驚き、ヴェーラは思わずカティを見上げた。カティは冷たい紺色の視線でヴェーラを見下ろし、「わかったな?」と念を押す。


「……顔は、やめてくれる?」

「顔に決まってる」


 カティはニヤリとしてそう答え、ヴェーラを強く抱きしめた。


「殴られるのが嫌なら言うな。二度と言わないと誓え」

「……はい」


 カティの腕の中でヴェーラは頷いた。


「弱音ならいくらでも聞いてやるから、な?」

「うん……」


 ヴェーラはまた頷いた。カティはその髪をひとしきり撫でてから、ヴェーラを解放して座らせた。カティもまた元の席に座り、ヴェーラとレベッカの頭を左右の手で同時に撫でた。


「他の連中がお前たちになんて言ったとしても、アタシはお前たちの味方だ」

「私たち、でしょ?」


 エレナが口を挟んだ。ヨーンも「僕も入れてよ」と少し困ったような笑みを浮かべていた。カティは頭をぽりぽりと掻いて、修正する。


「そうだな、アタシたち三人は、だ。少ないかもしれないが――」

「少なくないよ」


 ヴェーラは泣き笑いの表情を見せる。


「でもね」


 そのヴェーラの顔に、カティは思わず息を飲んだ。一瞬、その顔がずっと大人になったように見えたからだ。そのくらいの憂いの影があったのだ。


「もし、わたしが本当に化け物になったとしたら。みんなに危害を加えるようなものになったら」

「そんなことないだろ」

「聞いて、カティ」


 割り込んだカティを制するヴェーラ。そして有無を言わせぬ口調で、ゆっくりと言い切った。


「もし、わたしがそんなものになってしまったとしたら、その時はカティ、の」

「おまえ……」


 それ以上、カティは何も言えない。言葉が出てこなかった。


 ヴェーラは何かを知っているのだろうか。


 それとも何かを見ているのだろうか。


 そんな恐怖のような何かが、カティの中を駆け抜けたことは否定しようのない事実だった。


「……ごめんね、カティ」


 ヴェーラは手の甲で涙を拭いて、明らかに無理をして笑った。エレナは綺麗な花柄のハンカチを取り出すと、ヴェーラの頬を拭いた。


「だいじょうぶ。ありがとう、エレナ」


 ヴェーラは少し鼻をすすり、エレナの手に軽く触れた。エレナは頷いて手を引っ込める。ヴェーラはエレナのハンカチで涙を拭き、独り言のように言う。


「わたしばっかり取り乱して、ごめん」

「ありがとう」


 礼を言ったのはヨーンである。落ち着き払ったその低い声は、ささくれだった皆の心にわずかながらも安定をもたらした。


「君は僕らの代わりにそうしてくれたんだよ。おかげで僕らはこうして表向きは落ち着いていられる」

「そうよヴェーラ」


 同意するエレナ。エレナはヨーンの肩をパンと叩く。


「私たちの方こそ、あなたたちに何もしてあげてないもの。借りはいつかまとめて返すから、そのつもりでね」

「……ということだ。ヴェーラ、ベッキー」


 カティはまた二人を撫でた。さらさらの髪の毛が指に気持ちいいという、場違いな感想を持ちながら。


 その時、放送のチャイムが鳴った。その放送で、候補生たちには解散が命じられる。とりあえずの危機は去ったという判断が為されたようだった。


「さて、どうしよう」


 立ち上がりながらカティは四人を見回した。エレナは隣に座っているヨーンの脇を肘でつついた。


「二人でどこか行って来たら?」

「へ?」

「は?」


 カティとヨーンは、その提案に思わず変な声を出した。エレナは肘を付いてカティを見上げ、そして横目でヨーンを見る。


「今夜はもうきっと何もないし。門限とかもうどうでもいいでしょ、今夜くらい。誰も気にしちゃいないわよ」

「で、でも」


 露骨に狼狽えるカティを尻目に、エレナはヴェーラとレベッカを立ち上がらせた。


「私たちは夜食にピザでも食べるわ」

「ピザ!? ピザいいね!」


 早速反応するヴェーラである。ピザというキーワードだけで、もう気分が変わったらしい。レベッカはエレナの所まで回り込んできて、その肘を軽くつついた。


「あの、エレナさん。さすがに今夜はデリバリは……」

「部屋に買い置きがあるのよ」

「あ、そ、そうですか」


 微妙に場違いな指摘をしてきたレベッカを軽く往なして、エレナは意地の悪い笑顔を見せた。

 

をするかは知らないけど、ごゆっくり♡」


 そう言うなり、エレナは右にヴェーラ、左にレベッカを従えて、食堂を出て行ってしまった。話の展開についていけなかったカティたちには、何を言う機会もなかった。



 

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