#06-Plutonian

#06-1:神々の諍い

記憶の空隙

 なんという夢を見たのか。


 夢――。


 そう、夢だ。それなのに、この疲労感、いや、無力感はいったいなんだ? この胸の奥に居座る絶望感はなんなのだ?


 だが、夢は終わったのだ。目蓋が重すぎて開けられないだけだ。


 俺の目は断固として現実を見ることを拒否しているようだ。


 現実――。


 そう、現実なのだ。


 これが。


 イスランシオはやっとのことで目を開けた。天井の灯りが否応なしに彼の眼窩の奥を焼く。


「大佐、聞こえますか?」

「ああ」


 傍らにやってきた軍医に応え、イスランシオはゆっくりと身体を起こした。


「どのくらい、俺はこうしていた」

「半日は経っていません」


 となると、壁に掛かっている時計が示しているのは七時ということになるか。


「セプテントリオ……あの町はどうなった」


 現実か、夢か。


 この期に及んでもなお、イスランシオは幽かな希望にすがろうとしていた。だが、軍医は無情にも首を振る。


「基地は文字通り潰滅状態のようです」

「そう、か。あの規模の爆発ではな」

「はい」


 軍医は手際よくイスランシオの手から点滴の針を抜き、瞳孔の具合を確かめたりした。


「俺はどこかに異常でもあったのか?」

「いえ、特に何も見当たりませんでした。おそらく過度なストレスが原因かと……」

「俺がストレスで?」


 ベッドに腰かけながら、心外だと言わんばかりの様子で尋ねる。軍医は肩を竦める。


「あれだけのことがあったのです。おかしくはありませんよ、何も」


 あれだけのこと。


 セプテントリオの潰滅。


 そして――。


 そして? そして、なんだ? 何かあった気はするのだが、思い出せない。

 

「CICに行ってくる。何か情報が来ているかもしれない」


 イスランシオは立ち上がり、傍らの椅子に掛けられていたジャケットを羽織った。軍医が安定剤の瓶を手渡してくる。


「無理はなさらないように」

「わかっている」

「大佐も、ボレアスの主力も無事だったのです。どうにでもなります」

「……わかっている」


 基地を失いはしたものの、戦力的なダメージは少ない。


 だが、数多くの基地要員は失われた。


 彼らを取り戻すことは叶わない。

 

 イスランシオはゆっくりとドアを開けて廊下に出た。


 見慣れ過ぎるほどに見慣れた廊下だというのに、今日は何故だか一段と薄暗く感じた。それがイスランシオの心を薄ら寒くしていく。そしてその冷たさが、不安を煽る。


「悪夢なんて思い出さなくてもいいじゃないか」


 だが、気になる。さっきまで見ていたはずの


 そこには女がいた。


 黒い髪の――あれは誰だろう。喉まで出かかっているのに、どうしても思い出せない。光に飲まれて消えた彼女はいったい……?


 いや、そもそもそんなものが見えるわけがない。誰があの映像を録ったというんだ。


 あの映像……?


 なんのことだ。


 イスランシオは頭を振りながら無機的に過ぎる廊下を歩く。


 ――ばかばかしい。


 夢に論理整合性を求めるなんて。


「セプテントリオ……か」


 慣れ親しんだ街の名前。だが、それを口にしてもなお、イスランシオには何故だか空虚に思えて仕方がなかった。








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