#05-2:奇襲攻撃

航空母艦ヘスティアの艦上にて

 ルフェーブルとの会話から、三日が過ぎていた。クロフォードは第七艦隊旗艦、航空母艦ヘスティアの司令席にて渋面を作っていた。一日二十二時間働いて、ようやく第七艦隊の現状を把握し終えた、そんな夕暮れ時である。


 第七艦隊司令官にはロバート・ブライス中将が就いていたのだが、の強い意向もあって、彼は陸上の海軍総司令部へと異動になった。名目上はブライス中将が陸上勤務と艦隊司令官を兼務するということになってはいたが、クロフォードとしては彼に口を挟ませるつもりは毛頭なかった。


 事実上、クロフォード中佐が、総戦闘艦艦艇数六十三隻・兵員一万八千名を擁するヤーグベルテ最大最強の第七艦隊の司令官となった。しかし、「中佐」ではあまりにも格好がつかないということで、彼は軍総司令部より「特務中佐」という臨時階級を与えられていた。


「されど階級がを倒してくれるでもなし」


 そんな具合に愚痴る日々である。あのエディット・ルフェーブル中佐という人物は、さすがはフェーン少佐の元恋人。なるほど一筋縄ではいかない人物であるようだった。


「食えないアネさんだ」


 参謀部内でも、ルフェーブルは相当な発言権を持つとも思われる。確かに「逃がし屋」としての名声は、敵味方の誰もが知るところのものであるし、兵士たちからの支持も厚い。今や第六課は参謀部内でもハッキリと不動の地位を確立していた。クロフォード自身、第六課が作戦指揮を引き継いだと聞けば、ホッと胸を撫で下ろす。


「中佐、中央司令部よりブライス中将からの通信です」


 通信オペレータが振り返る。クロフォードはややうんざりした表情を見せつつも、「回せ」と言った。


『クロフォード君、元気にやっておるかね』


 受話器を上げるなり、能天気な中年の声が飛び込んできた。


「おかげさまで。それで――」

『ヘスティアのARSSMは確認したかね』

「アンチリアルタイム索敵システム論理装甲……ですか」


 ブライスの試すような物言いに、表情を殺して答えるクロフォードである。


「残念ながら、今のところその効果が出ているか否かは不明です。敵が見当たりませんので」

『それもそうか。今日は君に一つ重大な通達があってな』


 そら来た、とクロフォードは口を歪ませる。そして先手を打った。


使用制限の解除ですか」

『う、うむ』

「しかしながら閣下。先の海戦では、敵味方の艦隊を消滅させたほどの核兵器を撃ち込まれていてもなお、あのクラゲは健在だったという報告があります。となれば、我が艦隊で保有している核魚雷の全てを撃ち込んだとしても、おそらく効果は期待できますまい」

『そこを何とかするのが君の仕事だよ、クロフォード中佐』


 チッ、と心の中で舌打ちをする。クロフォードは暇を持て余している右手で、イライラと肘掛けを叩いている。


「お言葉ですが中将。放射線、EMP電磁パルス、熱、爆風、閃光……通常兵器であろうがなかろうが、一切の攻撃が通用していないことは、特別攻撃部隊の作戦の結果で明らかになっています。それに、クラゲ自体の総数も不明では、いくら自分でも戦術の立てようがありません」

『ホメロス社の全面的なバックアップもあるし、そちらにはゼピュロスを回す。予算カネ制空そらは気にせずに戦えるということだ』


 このオヤジ、俺の話を無視しやがったな。


 クロフォードはぶん殴ってやりたい衝動に駆られたが、目の前にいないのだからどうしようもない。このブライス中将の陸上勤務への異動は、十中八九ルフェーブル中佐の進言によるものだろうと、クロフォードは考えている。


「ともかくです、閣下。ヘスティアがいくら最新鋭であると言っても、一隻で戦争ができるものでもありません。それに敵の新兵器が、あのクラゲだけなのかという点も気になります」

『ともかく、軍の総意として君に任せるとなったんだ。責任をもって事に当たってくれたまえよ』


 本気でぶん殴りたい。いや、おかに戻ったら絶対に一発と言わず――。


『ヘスティアさえ無事ならば、いくら損失を出しても構わん。一ヶ月以内に何らかの答えを出せ、中佐』


 その一言にクロフォードはまともにカチンときた。そして無言で受話器を置いた。


「クソジジイめ」


 クロフォードは吐き捨てると、視界前方二十メートルばかりの所に座っていた情報処理班長を内線で呼び出した。


「クラゲの情報をかき集めて、俺の指揮卓に転送してくれないか」

『現在、情報を分析しているところです。途中でもよろしければ、こちら側においでいただいた方がスムーズなのですが』

「うむ、そうしよう、大尉」


 クロフォードは受話器を置き、ゆっくりと立ち上がった。その時、情報通信班長が声を掛けてくる。


「中佐、またブライス中将から……」

「放っておけ」

「しかし、ものすごい剣幕で……」

「中尉、尋ねるが、ここの司令官は誰かね」


 クロフォードは彼の隣を通り抜ける際に、肩に軽く手を置いた。


「中将に言ってやれ。艦隊司令官は不貞寝ふてね中です、とな」

「言えるわけないでしょう、中佐」


 剣呑な目で見返してくる中尉に、クロフォードは豪快に笑う。


「はっはっは、中尉、君の査定には響かんよ。だが、これはあくまで命令だ」

「……わかりました」


 中尉は溜息を吐いて、一言一句違わずに電話の向こうの相手に伝えていた。クロフォードは笑いを噛み殺しながら、情報処理班の島へと向かう。


「さて、と、どう出たものかな」

「中佐、まずは」

 

 班長が説明をしようとしたその時である。今度は索敵班の方から声が上がった。


「駆逐艦ケンタッキーより至急電! 情報、メインスクリーンに映します!」


 それまでどことなく緩んでいた艦橋内の空気が、一気に緊張感を帯びた。クロフォードは速足で艦橋最奥部にある司令席に戻り、メインスクリーンを見上げた。


『こちら、駆逐艦ケンタッキー艦長、ハーランド少佐です』


 白髪に眼鏡の初老の男がスクリーンの片隅で敬礼をしている。クロフォードは肯き、短く言う。


「要件を」

『はっ、マークした位置は確認できておりますか、特務中佐』

「スクリーンに投影されている。南南東八十の位置だな」

『肯定であります。敵の大規模潜水艦隊と思われる移動群体を発見しました』


 たちまち艦橋がざわついた。八十キロという距離はもはや至近距離である。


『音紋からしてクラゲではなさそうです。ですが』

「ミサイルだな……」


 クロフォードが呟くと同時に、ハーランド少佐の顔が色を失った。


『カメラ映像出します』

「遅かったか……」


 スクリーンには、海中から発射された飛翔体四機が真上に向かって飛んでいく様子が映し出されていた。瞬時にハーランド少佐が指示を出して迎撃ミサイルを撃ち上げたようだが、それは全弾海中からの対空砲火によって叩き落とされてしまった。


「ちっ」

『申し訳ありません、特務中佐。本艦は』

「引き返せ!」


 クロフォードが怒鳴る。


『はっ、直ちに回頭――』


 その瞬間、映像が途切れた。直後、索敵班が声を上げる。


「駆逐艦ケンタッキー、レーダーから消失ロスト!」

「第七艦隊、輪形陣! 対艦ミサイル迎撃態勢! 至急!」


 索敵班の声に被せるように、クロフォードが怒鳴った。たちまち通信班がそれを反復し、艦隊全艦に通達する。その間にメインスクリーンに映し出されているレーダーに、赤いが発生し始める。飛翔体を指し示すその赤いラインが束になっているのだ。それらは一直線に第七艦隊の本隊の方へと向かってきており、そしてその上空には、まるで小馬鹿にするかのように悠々と飛んでいく弾道ミサイルの存在が映し出されていた。

 

「弾道ミサイルは如何しますか、中佐」

「本国の迎撃ミサイルに期待だ。報告は」

「完了しております」

「よろしい」


 クロフォードは椅子に座り直すと、指揮卓に肘を付き、両手の指を組み合わせた。


「各艦、飛翔体の迎撃に入れ」

「アイ・サー、各艦飛翔体の迎撃に移られたし、アイ!」


 通信班員が復唱するなり各艦にその旨を伝達する。同時に、通信班長が声を上げた。


「参謀部より通信、至急電!」

「つなげ」

『第六課統括補佐、ハーディ少佐です』


 メインスクリーンに映し出されたのは、鋭角的な黒縁の眼鏡をかけた女性将校だった。声だけなら何度も聞いたことがあったが、顔を見るのは初めてだった。


 こりゃ、スズメバチだな。


 クロフォードはその容姿にそんな印象を持った。獰猛な肉食昆虫、そう表現するのがぴったりの雰囲気だと思ったからだ。


 そのスズメバチもといハーディ少佐は、明茶の瞳を細めつつ参謀部からの指示を伝えた。


『第七艦隊は当該海域を制圧し、そのまま統合首都の防衛に回っていただきたい』

「ここからだと一週間はかかる」

『最悪、救援物資の輸送を頼むことになります』

「……了解した」


 クロフォードは眼前に広がる無数の火球を見ながら頷いた。ハーディの言わんとするところを理解したからだ。弾道ミサイルも迫っている――そういうことだ。


「特務中佐、ミサイル、迎撃完了しました。被害は駆逐艦クリス撃沈、駆逐艦ビーガン被弾炎上中、重巡ギルベイン破片により小破。以上三隻です」

「ご苦労。我が艦隊は直ちに当該の潜水艦隊への攻撃を開始する。駆逐艦隊、逃がすな」


 ARSSM、効いてないじゃないか。「艦隊全体を隠蔽し得る」というカタログスペックはいったいなんだったのか。


 クロフォードは苛つきながら、メインスクリーンに視線を戻した。そこには先ほどから微動だにしないハーディ少佐の姿が映し出されたままになっている。


「対潜攻撃ヘリ部隊、出撃。制空部隊、制空権確保および敵潜水艦隊挙動監視を」

『深追いは不要です、クロフォード特務中佐。出来るだけ早く統合首都まで』

「わかっている。三時間で片付ける」

『期待しています』


 ハーディは事務的に敬礼すると、通信を切った。


「さて、やりますか」


 第六課に嫌われるのはつまらん。


 クロフォードは次々と発艦していく艦載機たちを見送りながら呟いた。






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