逃がし屋と潜水艦キラー

 西暦二〇八四年一月末――。


 参謀部第六課の手配により、海軍陸戦隊二個大隊および海兵隊一個大隊、計約二千名が、ヴェーラたちのいる士官学校に配置された。突如物々しくなった警備状況に、候補生たちは総じて浮足立った。すでにF102の配備も完了し、上級高等部の三年、四年生は日々離着陸訓練を行っていた。


『対応、感謝する。ルフェーブル中佐』

「なに、君が気にする事ではない」


 参謀部第六課統括、エディット・ルフェーブル中佐は壁に掛けられたモニタを眺めながら不愛想に言った。モニタに映っているのは第七艦隊の事実上の司令官に返り咲いたリチャード・クロフォード中佐である。彼は今、旗艦である航空母艦ヘスティアの通信指令室にいるようだ。


「ゴーストナイト、か。まさか十二年も経ってから再びその名を聞くことになろうとはな」


 ルフェーブルは息を吐きながら眉間に右手をやった。そして目をきつく閉じる。その右手、そして右頬から首筋にかけて、酷い火傷の痕が見えた。それさえなければ、さながら女優のような豪奢な印象の、十分に美女と言って良いレベルの容姿の持ち主である。だが、その美貌と凄惨な火傷痕が合わさる事で、その存在感はもはや鬼神のレベルとなっていた。年齢は行っていても三十代前半か。


『俺もイスランシオ大佐からあのメールが来た時には仰天した。確かにあの漁村襲撃事件の生き残り――カティ・メラルティンという子は、候補生の中でもを示す能力の持ち主だ。何かあるかもしれんとは思っていたが。まさか、あのによって結び付けられるとは思っていなかった。よりによって、あのという固有名詞によってとはな』

「因縁浅からぬ――」


 ルフェーブルは豊かな金髪に手をやった。その頭髪も半分が人工的に植え付けられたものである。その青銀色の瞳は、強烈な視線をモニタに送り続けていた。その動脈血のように真っ赤な唇が、ゆっくりと動く。


「私はの威信に賭けて、あの子たちを守り抜く。第六課の目的云々ではない。私の矜持きょうじの問題だ」

『アンドレアルフスの指先たる中佐の手腕、疑っているわけもなかろう』

「アンドレアルフス、か」


 アンドレアルフスとは、美しい孔雀の姿をした神のことだ。それはかつては美しい容姿を誇っていたルフェーブルへの皮肉もあるだろう。


「上手いことを言うな、君は」

『アンドレアルフスは、追い詰められた人間を鳥に変じさせ、その逃亡を助けた。ならば、中佐が少女たちを鳥人セイレーンに変じさせたとしても、何らおかしなことではあるまい』

「勘繰り過ぎだ、クロフォード中佐」


 苦笑するルフェーブル。その表情は薄い刃のように鋭利だ。


「私は歌姫計画セイレネスシーケンスの現場責任者に過ぎない。実際の運用監視は大統領府が取り仕切っているわけだから。私の立場は、そうさな、トカゲの尻尾のようなものだろう」


 ルフェーブルは、自嘲的に笑い、そして足と腕を組んだ。


「私が参謀部ここに来て早八年になるが、なかなかどうして、伏魔殿の闇は深いぞ。クロフォード中佐などは嬉々として政敵を排除していけそうなものだが、どうだ、来てみないか」

『遠慮する』


 クロフォードは苦笑を浮かべて即答した。


『俺には俺の目的もあるしな』

「お聞かせ願えないものか」

『ははは、ルフェーブル中佐ならば、おのずと勘付くこともあるだろうよ。協調するにせよ対立するにせよ、表向きは仲良く過ごしたいものだと考えている』

「それには賛同しよう。今後も第七艦隊とは仲良くしておきたいものだからな」


 ルフェーブルは右手で頬の火傷痕を撫でながら、平然としてそう応じた。


「だが――」

『心配するな、ルフェーブル中佐。俺は歌姫セイレーンたちをどうこうしようなどとは本心から思ってはいない。その点での対立は有り得ん』

「……今のところは、という注釈が付かないことを祈るが」

『それは、どうだろうな』


 クロフォードはニヤリと意味深な笑みを浮かべ、腕時計に視線を落とした。


『さて、俺もあまりゆっくりとはしていられん。いきなりあのクラゲの対処方法を考えろとは、様は実に無理難題を仰る』

「ははは、それも君の実績を見てのことだ。消去法だ、安心してくれ」

『消去法ね、それは確かに背水の陣だ』


 クロフォードは笑いながらそう答え、敬礼した。


『これから俺は士官学校の方は関知できん。フェーン少佐に歌姫たちの事は一任してきてあるが』

「大丈夫だ、フェーン少佐から状況は逐一聞いている」

『そうか。ならば安心だ。お任せする』


 クロフォードはそう言って通信を切ろうとしたが、その前にルフェーブルが割り込んだ。


「第七艦隊の指揮権は事実上君にある。体裁を考えれば、せめて大佐か准将くらいにはなっていて欲しかったところだが」

『殴る上官がいなければ、すぐにでもなってみせるさ』

「ははは、面白い人だな、君は」

『よく言われる』


 クロフォードは声を立てて笑い、「それでは」と通信を切った。


 執務室に静寂が戻り、照明が薄明り程度にまで落とされる。


「さて」


 薄暗い空気の中、ルフェーブルの青銀色の両目が薄く光る。


「ゴーストナイト、か」


 ルフェーブルは椅子に深く腰掛け、天井を見上げた。


「カティ・メラルティン」


 あの漁村の生き残り――。


 あの燃えるような赤毛の少女は、写真で見る限り、もうずいぶん大人になっていた。当時八歳ということだったから、今は二十歳ということになる。二年前にユーメラの士官学校から突然転校させられたという話だったが、そこには参謀本部の強い意志が働いていたらしい。ルフェーブル自身は関与していなかったので知りようもなかったのだが。


 なぜルフェーブルがカティの事を知っているか――その理由は単純だ。あの漁村襲撃事件を受けて駆け付けたのが、当時ルフェーブルが所属していた海兵隊の部隊だったのだ。そして生首たちに囲まれたカティを最初に発見したのが、他でもないルフェーブルなのだった。




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