#05-ディプロマシー

#05-1:十二年前から続く……

超越者たちのダイアログ

 数十、ないし数百万。とにかくもおびただしい数の命がほんの数秒の間に蒸発し、その数倍からなる負傷者を生み出した。単位時間あたりの死者数という意味では、史上最大ということになるだろう。そしてあの核攻撃は、あれから一ヶ月以上を経た現時点でも、遅効性の猛毒として死者を着々と増産し続けている。


 四つの市が事実上潰滅したことについては、マスメディアは大々的に報じた。その報道内容は、ヤーグベルテ中央連盟構成五カ国の報道協定により、どれもこれも以下の三種の内容に収束していた。


 1.アーシュオンの非人道的な行為


 2.エウロス飛行隊の敵前逃亡


 3.アーシュオンの新兵器の脅威


 メディアの論調もそれに伴い、アーシュオンの脅威を煽り立て、エウロスの失墜を嘆き、新兵器への対抗策を打ち立てるべきだという主張――そんな具合で構成されるようになっていった。


「かくして英雄は囚われる、か」


 ジョルジュ・ベルリオーズはバルムンクの中で軟禁状態となっているシベリウスを眺めている。シベリウスの判断は、予定通りにされた。そしてその結果として、シベリウスは軟禁、エウロス飛行隊は無期限で任務を全て凍結されていた。


「あんなモノを担ぎ出すための舞台演出としてはがんばった、と言いたいところだけど、どうだろうね」


 ベルリオーズは背後に闇の中に浮かび上がったの影に向かって言う。その口調は何か揶揄するかのようなトーンを孕んでいた。


「君の横車かい? ああ、ハルベルト・クライバーと名乗っていたっけ、君は」

「あたしは何も」


 金色の影はそう言った。特定の姿を持たない揺らぎ――それが今のハルベルトだった。


「そうかい? 君はずいぶんとあの二人に肩入れしているように思うけど」

「だから?」

「彼らの言うT計画。アレがまともに使えるような代物になれば、あの二人は助かるかもしれない。君の考えは大方そんなところじゃないのかい?」


 ベルリオーズは目を挑発的に細めた。その左目が赤く輝き始める。


「でも、あのテラブレイカーだって、いずれは歌姫セイレーンたちの乗り物になるだろう。帰結は変わらないんじゃないのかい?」

「そうかしら。あたしはあの響応統合構造体オーシュたちが救われるのならそれでいいと思っているだけ」

「ふふ、実に君らしいよ、ツァトゥグァ。気まぐれな獣の神、だったか」


 その言葉に、金色の影は大きく揺らいだ。


「そう、あたしは気まぐれ。でも、あなたの作り出したあの子たちには罪はない。人の創り出した人の完成形。それを愚かな人間たちの最大公約数的ドグマで喪失するのはもったいないと思っているだけ」

「最大公約数的ドグマ、か。上手いことを言うね、ハルベルト・クライバー。いや、ツァトゥグァ」


 ベルリオーズは冷たい微笑を浮かべながらそう言った。金の輝きはなおも揺らいだ。


「あたしはあなたの質問に答えるために来たわけじゃないわ」

「ふうん、なら、その理由を訊こうじゃないか」


 ベルリオーズはその揺らぎに背を向ける。彼が見ているのは完全なる深淵の奈落だ。金の揺らぎは端的に言った。


「どう思ってるのかを、直に訊きたくて」

「敢えて?」

「そ。敢えて」


 そこでようやく、金の揺らぎは、ハルベルト・クライバーの姿をとった。バルムンクの闇の中に、二人の姿が浮かび上がる。彼らの周囲はまさに暗黒であり、彼らの他には一切の粒子も存在していないかのようだった。


「君もすべて知っているものだと、僕は思っているんだけど」

「知っている?」


 ハルベルトは口の端を吊り上げて、荒んだ微笑を見せた。


「知っているとか知らないとか、そんな目先の事には関心はないわ、あたし。あたしはね、ただ単にを理解しているだけよ。だから、敢えて訊きに来た。あなたに。だってあなたはだもの」

「なるほどね」


 ベルリオーズは腕を軽く組んで俯くという、芝居がかった仕草を見せた。その左の瞳は赤く凍てつき、ハルベルトを射抜いている。普通の人間であればそれだけで射竦められそうなものであったが、ハルベルトは全く動じた様子もなく、腰に手を当てて顎を上げた。二人は互いに極めて威圧的だった。


「訊くわ」

「どうぞ」

「あなたはこの世界をどうしたいの、ジョルジュ・ベルリオーズ」

「どうしたい? ふふ、僕はどうなるのかを知りたいのさ」


 その答えに、今度はハルベルトが腕を組む。ベルリオーズは手を後ろに組み直した。


「僕も君と同じく、答えは知っている。でも、それをどうやって証明したものか。どうやってそこに行き着くのが正解なのか。それを思案しているのさ」

「ふぅん、そうなの」


 ハルベルトは関心なさそうに頷いた。


「それで、あなたは今のところ、どうやってそれが証明されると予想しているの?」

「そうだねぇ」


 ベルリオーズは宙を――闇を――見上げて息を吐いた。


「僕の今の関心ごとはただ一つ。彼女がどうするのか、それだけだよ。彼女もまたヨルムンガンドの迷路の一部……そう思うだろう、ツァトゥグァ」


 ゆっくりとした口調での詰問に、ハルベルトはまた薄く笑う。ベルリオーズもそれに呼応して、鼻で笑った。


「君がツァトゥグァだとするとなると、彼女の名はアトラク=ナクアという具合になるのかな」

「名前なんて、ただの標識に過ぎないわ。でもまぁ、訊いてあげる。どうしてそう思うの?」

「ふふ、言っただろう?」


 ベルリオーズはくるりと向きを変え、ハルベルトに向かい合った。ベルリオーズの銀髪が闇の中で輝いているようにも見えた。


「僕は答えを知っているのさ」


 その左目がまた赤く輝く。ハルベルトは闇に背を預け腕を組んだ。その顔にはベクトルのない微笑が貼り付いていて、まるで能面のようだった。その口がおもむろに、音を吐き出す。


「ナイアーラトテップ」

「ふむ……」


 ベルリオーズはハルベルトに視線をぶつけた。ハルベルトは髪を右手で掻き上げ、追い打ちをかけるように言葉を続ける。


「そして、インスマウス。あとは、ロイガーだったかしら」

「ふむ」


 ベルリオーズはふと目を細める。その白いかおには、何の感情も見当たらない。ハルベルトも負けず無感情な表情でベルリオーズを見、そしてやがて小さく、だが大袈裟に、肩を竦めた。


「彼女はこのまま終わらせるつもりかもしれないわよ? いいの?」

「さぁ」


 ベルリオーズはアルカイク・スマイルを浮かべたまま首を振った。


「もっとも、ゲフィオンを従えているのは彼女だ。それに、セイレネスのことだってある。でも、それが、終わらせることこそが彼女の答えだというのなら、まだまだ焦らすと思うし、彼女自身が引き金を引くことは無いと思うよ。だって、彼女はロキになりたがっているわけじゃない。あくまでメフィストフェレスに徹したがっているのだから」

「ふん、傲岸不遜な考え方ね」

「神たる君たちにしてもそう思うのかい」

「ふふ、そうね。肯定しておくわ」


 ハルベルトは初めて愉快そうな笑みを見せた。ベルリオーズはそんなハルベルトを冷徹な目で撫で切りにする。


「君が人間に同情するとは、僕にとってはとても意外な話だよ。君たちの時間の尺度から言うなら、僕らの時代なんて一つの素粒子のようなものだろう?」

「あなたたちの存在が素粒子以下なことは確かね」

「それはまた光栄だね」


 皮肉に皮肉で返すベルリオーズ。ハルベルトは大袈裟に溜息を吐いた。


「どう解釈しても別にいいのだけど。でもね、ジョルジュ・ベルリオーズ。あなたはいくらティルヴィングを与えられたとはいえ、ただの人間に過ぎない。集合的無意識の観測端末の一つに過ぎない。あなたが他の有象無象に比較してどれほど優位性を持っていようが、あたしたちの視点からみれば――」

「だろうね」


 ベルリオーズは「ふふふ」と笑う。


「僕は自分を人の上位、いや、特に形而上けいじじょうのそれだなどと錯誤したことなんて、ただの一度もないよ」

「ただ?」

「君たちが勝手に僕をそんな具合に仕立てようとしているだけなのさ」


 ベルリオーズの左目が物騒なほどに赤く輝いた。


「違うかな、ツァトゥグァ」


 その強烈な赤い輝きは、周囲の暗黒をも打ち払おうとするかのようだった。ハルベルトもたまらず手を翳す。


「……盲目のファウストは、盲目であったからこそ、最期の言葉を唱えられるのよ」

「ふふ、その通り。それが帰結さ」


 ベルリオーズから発された赤い輝きは、やがて周囲の闇をすっかり駆逐してしまった。


「でも、だからこそ。僕はこの瞳でね、この時計仕掛けの世界を覆う虚構をこそ、剥ぎ取ってしまいたいと考えているのさ」

「ベルリオーズ……あなたは」

「僕は傍観者であって、ファウストでも、ましてやロキでもない。僕は君たちの、とりわけ、アトラク=ナクアの真の姿を見てみたいと思っているのさ、ただ、それだけだよ」


 真紅の空間に浮かぶ二人は、しばし無言で睨み合った。


「これでも不足かい、ツァトゥグァ」

「誇大にして不遜な望みね。ま、でも、あなたがそうと言うのなら、そうなんでしょう。いいわ、あたしはまた好きにさせてもらうけど」

「どうぞ、ご自由に」


 ベルリオーズは煩げに右手を振った。ハルベルトは鼻で笑うと金の揺らぎに変じたのちに、姿を消した。


「さぁて」


 ベルリオーズは目を閉じる。その途端、空間が闇に落ちた。


「ギャラルホルンの響きは、いつになったらここまで届くのだろうねぇ」


 ギンヌンガガプは、その奈落の淵は、この闇の世界バルムンクにも存在している。ベルリオーズがもう一歩踏み出せば、たちまちその奈落に捕らわれることは必定だ。奈落はどこにでも口を開き、哀れな生贄を待ち望んでいる。今は未だ動かない。だが、それが意志を持ち、能動的に世界を飲み込もうとする時が、遅かれ早かれやって来る。


「まぁ、まだ時間はある、か」


 その方が都合が良いだろう?


 ベルリオーズは誰にともなくそう囁いた。


「ふふ、そう。なら、そうしよう」


 彼だけが、その答えを聞いた。

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