インダルジェンス

 携帯端末を確認しつつ、がらんとした食堂のテレビでその映像を見ていた二人――ヴェーラとレベッカ――は、絶句して、硬直した。


 レベッカはモニタに映る高高度無人偵察機からの映像を睨みながら、かすれた声で言った。


「味方を巻き込んだ……?」

「それどころか、アーシュオンのふねの方が多かったよね」


 ヴェーラたちはまだ、敵艦隊がキャグネイとベオリアスの連合艦隊であったことは知らない。テレビの映像でわかったことというのは極めて限定的だ。ニュースの構成を時系列で並べると、概ねこうだ。


 第一・第二艦隊が善戦しながらも苦戦している中に、エウロス飛行隊が到着し形成逆転。


 しかしながら、第一艦隊旗艦へスぺロスおよび、第二艦隊旗艦エレクテウスが謎の爆発を起こして轟沈。


 エウロスが突如撤退開始。


 艦隊を殲滅するようにして複数の核兵器が炸裂。


 海軍戦力は文字通り全滅、エウロスは全機無事。


 ――ニュースではエウロス飛行隊が弾道弾の迎撃努力も行わず、退却したと大々的に報道していた。つまり、を図ったという論調である。


 戦闘中継ニュースは、臨時特番に切り替わり、その中でたちが各々好きなことを述べ始めている。


『そもそも、本土が核攻撃を受けた後です。当然、核攻撃に対処するための、弾道ミサイル迎撃システムくらいはあったはずです。イージス艦の七割が無事であれば、全弾叩き落とせた、あるいは被害は軽微に済んだはず、という分析結果が出ています』

『エウロス飛行隊は核武装をしていたという情報を極秘に入手しました。シベリウス大佐がそれを戦闘初期に使用していれば、こんなことにはならなかったかと』


 そのやり取りに、ヴェーラが思わず腰を浮かせる。


「核なんて、そんな簡単に使えるかっ」

「落ち着いて、ヴェーラ。今は情報を集めましょう」


 レベッカの静かな口調に、ヴェーラは一度深呼吸をして、そして椅子に戻った。


『核使用の判断は、参謀部よりシベリウス大佐に一任されていたんです。ですが、大佐はそれを使うのを躊躇した。これだけ本土がやられているのにですよ? もうこれは、愛国心の問題でしょう。無理とわかった時点で、さっさと自分の部隊だけ尻尾を巻いて逃げてるんですから』


 どこから手に入れた情報なのやら――ヴェーラは水を取りに行くために立ち上がる。


 完全に掌返しじゃないか。そもそも、核兵器の使用が、現場の判断に一任される状況って何? そんな責任、前線の兵士に負わせるものなわけ?


 ヴェーラは脳みそが沸騰するのではないかというくらい、怒りに支配されていた。


「『守護神到来!』とか言っておきながら、作戦が失敗したその瞬間に、コレ? どういうことなの、ベッキー」

「私に言われても……」


 レベッカは差し出されたコップを受け取り、困惑した表情を見せる。ヴェーラは乱暴に椅子に座ると、コップの水を一気に飲んだ。


「艦隊旗艦が沈められた時点で勝負はあった。あとは撤退戦――なのに、参謀部は指揮を第六課には引き継がなかった。おかしくない? なんで第三課がずっとっていたわけ?」

「確かに、そうね。軍としては旗艦が二隻とも沈んでもなお、戦闘を継続させようとしていたようにも見えるわ」

「なんのために?」


 ヴェーラのその冷たい視線を受けて、レベッカは目をしばたたかせた。


「そ、そうね……可能性としては、データ収集のため、とか」

「データ?」

「ええ。旗艦を沈めたのデータ」


 レベッカは眼鏡の位置を右手で直す。そして改めて言う。


「ミサイルでも魚雷でもない、の」

「……やっぱり、そう思った?」


 旗艦を爆沈せしめた。それが通常兵器に属する物の仕業ではないことが、二人には何故か分かっていた。それは直感といってしまうにはあまりにもハッキリとした確信で、言うなればそのに親近感のようなものさえ湧いてくるような、そんな感覚だった。


 レベッカは頷いた。


「アレが何なのかはわからないけど、とにかくアーシュオンの新兵器なことは確かよ。周りのふねに気付かれることもなく、空母を一瞬で沈めたあの兵器は、言うまでもなく圧倒的な脅威だわ。だから」

「生き残った味方を犠牲にしてでも、データをろうと?」

「合理的といえば、そうね」

「冷静だね、ベッキーは」

「いえ……」


 ――そうじゃない。


 レベッカは自分を分析する。


 自分は無意識に自分を守ろうとして、その結果、冷静になっているように見えているだけなのだ。ヴェーラのように感情を発露させてしまうと、自分は自分の暴走を抑えられる気がしないから、だから――。


 そんな事を考えているレベッカの瞳を、ヴェーラはじっと見つめている。文字通りに、心を見透かされているのだ。


「……そんなもんか」


 ヴェーラは呟いた。


「ベッキーはわたしの手綱を引く係だもんね」

「そんなことは」


 レベッカは幾分ムッとして言い返す。


「私まで一緒に暴走したらどうにもならないじゃない」

「……そうだね。君はそれでいいんだ」


 ヴェーラは水を一口飲んだ。


「君はわたしに施された安全装置フェイルセイフなのかもしれないなぁ」

安全装置フェイルセイフ?」


 何を言ってるんだろう、と、レベッカはヴェーラを見つめる。二人の視線が正面からぶつかり合う。


「わたしもベッキーも、セイレネスの使い手なわけでしょ。シミュレータの中の事が現実に起こり得るんだとしたら、あんなことができるんだとしたら。万が一の時のための安全装置は、絶対に用意してると思うんだよね」

「万が一って……」

「十中八九、わたしたちの暴走」


 その断定口調に、レベッカは息を飲んだ。ヴェーラは薄い笑みを浮かべている。その年齢に似つかわしくない、恐ろしく大人びた表情だった。


「わたしが暴走したら止めるのはベッキーの役目だからね」

「……私ばかり仕事をさせられる気がするわ、それだと」


 レベッカは眼鏡を外し、レンズを拭き始めた。そんなレベッカを眺めているヴェーラの表情が、不意に厳しくなった。


「閃いた。この戦闘って」


 突然戻った話題に、レベッカは思わずつんのめる。


「目的が二つある」

「目的?」


 同時多発攻撃からの一連の海戦に?


 レベッカは眼鏡を掛け直し、ヴェーラの水色の瞳を視界に収めた。ヴェーラは身を乗り出して、レベッカの耳元に囁いた。


「敵の新兵器のための大がかりな舞台装置と、四風飛行隊の影響力を削ぐこと」

「まさか、それって」


 レベッカは二つ目に引っかかった。ヴェーラは静かに頷く。


「もしかしたら、茶番劇だったのかも」

「そんなこと」


 ない、と言おうとしたが、言葉にならない。レベッカは奥歯に力を入れる。そんなレベッカの瞳を、ヴェーラはまたじっと見つめた。


「ないって言い切れる? わたしたち、新兵器なんだよ?」

「だからって何十万人も殺して……」

「わたしたちはその十倍殺すかもしれないじゃない?」

「十倍殺す……」


 さらりと言われたその言葉に、レベッカは心臓に氷の杭でも打ち込まれたような感覚に陥る。そんなレベッカの様子を見て、ヴェーラは今にも泣きだしそうな表情になった。


「単純に考えて、わたしたち、核兵器以上の何かなんだよ?」


 擦れた声で言われたその言葉に、レベッカはもはや何も言えなくなっていた。


「核なんて比較にならないなんだと、わたしは思うよ」

「でも私たちは」

「ただの女の子、だなんて言い方はやめてよね、ベッキー」


 先手を打つヴェーラ。レベッカはやはり何も言い返せない。


「核という抑止力が抑止力でなくなった以上、それ以上の究極的な抑止力が生まれるのは必然なんだ。状況からして、それはどう考えてもセイレネス、つまり、ってことになる」

「でも」

「この事実を認めろだなんて言わないよ。受け容れることだって難しいよ。でも、安心して。わたしはベッキーを守るから。わたしが、君を守るから。だから」


 ヴェーラは静かに目を伏せた。


「君には、わたしの安全装置であって欲しいんだ」

「ヴェーラ……」

「約束して。わたしは君を守り続ける。だから」

「私はあなたを守る」

「そうじゃなくて」

「そうよ」


 レベッカは新緑の瞳でヴェーラを睨んだ。ヴェーラが一瞬される。レベッカは目を見つめたまま、ヴェーラの手を取り、言った。


「私たちはこれからもずっと、お互いを守り合う。それでいいじゃない」

「ベッキー……」


 ヴェーラはレベッカの手を握り、小さくその名を呼んだ。


「そうだね、それでいいのかもしれない」

「そうあるべきよ、私たちなんだから」

「あるべき、か」


 ヴェーラは少し口角を上げた。どこか皮肉な微笑だった。


「冬来たりなば、か」


 春が遠いなんてことがあるだろうか?


 それは、春がまだ遠いことを知っているからこそ、生まれたフレーズだった。





 


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