見えるモノ、見えないモノ
ばしん。
そんな音が一千メートルのところまで聞こえてきた時には、航空母艦へスぺロスは、その半ばから叩き折られていた。艦橋構造物の辺りは、完全に叩き潰されたように見えた。
『こちらリビュエ監視班! 大佐、第一艦隊旗艦がロストしました!』
「今まさにその現場を見た。へスぺロスは轟沈だ」
『航空母艦ですよ!?』
「沈んだ。間違いない。真ん中から叩き折られた。データは後で送るが、俺の視界映像を遡れば確認できる」
シベリウスは大きく旋回して、眼下で何が起きたのかを理解しようとした。航空母艦ほどの巨大な艦船がたったの一撃で破壊されたように見えた。そしてあのダメージは、ミサイルや魚雷によるものではない。もっとこう、直接的な……。
『ありゃなんスか、大佐』
ようやく空域に到着したナルキッソス1・エリオット中佐が素っ頓狂な声を上げる。それにジギタリス1・マクラレン中佐が答えようとする。
『へスぺロスが何らかの攻撃で――』
『ちゃう、第二艦隊の旗艦じゃねぇか、あれ』
なんだと?
シベリウスは上下反転して海面を見渡した。へスぺロスの隣にいたはずの第二艦隊旗艦エレクテウスの姿が見えなくなっていた。
「エリオット、見たのか?」
『なんかクラゲみたいなのがチラっと。それに絡みつかれたと思ったら、空母が海中に消えたんスよ』
海上には何機かの航空機やヘリが浮かんでいた。それはそこに航空母艦が存在していたという証拠だ。
「クラゲだと?」
『大佐、第二艦隊の駆逐艦の海中探査映像を入手しました。確かに何らかの巨大な生物のように見えます』
「生物ぅ!?」
全長三百五十メートルもある空母を一瞬で沈めるような生物……!?
『こちらリビュエ監視班。マクラレン中佐より映像受領。解析に入ります』
「急げ。こんな化け物がいたら、艦隊が全滅しちまう」
すでに旗艦は二隻とも沈められており、ヤーグベルテの艦隊はもはや艦隊の体を為していない。烏合の衆と化したヤーグベルテ第一・第二艦隊に、寄せ集めのキャグネイ、ベオリアス連合艦隊が襲い掛かっていく。制空権はエウロス飛行隊が奪っていたものの、敵艦隊の猛撃は確実にヤーグベルテ海軍を消耗させていく。
核魚雷――。
セージ隊六機が運んできた必殺の兵器が、頭をよぎる。
いや、だめだ。敵味方の距離が近すぎる。こんな乱戦状態で撃ち込むなどあり得ない兵器だ。だが待てよ、あの得体の知れない敵には通用するのかもしれない。だとすれば、ここで仕留めておく方が得策……か。
シベリウスは眼下の駆逐艦を破壊しながら飛び続け、考え続けた。
『リビュエ監視班から至急!』
「どうした」
『海上から弾道ミサイルを確認しました!
「弾道ミサイル!? 馬鹿な!」
味方ごと吹っ飛ばすつもりか!?
「参謀部の連中は何て言ってる!」
事ここに至って、核以外の弾頭を撃ち込んでくるとは考えにくい。アーシュオンは同盟国の艦隊ごと、ヤーグベルテの二個艦隊にとどめを刺そうとしている。そう考えるのが妥当だ。となれば、参謀部からは撤退命令が出ているはずだが――。
『命令の類、一切確認できず。問い合わせにも反応なし!』
リビュエの監視班オペレータが緊迫した様子で言う。
となれば、ここで逃げることはできないというわけか!?
逃げれば敵前逃亡の罪に問われる可能性もある。
シベリウスは瞬時に考える。
「リビュエ、参謀部、今どこが指揮を執っている」
『第三課です。大佐、その空域は危険です。予測着弾地点、そちらに送ります』
直後に送られてきたデータを見れば、もう逃げるか死ぬかしかありえないことが一目でわかる。シベリウスは舌打ちし、撤退を選ぶ。
「第一、第二艦隊の残存部隊にも撤退命令は出ていないのか!」
『その場での対空戦闘、ミサイル迎撃が命令されたようです』
「ンだとぉ!?」
思わず怒鳴る。確かに数隻のイージス艦は生き残っているように見える。だが、リビュエから送られてきた状況を見れば、どう考えても飽和攻撃だ。対処しきれる数ではない。
「アダムスに繋げ! 直接話を――」
『大佐』
隣にジギタリス1・マクラレン中佐が並ぶ。
『今は逃げることが先決です。エウロスが潰滅してはどうにもならなくなります』
「チッ……」
シベリウスは眼下の哀れな味方艦隊を一度見下ろし、そして振り切った。
「全部隊、欠員は出てないな?」
『ジギタリス、ナルキッソス、ローズマリー、セージ、全機無事です』
「……よくやった。撤退するぞ」
『ちょっと待ってくださいよ、大佐。あ、いや、逃げるのは賛成なんスけど』
ナルキッソス1・エリオット中佐が慌てた様子で通信を入れてくる。
『参謀部から撤退命令出てないッスけど、これ、大丈夫なんスか!?』
「わからん。だからこれは俺の独断だ。この期に及んで、エウロスまで失う必要はねぇよ」
『しかし、敵前逃亡とか言われちまうんじゃ……』
「だとしても、責を問われるのは俺だけだ。お前らは俺の命令に従っただけだ」
『そうじゃなく――』
エリオットはまだ何か言おうとしたが、適切な言葉が見つけられず黙り込んだ。
『生きてるか、レヴィ』
誰もが沈黙して一分ばかりが経過した頃、そんな声がシベリウスに届いた。その声の持ち主は、異次元の手、エイドゥル・イスランシオ大佐である。彼はシベリウスの事を「レヴィ」と呼ぶ事ができる、ただ一人の人物だ。シベリウスはその声を久しぶりに聞いた。イスランシオはよほどのことがない限り、コミュニケーションはメールで済ませてしまうからだ。つまり今は、そのよほどのことが起きているということになる。
「少なくともあと二分後までは生きているだろうぜ、エイディ」
『それは良かった。今飛んできているのは核弾頭、それも新型の、飛び切りデカいMIRVだ。二分でギリギリ着弾範囲から逃げ切れるかどうか。良い判断をしたな、レヴィ』
「そいつぁ、どうも」
どこから情報を持ってきたか、いつも不思議になるイスランシオの情報収集能力だが、それがガセだった事は今のところ一度もない。となると今回だっておそらく正しい情報だろうという推測が成り立つ。
「アーシュオンは第一、第二艦隊を潰すためだけにこんな狂ったことを?」
『それだけではないだろう』
イスランシオのその落ち着いた声が、シベリウスを少し苛立たせた。
『旗艦を二隻潰した謎の兵器がいただろう』
「クラゲみたいなヤツのことか?」
『おそらく。衛星画像では良く見えないが、アレが近接兵器だというところまではわかった』
確かに、航空母艦ヘスペロスは、物理的に叩き割られたように見えた。エレクテウスもおそらく似たようなものだったのだろう。
『今回の作戦の主目的は、それの対核防御力のテストではないかと思う』
「はぁ!? ンなことのために、こんな舞台をわざわざ!?」
正気の沙汰じゃねぇぞ!
シベリウスは思わず叫びたくなるのを必死で堪えた。
『そして――』
シベリウスの背後が輝いた。猛烈な輝きがシベリウス達を背中から貫いていく。
『無事か、レヴィ』
「大丈夫だ。ノイズが激しいが、何とか聞こえてるぜ」
『なによりだ』
イスランシオはコーヒーでも飲みながら話しているのだろうか。そんなことをシベリウスはふと思った。
『さっきの続きだが、お前、ハメられたぞ』
「……敵前逃亡だってか」
『肯定だ。テレビはどこのチャンネルもそのテロップを出している。ネットの動向もおおむねそんな感じだ』
「チッ」
おとなしく核に焼かれてろとでも言いたいのか。
「クソッタレ」
シベリウスはもう一度舌打ちした。イスランシオは淡々と言葉を紡ぐ。
『アダムスの野郎が裏で手を引いているのだろうという気はするが……そう考えるといくつか整合性が取れない。お前に恨みのある奴なんて数えるのも不可能だし、動機のある奴は山ほどいるだろう』
「そこまで恨まれる覚えはねぇけど」
『それに空軍は力を持ち過ぎたと考えている勢力もなくはない』
シベリウスの反論を完全に無視したイスランシオの言葉を受けて、シベリウスは二、三秒ほど思案する。
「……海軍か。いや、しかし、だとしたら二個艦隊を……」
『
イスランシオは無感情に言った。
『アレが現実になるのだとすれば、二個艦隊程度の犠牲など、どうにでもペイできる』
「バカな」
シベリウスはおかしな数値を指し示す計器類を指で小突きながら、吐き捨てる。
「だとすると、アーシュオンとヤーグベルテが結託してなきゃならねぇだろうが」
『どちらも超大国だ。どこで誰と誰が握手をしてるかなど、わかりはしないさ』
違いねぇ。
シベリウスは背後に立ち上がった巨大すぎるキノコ雲を振り返りながら、また舌打ちをした。通信回線の向こうで、イスランシオは少し笑ったようだった。
『第六課の歌姫計画に、第三課のテラブレイク計画。海軍と空軍の確執。構図は存外単純なものかもしれんな、レヴィ』
「巻き込まれる側としちゃ、なんにしても腹立たしくてかなわんが」
『帰還後には、国民と軍の掌返しに早速げんなりすることになるだろうさ』
「
シベリウスは半ば腹を
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