#04-3:The inexpressible things

陰謀の制空戦闘

 暗黒色の制空戦闘機、F108P-BX2パエトーンストラトスが先陣を切る。技術の粋を集められている超先進的機体である。脳波と視覚によるコントロールが機体制御の重要な位置を占めており、操縦桿やペダルは補助的なものになっていた。機体はシベリウスの手足の延長そのものとなっていると言っても過言ではなく、もはや鬼に金棒であった。敵にしてみれば手の付けられないパイロットということになる。その特殊な操縦系にも僅か十時間の慣熟飛行で適応してしまったのだから、このシベリウスという男のセンスは天才的であるとしか言いようがない。


「前方、敵邀撃機だ。今度は有人……F/A201Eフェブリスだ。時間稼ぎの部隊だろうが、よっぽど戦力に余力があるみてぇだな」

『あいつらはナルキッソスで受けまっス。大佐はジギタリス、ローズマリーと共に先に。俺らは敵撃破後に、セージ隊の連中と合流しますわ』

「了解した、エリオット。行けるな?」

『誰に言ってるんスか。俺らと互角に戦いたいってんなら、マーナガルム飛行隊でも持ってこいってんですよ』

「アウズかナグルファリくらいじゃないと役不足じゃねぇか?」


 シベリウスはレーダーの最大射程で敵部隊六十機を捕捉した。その位置情報をデータリンクで部隊全体に展開していく。


「ロックオン。多弾頭ミサイル、俺にトリガーを寄越せ」


 シベリウスの視界内に六十の円形が生じる。敵の姿は見えないが、そこに敵機はいるという事がわかる。


『ジギタリス集約、トリガー、ユーハヴ』

『ナルキッソス集約完了、ユーハヴ』

『ローズマリーOKです。ユーハヴ!』

「アイハヴ、アイハヴ、アイハヴ」


 シベリウスは空中投影ディスプレイでログを追いながら応答する。そして、敵機を最大射程に捉えるや否や、「ファイアッ!」――全機の多弾頭ミサイルを撃ち放った。それらは視界の遥か前方で集約されたかのように見えたが、すぐにネットを広げるようにパッと分裂して広がった。弾頭数は六百を超える。それが一気に大気の向こうに消えて行く。


 数秒を置いて、遥か彼方で巨大な赤い光球が発生してすぐに消えた。


「敵機撃墜二十二。もう少しやれたな」

『十分ッス、大佐。三十八対六。ところがどっこい、俺らのキルレシオは無限大ッスわ』


 ナルキッソス1・エリオット中佐はそう言うなり、五人の部下を率いて先行していく。


「よし、ジギタリス、ローズマリー、このまま突破するぞ。撃ち落とされるような間抜けは知らんぞ」


 瞬く間に敵機との距離が近付き、シベリウスは目の前にいた一機を行き掛けの駄賃として叩き落とす。機関砲で叩き斬られたかのように真っ二つになって、落ちていく。シベリウスの目論見通り、コックピットにも命中弾が出ていたので、パイロットは万に一つも助かるまい。文字通りの挽肉ミンチになっているはずだからだ。

 

「ナルキッソス隊、あとは頑張れ」

『うぃーっス』


 ナルキッソス隊長エリオットの間延びした声が届いてくる。シベリウスは「やれやれ」と独り肩を竦め、より前方に注意を向けた。


 そこから飛ぶことさらに十数分、地平線の上にゴマ粒のような艦隊が見えてきた。そこには、燦然と輝く青い海とそこに佇んでいる黒色の金属塊メタル、鮮やかな空色には火薬と化石燃料が染みついていた。


「こいつはシュールレアリスムってやつだな」


 もっとも、漂う悪臭も加味すれば、即ち地獄の一丁目ということになるだろう。悪臭と言うスパイスを加えることで、シュールな光景は一気に完全なるリアルに戻る。他人事ひとごと的な感覚を、一息にスリリングでエキサイティングなものに変じさせる。


『隊長、制空権を奪い返しますか、それとも艦隊をやりますか?』


 ジギタリス隊長エリオット中佐が通信を入れてくる。シベリウスはコンマ五秒ほど思案して、「空をれ」と命じる。


『了解しました。隊ごとに自由戦闘の許可を』

「許可する。ジギタリス、ローズマリー、存分に暴れろ」

『了解です』


 二人の隊長が応じ、六機ずつ左右に散開していった。シベリウスは独り直進を続け、味方艦隊を飛び越え、一気に敵艦隊の制圧下空域に飛び込んでいく。シベリウスでなければ、ただの自殺行為だ。現に、熾烈と言うほかにない規模の対空砲火が、シベリウスのたった一機を撃墜するためだけに撃ち上げられてきている。シベリウスは敵艦隊の上空を挑発的に飛び回っては、機関砲や対地ロケットでの掃射を行っていく。シベリウスにとっては、イージス艦であっても単なる大きな的に過ぎない。接敵から僅か五分で三隻のイージス駆逐艦を大破せしめると、いったん雲の上まで駆け上がった。追いかけてきた敵機は、ローズマリー隊からの横殴りの一撃であっけなく壊滅した。


「妙だな」


 シベリウスはあまりの手ごたえのなさに、心の中で首を傾げる。


「リビュエ監視班、なんか妙なんだが、何か情報はないか」

『リビュエ監視班より大佐。敵はキャグネイとベオリアスの可能性があります』

「……アーシュオンじゃない?」

『可能性ですが……』


 ベオリアス連邦共和国、キャグネイ経済同盟は共にアーシュオンの同盟国家群だ。なお、同盟と言うのは名ばかりで、実際のところは「軍事的支配下にある」と表現するのが正しい。なお、アーシュオン、ベオリアス、キャグネイの頭文字をとって、「ABC同盟」や「ヤーグベルテABC包囲網」などという表現をすることもある。


「キャグネイとベオリアスか。となればこのレベルの低さにも納得だ。我が軍の一艦、二艦の不甲斐なさには涙も出ねぇがな」


 数だけは潤沢に揃う奴隷国家群の寄せ集め艦隊によって、ヤーグベルテの第一艦隊は半減、第二艦隊も良くて三割程度の被害が出ていた。全滅と言っても支障のないレベルの被害が出ているのは、上空からでも明白だった。


 だが、そこに来てエウロスが到着した、とも言える。艦隊のピンチに颯爽と駆け付けたエウロス飛行隊は、瞬く間に制空権を取り返す。暗黒空域が敵の勢力を蹂躙する。おそらく今頃、臨時ニュースと言う名の特番が組まれ、ヤーグベルテ全土に放送されていることだろう。そして「エウロスが来た」旨のテロップをでかでかと映し出していることだろう。見世物なのだ。軍によるパフォーマンスなのだ。暗黒空域と呼ばれる死神が率いる東風の部隊エウロス。彼らによる戦場の蹂躙をこそ、視聴者たちは求めている。民主的に表現するならば、それこそ国民の総意だった。


 実際に、エウロスの到着によって敵の航空部隊は散り散りになってしまっていたし、艦隊運動も滅茶苦茶なものになっている。アーシュオンの艦隊であれば、エウロスが到着したところでここまで乱れることはない。寄せ集めらしい、そんな動きだった。


 この分なら核魚雷を使う口実は与えないで済みそうだ――シベリウスは対空砲火をギリギリのところで回避し続けながら胸を撫で下ろす。そして急降下からの……。


「ん!?」


 なんだ?


 シベリウスは側頭部あたりにチリチリとした痛みのようなものを感じて、攻撃を中止して再び急上昇する。視界のどこかに何か、見慣れぬものが入り込んだのか。


 シベリウスは意識を一層集中して、上空一千メートルのところから海面を見下ろした。対空砲火が思い出したように上がって来るが、そんなものに当てられるシベリウスではない。そもそも、照準システムをらしてあるので、弾幕を張るか目視照準でもしないかぎりは滅多なことがない限り命中弾など出るはずがなかった。


 海面ではおびただしい数の敵味方の艦艇がダンスを踊ってでもいるかのように動き回っていた。燃え上がる駆逐艦や軽巡洋艦たちが、黒い煙を吐き出して、輝く水面をこれでもかと言わんばかりに塗りつぶしている。青く美しい海に似つかわしくない閃光が迸り、その都度に水柱と金属片を海面にばらまいた。


 そして水面を漂っているのは、人と船の残骸だ。それは逐一海に飲まれて消えて行くが、その絶対数は一向に減っていかない。だらだらと続く戦闘が、それら犠牲者を潤沢に生産し続けているからだ。


 その時、ロックオンアラートが鳴り響いた。シベリウスは舌打ちしながら機体を反転させる。ミサイルがそのすぐ脇をかすめていく。通り過ぎたミサイルは弾頭を分裂させ、シベリウスの機体に向けて機首を返してくる。


「しゃらくせぇ」


 ロックオンしたことは褒めてやる。


 シベリウスは目の前に出てきたそのミサイルの発射主の機体を、機関砲で狙い撃った。キャノピーが綺麗に弾け飛び、パイロットの胸から上が引き千切られたところまでは目で追えた。追ってくるミサイルの数発がその機体に命中して爆炎を上げる。


 シベリウスは機体を海面から三メートルの位置まで降下させ、ミサイルを誘う。そして敵の重巡洋艦に向けて一直線に飛んでいく。あまりの低空飛行の前に、対空砲は照準を合わせられずに、F108P-BX2パエトーンストラトスの頭上を無駄にえぐいていく。


 そして重巡洋艦に衝突する直前で、シベリウスは機首を垂直に上げた。真上に逃げたシベリウスに向かって方向を修正する弾頭たちは、しかし、その全てが重巡洋艦の舷側に直撃した。その艦は、たちまちのうちに爆炎を上げて傾いていく。


 その時、シベリウスはまたを見た気がした。怖気のような、戦慄のような――そんな名状し難い何かをシベリウスは確かに感じた。


「何か妙だ。マクラレン、何か検知していないか」

『いえ、ナルキッソス隊とセージ隊が接近してきているほかには』


 ジギタリス1が応じてくる。


「それは俺も認識している。海中だ。海の中に何かいる」

『潜水艦……ですか? いや、しかしこんな乱戦の中には』

「用心し――」


 言いかけたその時、シベリウスは第一艦隊旗艦、航空母艦へスぺロスをほぼ真上から見ていた。そして言葉を失った。



 

 


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