パエトーンストラトス

 手筈通り――。


 超大規模本土攻撃より二日後の早朝、シベリウスはF108P-BLXブラックパエトーンの改修機、F108P-BX2パエトーンストラトスを駆って、エウロス飛行隊二十四機を率いて飛んでいた。目指すは第一艦隊および第二艦隊が交戦を開始している海域である。敵の新戦力は未だに姿を見せていないが、現時点ですでに友軍艦隊は押されていた。艦載機部隊の数でこそ互角ではあったが、質に於いてヤーグベルテは劣っていた。現在の主力制空戦闘機であるF107では、アーシュオンの最新鋭機FAF221に明らかに譲る。その圧倒的性能差を何とか打開するべく、F108の開発が急がれたという背景もある。


『こちらジギタリス1、敵邀撃部隊接近を検知しました。電子戦闘プローブ確認。ウチで邀撃して良いですか、大佐』

「任せる、マクラレン」

『了解です』


 ジギタリス隊の六機が急上昇していく。


『ジギタリス隊、成層高度に展開。ただちに電子制圧を開始。母艦、バックアップを』

『リビュエ電戦班了解。リンク確立、バックアップ入ります』

『リビュエ監視班了解。敵ノードへの侵入試行開始、ジギタリス隊に本艦の空蝉ウツセミへのアクセスを許可します』

『ジギタリス1了解、空蝉経由にて敵機ファイアウォールへのアタックを仕掛ける。電戦班、本機を終端ターミナルノードとして、敵IPS侵入防御システムへ、フラッド!』

『リビュエ電戦班了解。IPSへフラッドを仕掛ける。ジギタリス1へ接続確立コネクト展開アタック開始!』


 敵の邀撃部隊はこれでどうにでもなるだろう。どうせ無人機だ。シベリウスはネットワークの使用率が急上昇しているのを確認しながら、心中で呟く。


 無人機は電子的連携攻撃さえ防ぐことができれば、なんてことは無い。エウロス飛行隊のエースたちにしてみれば、ただの撃墜スコア稼ぎの相手に過ぎない。


 シベリウスはようやく視認できた敵部隊に向かって真っすぐに飛んでいく。


「ナルキッソス、ローズマリー、多弾頭ミサイル発射! 一気に蹴散らせ! パースリーは残敵処理!」

『了解!』


 シベリウスの後方につけていた、ナルキッソス隊およびローズマリー隊から、おびただしい数のミサイルが放たれる。敵の無人機も散開しながら多弾頭ミサイルを放ってくる。双方の中央あたりでミサイル同士が激突し、熾烈な爆炎を生み出した。瞬く間に六十機ばかりいた敵機の数が減らされていく。電子戦闘によりシステム不具合を起こされた機体では、回避することができなかったのだろう。残った二十数機は、たちまちパースリー隊の六機との格闘戦闘に突入していく。他のエウロスの機体は一機も欠けることなく、一路南へ飛んでいく。


「パースリー隊は敵機殲滅後、いったんリビュエに戻れ。セージ隊、準備は出来てるか」

『こちらリビュエ管制。セージ隊、出撃いつでも可能です』

「直ちに出撃。本隊と合流せよ」

『リビュエ管制、了解。セージ隊、直ちに出撃します』


 よし。打てる手は打ってあるはずだ。


 シベリウスは唇を湿らせる。その時、並んで飛んでいるナルキッソス隊の隊長、エリオット中佐が秘匿回線を使って話しかけてきた。


『大佐、セージ隊の連中に、装備させてるんスか』

「……ああ」

『使うつもりスか?』

「どうかな」


 シベリウスは曖昧に応じた。シベリウス自身、使うべきか使わざるべきか、今の時点では判断つきかねているところだった。核攻撃が無警告で先制実施されたという事実があり、その被害者――現時点で関連死者数は八十万人にまで膨れ上がっていた――のほとんどは非戦闘員だったという事実もある。ヤーグベルテの国民は、不安と怒りに打ち震え、世論の大勢としては「相応の報復措置を実施すべきだ」という方向に動いている。その世論を受け、今回の出撃ではを搭載することが必須事項とされていた。


「使用は現場指揮官の判断に委ねる、か」


 核魚雷の装備と使用については、命令発信元が大統領府であり、当然、シベリウスの権限では異議を唱えることができるような代物ではなかった。純粋に核による報復を考えるならば、敵艦隊の位置に向けて十数発の弾道ミサイルを撃ち込めば済む話である。だが、そうなると今度は国際世論、こと、であるエル・マークヴェリアからの支援に対する障害になりかねない。そこで、中央政府は現場に責任を被せようというのだ。しかもその指揮官が国内外に知らぬ者のいない英雄「暗黒空域」である。万が一、核魚雷が使用されるようなことがあっても、それは「現場指揮官による判断で実施された、ものだった」と説明することができる。国民からの人気も高いシベリウス大佐であれば、国民世論の反発も少なくなるだろうという予想だ。


『なんなんスかね、中央の奴ら。大佐に責任おっかぶせて、美味しい所だけ持って行くつもりッスよ』

「なに、今に始まったことでもねぇよ」


 シベリウスは言いながら、母艦リビュエのメインフレームにアクセスして、目標空域の情報を集め始める。


「エリオット、無駄話はおしまいだ。マクラレン、あと十五分で現着だ。それまでに電子戦の準備を頼む」

『ジギタリス1、了解。データリンクへの防壁敷設は完了しています。現地情報管制艦および電子戦闘艦とのリンクも申請済み……アクセス許可確認、同期開始』

「さすがの手際だな、マクラレン」

『慣れてますからね』


 ジギタリス1ことマクラレン中佐は、部隊を率いてシベリウス達の上空三千メートル、高度四千メートルの所を飛行中だ。その物理実体は雲に隠れてはいたが、電子的には感度良好である。


「リビュエ監視班、艦隊戦の様子をレポートしろ」

『リビュエ監視班了解。敵味方、現在航空戦闘の真っ最中。艦載機全出し、数だけなら互角』

「数だけなら、かよ」


 シベリウスは監視班オペレータの皮肉に、思わずニヤリとする。オペレータは気軽な調子で補足した。


『大佐が到着しさえすれば状況は変わりますよ』

「だったらいいんだがな」


 俺が着けば、か――。


 結局自分に出来ることと言えば、戦い、そして、あわよくば勝つことくらいだ。そんな意味の分からないゲームに、自分と部下、そして何故か顔も知らない国民の命まで賭けなければならない。英雄だ守護神だと言われたところで、それはつまり、彼ら国民の自己満足のための喝采でしかない。もはやメディアによる集団催眠みたいなものだ。


 シベリウスは心の中で一気にそうまくし立て、まだ見えぬ戦闘空域を睨みつけた。


『大佐、アレ――』

「おっと、余計なことは言うもんじゃねぇよ」


 シベリウスは危うい所でオペレータの発言を止めた。アレ――について言及しようとしたのだろう。


「大丈夫だ。俺はやるべきことは必ずやる。知ってるだろ」

『イエス・サー!』


 まったく、敵も味方もあったもんじゃねぇ。どいつもこいつも、自分たちを背中から撃とうとしていやがる――。


 シベリウスが心の底から頼れると思っているのは、長年の親交がある「異次元の手」イスランシオ大佐を除けば、エウロスの隊員たちだけだった。空軍の中から選りすぐられたエースばかりで構成されたエウロス飛行隊は、それぞれに一癖も二癖もある難物揃いの部隊だ。彼らを統率するためには、頭抜けた戦闘力と指揮能力が必要とされる。幸いにしてシベリウスにはそのどちらもが備わっていたし、おかげでエウロスは四風飛行隊で最も統率のとれた部隊である。


 だがシベリウスは今年で三十歳になる。後継者を育てておかねばならない時期に突入しているのだが、未だエウロス飛行隊を率いることの出来るほどの猛者には出会えていない。ナンバー2のジギタリス1ことマクラレン中佐はシベリウスよりも年上だったし、ナンバー3のナルキッソス1ことエリオット中佐に至っては「隊長なんてガラじゃねぇっスよ」の一点張りだ。


「後継者か……」


 そう呟いた時、シベリウスの脳裏にあの赤毛の少女――カティ・メラルティン――の姿が浮かび上がってきた。


「ヒヨッコだが」


 ――あいつのポテンシャルは計り知れない。


 面白いかも知れねぇな。


 シベリウスは中央参謀本部連中の驚く顔を想像して、少しだけ愉快な気持ちになったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

応援した人

応援すると応援コメントも書けます

ビューワー設定

文字サイズ

背景色

フォント

Androidでは正しく
設定できないことがあります。

応援の気持ちを届けよう

カクヨムに登録すると作者に思いを届けられます。ぜひ応援してください。

新規ユーザー登録無料