核攻撃

 シベリウスがパウエルに警告を発してから約三ヶ月間、アーシュオンによる散発的な攻撃は続いた。艦隊や島嶼とうしょ部、沿岸部の都市にある程度の被害は出たものの、それは比較的小規模に終わっていた。その長期に渡るマンネリ化した直接攻撃は、しかし、確実にヤーグベルテに緊張を強い、疲弊させていっていた。必然的に、警戒に当たる艦隊も各地に散在することになってしまい、戦力の層はますます薄くなった。それをカバーしているのが四風飛行隊を始めとする空軍戦力ではあるが、彼らにしても神出鬼没なアーシュオンの攻撃部隊を捉えるのは至難の業だった。


 客観的に見て、この三ヶ月間は全くの負け戦が続いていた。国民の不満や不安は、先のユーメラ大空襲以降、目を見張る勢いで急上昇してきており、中央政府としても何らかの手を打たなければ、大規模なデモ、あるいは暴動が起きる可能性すら発生していた。それだけではない。過度な緊張状態を強いられ、少なくない被害を出している軍からの不満もまた、この三ヶ月で著しく高まりつつあった。


 そこでまず行われたのが、リチャード・クロフォード中佐のである。「潜水艦キラー」として名高いクロフォードは、国民からの知名度も支持も高く、かなりの宣伝効果が期待できた。無論、軍人からの信頼も厚く、彼の戦線復帰というのは瞬く間に軍人のネットワークで伝播していった。それは逆に言えば、中央政府がそこまで追い詰められていた事の証明でもあるのだが。


 だが、政府が次なる手を打とうかと枢密院にて会議を行っているうちに、事態は大きく動いてしまった。


「状況はどうなっている」


 エウロス飛行隊の保有する急襲航空母艦リビュエのCIC戦闘指揮所に、シベリウスが駆けこんでくる。時刻は午前二時。シベリウスはその野生の直感めいた感覚で目を覚まし、何の報せを受けることもなくCICに直行してきたのである。


「いえ、大佐、今夜は静かなものです」


 オペレータが驚いた表情で応じてくる。その途端だ。通信班長が声を上げた。


「大佐、参謀部第六課より緊急!」

「第六課?」

「はっ、ルフェーブル中佐より直接連絡です」

「出してくれ」


 エディット・ルフェーブル中佐の第六課が指揮を執っている?


 シベリウスは僅かながら困惑していた。第六課が出てくるのは、そのほとんどが撤退戦のシーンになってからだ。よって、その性質上、序盤に出てくることはまずない。


 そんなことを考えていると、スピーカーから少し低めで艶のある女性の声が聞こえてきた。


『音声のみにて失礼する、シベリウス大佐。なにぶん見せられたではないのでな』

「冗談キツイぜ、逃がし屋」


 シベリウスは唇を歪めてそう言った。


「それで、序盤にお前らが出てきたってことは、相当ヤバイ状況だと見たが」

『良いカンだな』


 ルフェーブルは無感情にそう評価し、そして恐るべきことを告げた。


『アーシュオンが超大規模同時多発攻撃を仕掛けてきた。弾道ミサイル十六発を目下だが、状況は極めて不味い』

「迎撃中……!?」

『一斉発射が確認されたのが四分前。あと二分で迎撃態勢が整うが、着弾予想地点の全域をカバーすることは不可能だとわかった』

「なっ……!?」


 弾道ミサイルが地上に落ちることが確定事項になっている……?


 さすがのシベリウスも、その報告には青ざめた。


『それに、確率的に全機迎撃することも叶わないだろう。善処はするだろうが』

「それで、いきなり第六課か」

『そういうことだ。戦わずして敗北だ。あとは何発撃ち落とせるか。それだけだ』

「待て、ルフェーブル中佐。だとしたら、こんなところで俺とってるわけにはいかないんじゃねぇのか」

『状況の推移は監視している』


 ルフェーブルは疲れたような声で言う。その裏側には多大な緊張が隠されているのだろうが、音声からではそこまでは探り切れない。エディット・ルフェーブル中佐は、シベリウスが唯一実力を認めている参謀である。常に冷静沈着で、判断は的確だ。特に撤退戦や救出作戦に於いては、その「逃がし屋」の二つ名に恥じない無類の強さを発揮する。


『緊急展開班の展開も確認した。あとは祈るのみだな』

「俺たちは? 敵の姿は確認できているんだろう?」

『そちらの母艦の位置が漏洩でもしていたのか、エウロス周辺には一部隊も発見できていない。本当にいないのかは、今はまだ分からないが』

「チッ」


 シベリウスは舌打ちすると、CICの司令官席に腰を下ろした。


『今、被害状況の解析結果を共有した。随時更新されていく。見ておくと良い』

「確認し……って、なんだこれは!」


 シベリウスは絶句した。CIC内のオペレータたちも、総員口を開けてメインスクリーンを見上げていた。ヤーグベルテが完全包囲されるような形で敵艦隊の予想位置が表示されていた。それだけでも絶句モノではあったが、それだけで終わるはずもない。巡航ミサイルによると思われる沿岸部の都市への攻撃、艦載機によると思われる沿岸部大都市圏への空襲――それらによって、沿岸都市は瞬く間に赤く塗り潰されていっていた。被害はなおも拡大しており、ほぼ一方的にやられていることが見て取れた。ルフェーブルが言っていたように、エウロス飛行隊の航空母艦リビュエの周辺には敵艦隊の姿は確認されていない。


 知らず、シベリウスは歯軋りしていた。一矢報いることすらできない自分に歯噛みしたのだ。


『……核だ。ビアリク市が消滅した』


 ルフェーブルの平坦な声が響く。それと同時に、メインスクリーンに一際目立つ赤い円形が発生した。ビアリク市、人口二十五万を抱える工業都市である。軍需工場も数多く存在する、生産拠点の一つであった。


「推定核出力、四百五十キロトン、着弾弾頭数十二!」


 オペレータの一人が被害レポートを読み上げる。シベリウスは思わず腰を浮かせた。


「十二機全部がビアリクか!」

「肯定です、大佐。軌道計算結果から判断して、ビアリク市は完全に……蒸発したと考えられます」

『――その通りらしい』


 ルフェーブルがその報告を肯定する。


『我が国はこれで三度目の核を許したという事になる。約百四十年ぶりにな』

「あの時の核爆弾は、出力二十キロトンと聞いている。比較になるか」

『……民間人の頭上で、核の炸裂を許したことが問題なのだ』

「……違いねぇ」


 渋面を作りつつ、シベリウスは吐き捨てた。


「核後遺症への対症法があるとはいえ、この規模で撃ち込まれては生き残る事は難しい。なんだってこんな――」

『……さらに三発落ちたぞ、大佐』

「マジか……」

『イルシア、メーゲン、アイボリックバーグ。今度はどこも軍とは無関係な都市だ』

「無差別じゃねぇか! しかも百万都市ばかりじゃねぇか!」


 シベリウスは肘当てを叩いた。対するルフェーブルの口調は、腹立たしい程に冷静だった。


『各都市一発ずつの着弾とはいえ場所が悪い。死者数は合わせて五十万を超えるだろう』

「クソッタレが!」

『九十二パーセントは迎撃に成功した。軍としては良くやったと言わざるを得ない』

「だが七十だか八十万は死んだっていうんだろう」

『肯定だ。被害はさらに増えるだろう』


 ルフェーブルの口調は揺らがない。シベリウスは小さく舌打ちして、訊いた。


「……で、俺たちは何をすれば良い」

『第一、第二艦隊が、敵の攻撃部隊を追撃している。敵の艦隊はまだ複数個隠れていると、私は考えている。そしておそらく、第一、第二艦隊に向かって反撃してくるだろう』

「第一と第二ってことは……敵の第三十三潜水艦隊を追っているってことか」

『肯定だ。彼らはおそらく第十二通常艦隊、第十三通常艦隊と合流する』

「そして、さらに伏兵がいくらかいると」

『そういう予想だ』


 ルフェーブルは何でもない事のように言う。


「その予想の根拠は聞かねぇが……。だが、それじゃぁ、一艦と二艦はヤバイんじゃねぇか?」

『そのためのF108先行配備だ』

「どういうことだ」


 シベリウスの眼光が鋭さを増した。


『近々大規模攻撃が行われるという話は、私のところにもイスランシオ大佐からもたらされていた。情報部は否定していたが、私はの方を信頼しているのでね』

「……なるほど。それでこの時期に俺たちに慣熟訓練を急がせていたってわけか」

『配備の横車を押すのはなかなか骨が折れた。だが、良い機体だろう?』


 しれっと言い放つルフェーブルに対し、シベリウスはようやくいつもの獰猛な微笑を浮かべることができた。


「申し分ねぇよ。俺たちが慣熟訓練で海に出ることも、この時期に何か起きるという事も、お前の計算通りだったってことか」

『まぁ、そうなるな』


 ルフェーブルは感情を感じさせない声で肯定した。シベリウスは鼻で笑う。


「慧眼、感服するぜ」

調子が良くてな』

「けっ、冗談キツイぜ、まったくよ」


 シベリウスは口の右端を吊り上げる。


「てことは、F108パエトーンで飛べってことだな。アレの航続距離なら、艦隊と合流するのも難しくはねぇな」

『二日後に合流できるように調節してくれ。具体的な作戦時間は追って連絡する』

「承知した。だが珍しいな。六課が攻勢に出るってのは」

『第三課の横車だ。負け戦となると、奴らは穴倉に引っ込んでしまう』


 ルフェーブルの嘆息が聞こえる。シベリウスは腕を組み、ついでに足も組んだ。


「アダムスの野郎か」


 シベリウスはそう言い捨て、そして少し考えてから付け足した。


「だがまぁ、今回はありがてぇ。あいつの指揮下で戦うなんてが出るからな」

『ふっ。まぁ、そう言ってくれるな。奴は奴で、保身にかけては天才だからな』

「おいおい、俺達エウロスが出る以上、負け戦だなんて言ってくれるなよ、

『……善処しよう』


 ルフェーブルは沈んだ声で言い、通信を切った。


「けっ、嫌な予感しかしねぇぜ」


 シベリウスはメインスクリーンに表示されたままになっている被害マップを睨みながら、忌々しげに吐き捨てた。





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