vs 暗黒空域

 一言で言えば、シベリウスは圧倒的だった。天才とすら評価されるカティ、エレナ、ヨーンの三名をもってしても、全く相手にならなかった。ハルベルトとの格闘戦にも勝利したことのない三名だったが、シベリウスはハルベルトのさらに上を行っているように感じていた。ハルベルトが徹底的な論理的行動によって圧倒してくるのに対し、シベリウスはそのアクションの大半が直感的なものであるように見えた。次の行動がまるで読めないのだ。


 の手合わせともなれば、さすがに三名は善戦した。見学に来ていた上級生たちをも黙らせてしまう程、三名の連携攻撃は神がかってきていた。徹底的に訓練された狼の群れのように、一匹の獲物を執拗に追い続ける。隙あらばアタックして仕留めようとする。三名はそんな攻撃をひたすらに繰り返し続けた。だが、シベリウスはそんな攻撃を易々と回避し、逆に翻弄した。追いかけられているようでいて、いつの間にか背後につけている。側面から攻撃されていたはずなのに、何故か上から反撃していた。


「わかった! わかったぞ」

『何が!?』


 クリムゾン2、エレナのF108Pがカティの真っ赤な機体の隣に並ぶ。


「データリンクに介入されているんだ。大佐はアタシたちのネットワークに侵入している」

『よくわかったな!』

「通信まで!?」


 カティは慌ててレーダーを確認し、そして失策を悟る。レーダーには。その瞬間、カティの脳裏に何かが光る。ふわっとした妙な音のようなものが響いた気がしたのだ。


「クリムゾン2、下だ!」

『えっ!? わっ、きゃあっ!』


 クリムゾン2、爆散。機体が真っ二つに叩き割られたと思ったら、激しく爆発を起こして消えて行った。


『クリムゾン3、ターゲットをロック! FOX2!』

『安心するのは早いぞ、小僧』


 クリムゾン3、ヨーンの機体から放たれた多弾頭ミサイルが、暗黒色のF108P-BLXに覆い被さるようにして襲い掛かる。


 当たる気がしない――カティは思った。だから、すかさずミサイルを追うようにしてシベリウスの機体に突撃し、機関砲での掃射を決める。だが、それすらかわされる。


『避けてみせろ、お前ら!』


 シベリウスのF108P-BLXから、冗談のような数の多弾頭ミサイルが放たれた。それはカティとヨーンを同時にロックオンしており、まるで巨大な網のように空域を支配した。カティは慌てて機体を捻って目の前の数発を回避し、追いすがる数十の弾頭を振り切るべく機体高度を一気に下げた。上空にいたヨーンは完全に網の中に囚われていた。


「クリムゾン3!」

『追尾アルゴリズムが既定値じゃない!? まさか、手動で追尾させてる!?』

『このシチュでそこに気付けるとはいいセンスだ。F108こいつはそのくらいできる機体ってことよ』


 褒められはしたが、ヨーンの機動はもう限界だった。敢え無くミサイルの津波に飲み込まれ、クリムゾン3はカティの遥か上空で爆発四散した。


 そんなカティは未だにミサイルに追われている。


「ミサイルの手動追尾って……」


 カティは海面を叩き割るようにして超低空を飛行していく。途中で数発のミサイルが海面に当たって消えて行ったが、それでもなお、十を超える弾頭が距離を詰めてきている。


「ってことは」


 カティは上空から迫ってくるシベリウスの暗黒色の機体を確認する。多弾頭ミサイルの射程距離ギリギリ。撃っても回避されて終わってしまう距離だ。だが――カティはミサイルを撃った。


『……?』


 まさかの射撃に困惑するシベリウスの呼吸が聞こえる。そのくらい、カティは集中していた。左手で仮想キーボードを呼び出し、右手で機体を操って追ってくるミサイルから逃れようとする。そしてカティの放ったミサイルが、空中で花火のように分裂する。


『当たるわけが……まさか!?』


 シベリウスがカティの意図に気付く。そして同時にシベリウスも多弾頭ミサイルを撃ち放った。


「それが最後の一発ですね、大佐!」


 カティももう一発、多弾頭ミサイルを放った。


 空中で互いのミサイルが激突し、激しい熱量と光を振りまいた。


 それぞれの弾頭は正確に相殺し合う。そうなると、数に於いて有利なのはカティの側だ。生き残ったミサイルがシベリウス機をまるで無視して左右に展開し、向かってきた。


 カティの背後には、今まさに命中寸前となっているシベリウスのミサイルがあった。カティのミサイルはカティ機をすり抜けると、追いすがる弾頭の一つと激突して激しい爆発を生じさせた。その後、立て続けに数個の爆発が起き、それが鎮まった頃には、空域を乱舞していたミサイルは一発も残されていなかった。


『ミサイルを誘導してミサイルを落とすとは。天才は伊達じゃないな』

「恐縮です、大佐」


 カティは義務的に応じると、降り注ぐ機銃弾を回避する運動を開始する。


『なら、こいつはどうかな』


 筐体内に突如ロックオンアラートが響き渡った。それも一つや二つではない。


「なにっ!?」


 レーダーには無数のシベリウス機が映っていて、全方位からミサイルが迫ってきていた。慌てて目視で周囲を見るが、シベリウス機の姿は見えない。ミサイルだってさっきので最後だったはずだ。


『チェックメイト』

「なっ!?」


 真後ろだった。シベリウスはカティの後ろ、数メートルの所につけていた。


 そんな具合にして、カティたちは十戦全敗。機銃弾の一発すら命中させられずに、公開訓練は終わった。


 さしものカティたちももはやフラフラで、互いに互いを支え合って何とか立っているというような状態だった。対するシベリウスは、対戦を始める前と同様に全くもって涼しい顔をしていた。シベリウスは腕を組みながら三名を見回した。


「期待以上だった。データリンク介入を見切ったのは、お前が初めてだ」

「偶然です、大佐」

「偶然とか直感ってのは、実力がなけりゃ真価を発揮しねぇ。偶然を頼って行動するのはバカのやることだがな、お前は状況を判断した結果、あれを見抜いた。偶然の皮を被った必然だろ」


 シベリウスはそう言ってカティの肩を叩き、今度は居並ぶ他の候補生たちに目をやった。

 

「こいつらはよくやった。そして敢えて俺に勝負を挑んできたことで、さらに強くなった」


 そして視線を鋭くする。直視された候補生たちは一様に背筋を伸ばす。


「だが、手を挙げなかったお前らは腰抜けか? それとも敵にむざむざ殺されてやるために飛ぶのか? 違うと言うなら、どんな手段を使ってでも強くなれ。強くなれば、守られる側から守る側に変わる。そうなった時に初めて見えてくるモノもある。それが掴めれば、さらに一段強くなれる」


 シベリウスはシミュレータルームの出口へと身体を向けた。そして振り返ることなく、付け足した。


「現状に不満があるなら強くなれ。ひたすらな。そして、現状が不安であるなら、なお一層強くなれ。以上だ」


 そう言い捨てると、シベリウスは颯爽と部屋を出て行った。パウエルはその脈絡のない行動にやや呆れた表情を浮かべつつ、ブルクハルトに後を託してシベリウスを追った。


 シベリウスの歩行速度はかなり速く、義足のパウエルは相当の苦労をして何とかシベリウスの背中に追いついた。シベリウスは後ろを振り返り、「なんだ、エリス野郎か」と、面白くもなさそうに息を吐いた。


「だからエリスと呼ぶなと――」

「あいつら」


 シベリウスは煩げに左手を振って、また歩き始める。


「あいつらは、良い目をしている」

「メラルティンたちか」

「そうだ。お前の弟も同じ目をしていたぞ」


 不意に弟への言及が為され、パウエルは一瞬足を止めた。それに気付いたシベリウスも足を止め、肩越しに呼びかける。


「エリス」

「エリスはやめろと――」

「あいつらを無駄に殺すな」


 シベリウスは語気鋭くそう言った。パウエルは一瞬表情を強張らせたが、すぐにいつもの飄々とした顔に戻り、わざとらしく肩を竦めてみせた。


「飛行機にも乗れん俺には、もはや何もできんよ」

「ざっけんな」


 シベリウスはパウエルに一歩で迫ると、右手でその襟を掴んだ。その剣幕を前にしても、パウエルは全く動じた様子もなく、その手をポンポンと叩いて引き離す。


「俺だってな、ヒヨッコたちをあんな粗大ゴミになんざ乗せたくなんてない。だが、ここはヤーグベルテであって、シビリアンコントロールが正常に機能している民主国家だ。国家の決定、イコール国民の意志……そうだろう?」

「……んなことわかってるよ、クソッタレ」


 シベリウスはまた歩き始める。単調な廊下を超え、階段に辿り着いた頃になってようやく、シベリウスは再び口を開いた。


「アーシュオンがいよいよ不穏だそうだ。イスランシオが伝えてきた」

「……そんなレベルか」


 思わず足を止めたパウエルだが、シベリウスは歩みを止めない。


「無駄かも知れんが、備えておけ」


 そう言って、シベリウスは一人、足早に去っていってしまった。取り残されたパウエルは無意識に腕を組んだ。


「俺にはイクシオンを磨いているくらいしかできんがね……」


 パウエルは口元を歪めると、腕組みを解いて歩き始めた。




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