#04-2:降り注ぐ核の雨

シベリウスの演説

 カティたちが上級高等部の二年に進級して二ヶ月が経過した十二月上旬に、空軍候補生たちは、教壇上のカレヴィ・シベリウス大佐を前にして緊張した面持ちで座っていた。空軍候補生たちにとっては、シベリウスは雲上の人である。「ヤーグベルテの守護神」の称号をほしいままにしている英雄にして伝説のパイロットであるのだから。


「一年目を無事に切り抜けて油断しているかもしれないが、お前らにはあと三年近く残されている。脱落するなら早い方が良い」


 シベリウスは開口一番にそんなことを言った。候補生たちは一様に唾を飲み込む。


「運悪く卒業して任官してしまえば、あとは死ぬか辞めるか。どちらかしかない。辞めることを選択できるのは、ほんの一握りの幸運なヤツだけだ。お前らの教練主任みたいな悪運の強いヤツは、あんな具合に生き残る」


 それはシベリウスなりのジョークだったが、緊張した面持ちの候補生たちは、表情筋をぴくりとも反応させない。固唾を飲むことさえできないほど、候補生たちはピリピリと緊張していた。その雰囲気を感じ取ったシベリウスは、内心で溜息を吐きながらも、なおその鋭い視線で学生たちを撫で切りにしていく。


「技術があれば生き残れる……そんなもんは幻想だ。どんな機体に乗っていようが、たとえ俺でも、が悪けりゃ死ぬ。技術なんてもんは、死神との口約束をかわす程度には役に立つかもしれないが、所詮はその程度だ」


 シベリウスは言葉を切って、再び学生たちを眺めまわした。ふと視線が吸い寄せられた先は、学生たちの一番後ろの席だった。そこには燃えるような赤毛の持ち主がいた。相当な距離があってもはっきりと紺色とわかるその瞳は異常なまでの鋭利さを持っていて、肌は思わず二度見してしまったほどに白かった。他の大多数の候補生とは全く格が違う。新兵の中にいる傭兵上がり――そのくらいの差だ。しばしシベリウスはその赤毛の美女に視線を奪われていたが、やがて咳ばらいを一つして、演説を再開した。


「しかしな、口約束とは言ったって、手土産が何も無いよりは良い。死神は口約束は簡単に結ぼうとするが、反故ほごにするのも早い。だが、俺たちエースは、死神よりも口が達者だ。エースは死神をも丸め込む。代わりに敵の命を十倍くれてやるから、俺との約束は守りやがれ、とな」


 赤毛の美女は、未だ最後列からシベリウスを睨みつけるようにして見ていた。並大抵の演者であれば、その視線に囚われたが最後、もはやまともに発話することはできないだろう。そのくらいに強烈な視線だった。シベリウスは思わずニヤリとした表情を浮かべてしまう。こいつは間違いなく強くなる――そんな確信を抱いたからだ。


 シベリウスは用意されていた水を一口飲んで、そのニヤ付きを抑え込む。


「だがな、どんな条件を出してやったとしても、死神は気分次第でコロッと掌を返す。俺だって明日にはMIA行方不明、あるいはKIA戦死かもしれん」


 候補生たちは一様に微動だにしない。講堂の後ろ側の出口にはパウエル少佐が立っていて、なにやらニヤニヤしながらシベリウスの演説を聞いていた。それを見て、シベリウスは悪戯を思いつく。


「だが!」


 言うなり、シベリウスは机を力いっぱい叩いた。マイクが甲高い音を立て、候補生の大半はビクッと大きく震えた。パウエルはと言えば、わざとらしく肩を竦めて首を傾げてみせてきた。行動を読まれていたのかもしれない。シベリウスは心の中で舌打ちをする。


「だがな。ヤーグベルテの空で飛ぶというのなら、俺は絶対に無駄死には認めん。戦死するなとは言わん。だが、勝手に死ぬな。何もせずに死ぬな。足掻け。とことん、足掻け。足や手が千切れたとしても、生きてる限りは生にしがみつけ!」


 シベリウスは一息で言い放つと、また水を飲んだ。


「話は変わるが、俺の今日の予定はコレで終わりだ。俺と戦闘シミュってみたい奴はいるか」


 突然の問いかけに、ほとんどの候補生は「?」を浮かべた。数秒の沈黙の末、赤毛の美女が「自分が」と手を挙げた。それに呼応するかのように、大柄の青年と、栗毛の女子候補生が手を挙げた。


「パウエル少佐、その三人と俺の対戦をセッティングしてくれ」

「了解」


 パウエルは携帯端末を取り出して、シミュレータルームに住み着いているブルクハルト中尉に連絡をした。その間に、シベリウスは三名を前に呼び出して、それぞれの姓名を確認する。確認し終えたところで、シベリウスは何か引っ掛かりを覚えて、赤毛の――つまりカティを凝視した。


「……メラルティン?」

「なんでしょうか」


 カティは怪訝な表情を隠そうともしない。シベリウスはカティをやや上から見下ろして、再び記憶の中を検索し、見つけた。


「お前、アレか。襲撃事件の」

「十二年前の事件を指しているのであれば肯定です、大佐」

「ユーメラの士官学校から転校してきたんだったよな、二年くらい前だったか」

「ご存知でしたか」


 カティは肯いた。シベリウスは難しい顔をして腕を組む。


「……まぁ、いい。お前たちのシミュレータのログは、度々俺の所にも共有されてくる。時々眺めさせてもらっているが、二年にしては相当だと思っている」

「恐縮です」


 カティが言い、他の二人――エレナとヨーン――は姿勢を正した。


「だが、まだ所詮はシミュレータの話だ。命のやり取りをした事があるわけじゃない。だから誤解はするな。アレは所詮は技術の参考記録に過ぎない」


 シベリウスはそう言い、そして、全候補生にシミュレータルームへの移動を命じた。









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