If Winter comes, can Spring be far behind?

 二〇八三年十月――。


 ユーメラ大空襲から八ヶ月少々が経過していた。あれからもアーシュオンは度々本土への空襲を実施してきたが、さすがにヤーグベルテとしてもそう何度も易々と叩かれるようなことはなかった。くまなく配備された四風飛行隊との連携により、領空侵犯機は尽く撃退されていたし、海軍も摩耗した戦力なりによくやっていた。参謀部や上層部の思惑はともかく、前代未聞の本土への被害を受けて、現場は奮起したのである。


 そしてメディアはその奮起した結果のを過大に取り上げて、さも大勝利をしたかのように国民に周知した。大本営の思惑と、メディアの視聴率稼ぎの施策が見事に一致した結果の扇動記事アジテーションである。前線では人命よりも弾薬を節約しながら戦わなければならなくなっているのに、国民の多くは「圧倒的優勢」を疑わなくなっていた。アーシュオン、恐るるに足らず――国民の多数は漫然とこのように認識し始めていた。


 二人しかいない食堂の中で、ヴェーラは自分の携帯端末でニュースサイトを流し読みしていた。途中で「ふぅむ」とか「むむ」とかいう声が漏れているが、たぶんこれは無意識に発している声だろうと、向かいの席でヒレカツを切り分けているレベッカは推測していた。こうなってる時のヴェーラには何を話しかけても答えは返ってこない。仕方ないのでヴェーラのヒレカツも切り分けておいてあげることにする。そんなレベッカの目の前には、図書室から借りてきたばかりの詩集が置かれていた。


 二人は無事に上級高等部の二年へと進級していた。とは言っても、二人はユーメラ大空襲後からは完全特例措置を取られていて、通常とは全く異なるカリキュラムを組まれていた。その大部分がセイレネスシミュレータの研究開発補助となっており、空いた時間には、戦術・戦略の教練や、戦闘指揮訓練が入れられていた。それは無茶苦茶なプログラムではあったのだが、四年次の学生たちに混ざっても、二人は難なくこなしてしまっていた。教官たちも、二人に関してはもはや教えることはないと言っているくらいである。そこで二人には空いた時間にが与えられることが増えてきたのだが――。


「ヴェーラ、お肉切っといたわよ」

「あ、ありがと」


 ようやく端末から目を離したヴェーラは、さっそくソースをかけてヒレカツを食べ始める。もぐもぐやっているその様子を、レベッカはニコニコしながら見つめている。それに気付いたヴェーラが食べる手を止めてレベッカを見て、首を傾げた。


「ど、どうしたの? なにかあった?」

「食べてる時のヴェーラは本当に幸せそうだなぁって」

「食べてる時くらいはね」


 ヴェーラは少し冷めてしまったスープを飲む。


「それ以外の時はあれこれ考えちゃうし」

「そうね」


 レベッカも食事を始めた。二人はしばらくの間黙って食べていたが、やがてヴェーラがおにぎりを手に持ちながら言った。


「ねぇ、ベッキー、あのさ――」

「ニュースとかでという単語をよく見るようになった気がしない?」

「わたしのセリフを取らないでよ!」


 言ってからおにぎりにかぶりつくヴェーラ。レベッカはヒレカツをもぐもぐしながら、ニヤリとした。


 二人は士官学校に入学した時に比べて、その背格好といい表情といい、急激に大人びてきていた。知能に容姿が追い付いてきた、と、カティやエレナは言っているし、たぶん大方の評価はそんなところだろう。ヴェーラたちは自分の本当の年齢すら知らないのだが、一応の記録としては「十四歳になったばかり」とされている。ちなみにカティは今年で二十歳になる。


 レベッカは最後の一切れを飲み込んで、紙ナプキンで口元を拭いた。


歌姫計画セイレネスシーケンスという言葉だけ一人歩きしてる感があるし」

「わたしたちにもよく分からないしね、全貌は」

「ええ」


 レベッカはポケットからハンカチを取り出して、眼鏡のレンズを拭き始める。


「おかげで、歌姫なんて存在自体が税金の無駄だとか言われているわけだし。新聞でも雑誌でも、歌姫についてのポジティヴな意見を探すのは至難の業よ」

「うぅん」


 ヴェーラはおにぎりをペロリと平らげて、手を拭きながら宙を睨む。


「まぁ、無駄遣いじゃないとは言い切れない、のかなぁ。いまのところ」

「まぁねぇ」


 レベッカは食器をまとめながら溜息を吐く。二人とも、現時点では未だに自分たちがどのような目的で何をするべきなのか、何ができるのかを把握しきれずにいた。もちろん、シミュレータには何度も乗っているから、自分たち=歌姫=戦うための手段なのだという事は知っている。だが、実感がないのだ。あまりにもその技術が突拍子もなさ過ぎて、現実感が得られないでいるのだ。


「それにさぁ」


 ヴェーラも食器をまとめつつ、どこか間延びした調子で言う。


「あのシステムだってさ、戦艦、それも飛び切り変態的に巨大なサイズのものにしか載せられないんでしょ」

「変態的ってあなたね……」


 眼鏡をかけ直しながらレベッカがツッコミを入れるが、ヴェーラは涼しい顔で受け流した。


「だってさ、ベッキー。戦艦って言っても、六百メートルを軽々超えるって聞いたよ? 正規空母の倍のサイズじゃない」

「確かに尋常じゃない大きさの海上構造物になるけど。エラトーとメルポメネ、だったっけ。音楽の女神ミューズの名前だったわよね」

「うん」


 ヴェーラは肯き、その細い腕を組んだ。


「でもさ、いくら超巨大戦艦を作ったって、あんなシミュレータでやってるみたいなこと、できるわけないじゃん? あんなの、ゲームでチートしてるみたいなもんでしょ」

「……そうとも言い切れないじゃない」


 レベッカは目を伏せる。


「ヴァラスキャルヴ。絡んでるんでしょ、どうせ」

「ヴァラスキャルヴ、か」


 ヴェーラは目を閉じた。眉間に皺が寄っている。


「ホメロス社もヴァラスキャルヴの傘下なのかな? 確かホメロスだったよね、戦艦とかセイレネスのシステム作ってるの」

「そうね」


 レベッカは記憶の引き出しから、該当する資料を引っ張り出してきて読み直す。


「十中八九、どこかでヴァラスキャルヴに絡んでるでしょうね、ホメロス社も」

「そっかー」


 ヴェーラは目を開けて、腕組みを解いた。


「もうどこにいたってヴァラスキャルヴなんだねぇ。ま、ジークフリート使ってないシステムなんてほとんど無いし。論理相は完全にヴァラスキャルヴの上にあるようなものだしねぇ」

「私、あのOS嫌い」


 レベッカは殊更に見せつけるように、肩を竦めた。ヴェーラは「わかる」と言いながら強く頷いた。


「構造もそうだし、概念自体もそもそも不気味なんだよね、ジークフリートは」

「ええ、そうね」


 レベッカは同意する。


「たぶんだけど、セイレネスって、ジークフリートが私たちにアクセスするためのなんじゃないかって思うのよ」

「プロトコルの違う世界を繋げるためのものってこと?」

「そうそう」


 レベッカは頷く。ヴェーラは少し考えてから口を開く。


「だとしたら、わたしたちはジークフリートの管理者アドミニストレータ権限を持ってる人ってことになる?」

「最低でもパワーユーザくらいにはなると思うわ」

「うーん、それって逆じゃない?」


 ヴェーラはまた腕を組んだ。


「ジークフリートがわたしたちの管理者アドミニストレータだって言えるんじゃ? 私たちのを呼び出して、戻り値を現実相的な何かの上で具現化する……みたいな?」

「そうなのかな……」


 レベッカの声に力がない。レベッカも気付いてはいるが認めたくないのだとヴェーラは理解した。


「だって、あのセイレネスシミュレータにしたって、勝手にわたしたちにアクセスしてきて、勝手に何か持って行くような気がするよ。なんていうか、魔法使いになった気分になるよね」

「それは、そうだけど。でも、ヴェーラ――」

「でも、わたしたちにこれだけのお金を使ってきている以上、やっぱりシミュレータのアレは絵空事ではないと思うんだよ、わたしは。違う?」

「確かに、戦力の拡充に使えるハズのお金を私たちが総取りしてるみたいなものなのよね」

「うん」


 ヴェーラは難しい表情を浮かべて、天井に並ぶライトを見る。


のわたしたちの活動で稼げるお金なんて、セイレネス関連予算に比較してみれば大河の一滴みたいなもんだし」

「軍隊アイドル……」


 レベッカは「嫌なものを思い出した」というような苦い表情を浮かべた。二人に課せられたというのは、まさにこの「軍隊アイドル」としての活動であった。絶世の美少女であると同時に、圧倒的な歌唱力を有していた二人は、まさに広告塔にうってつけの存在であった。歌唱力に関しては、何らのトレーニングを行っていないにも関わらず、国内外の著名なトレーナーたちが手放しで絶賛するほどのレベルだった、といえばどの程度のものかわかるだろう。そしてまた、軍としては、後々のために二人の知名度を上げておきたいという狙いもあった。


 ヴェーラはそんなレベッカの表情を目を細めて見つめながら、やや皮肉っぽく言う。


「まぁ、戦艦一隻あたり、イージス搭載駆逐艦二百六十隻分のお値段だって聞かされてしまったら、少しでも自分たちで稼がざるを得ないよねって言うのはわかるんだけれど」

「二隻で世界全体のGDPの一パーセント相当……なのよね、確か」

「そうそう」


 ヴェーラはその途方もない金額を聞かされて、腰を抜かしかけたものだ。


「血税とか言っていられるレベルじゃないんだよね、歌姫計画セイレネスシーケンスって」

「そうね」


 レベッカは呟く。


「私たちのすべきこととできることは、もう全部決まってるのかもしれないわね」

「……かもね」


 ヴェーラは沈んだ表情で頷いた。そして視線を上げてレベッカの喉元あたりを見た。


「ねぇ、ベッキー」

「うん?」

「どうやったら……ううん、戦争って終わると思う?」


 その問い掛けに、レベッカは即答できなかった。


「どうなったらもう兵器なんて要らなくなると思う?」


 完全なる非暴力主義や武力放棄がその答えではないことは明白だ。武力の放棄は結果であって、手段にはなり得ない。完全に他国の庇護下に――つまり、植民地的支配に甘んじるという選択肢をらないのであれば。


「アーシュオンを滅ぼしたらもう良いのかな。それとも、ヤーグベルテがぐうの音も出ないくらいにやられたらお役御免? 国同士の約束事なんて反故ほごにされてなんぼなところがあるわけだし、歴史上ずっとそうだった。人同士の相互理解なんて、所詮は多数派に流されて変容していく程度のものでしかない。そして多数派というのは過程と結果が分かり易い方に流れることになっているでしょ? つまり、武力行使と言う名の暴力に」

「ヴェーラ……」


 レベッカの呼びかけに、ヴェーラは空色の視線をさらに上げ、レベッカの灰緑の瞳を直視した。レベッカはゴクリと唾を飲む。


「ねぇ、ベッキー。わたしたちに出来ることって、つまり、敵を殺す事だけ……なんだよね?」

「それ以外、何ができるというの? 博愛主義でも説く?」


 揶揄するようなその答えに、ヴェーラは一瞬だけ、荒んだ笑みを浮かべた。そしてレベッカの傍らに鎮座していた詩集の表紙を見る。


西風に寄せてオード・トゥ・ザ・ウェストウィンド、か」


 それはこの詩集に収められている代表作品のタイトルだった。そして、その作品の最後に叫ばれる、良く知られたフレーズをそらんじる。


「冬来たりなば、春遠からじ……」

 

 レベッカはその詩集をぱらぱらとめくりながら、呟いた。


「彼はきっと、そう思いたかったんでしょうね」


 ――彼の前にあったものたちが、きっと、そうではなかったから。


 レベッカはそう解釈して、ゆるゆると首を振った。 




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