電話とメール

 電話のディスプレイには見知った番号が表示されていた。エリソン・パウエル少佐の私用携帯の番号だ。シベリウスはエルスナーが出て行くなり、吐き捨てるように言った。


「お釈迦様の垂らした糸に見えたものは、実はネロの釣り糸かもしれねぇぜ、エリス野郎」

『地獄が二重底だって?』


 電話の向こうのパウエルは、ややおどけてそう言った。シベリウスはあからさまな舌打ちを響かせる。


『昨日は弟が世話になった』

「くそったれが」


 シベリウスは目の前にパウエルがいるかのように、虚空を睨みつけた。よほど肝の据わった人物でも、思わず涙目になってしまうような眼光である。


「てめぇの弟のせいでこれからどうなると思ってやがる、くそったれ」

『……わかっている』


 シベリウスとパウエルは士官学校では同期であり、共に幾度も死線を潜り抜けてきた仲であるから、お互いの事はよく理解し合っていた。


「それにしたってどうなってやがるんだ? てめぇの弟のあの機体制御、あんなことができるのはエイディだけだと思っていた。まさか、てめぇが教えたのか?」

『まさか』


 パウエルは驚いたように否定した。


『俺はあんなことは実際には不可能だっていう論文を書いただろうが』

「エイディだけはできたがな」

『あいつはだ。例外というやつだ、例外』

「てめぇの弟はエイディ程じゃないって?」

『間違ってもイスランシオほどの天才ではないだろう』


 エイディこと、エイドゥル・イスランシオは「異次元の手」とも呼ばれている超エースパイロットにして、四風飛行隊ボレアスの隊長だ。その戦闘能力はシベリウスと互角であり、シベリウスとセットで「ヤーグベルテ史上最強の二人」とも呼ばれている。


「てめぇの弟ならありえん話じゃねぇだろうがな。だが、誰があんな芸当を教えた。天才か凡人かはさて置くとして、あんなのはほどきをうけなけりゃ到底不可能だ」

『……わからん』

「隠し事をしてる声だな。俺にはわかるぜ」

『……わからんことにしてくれ』

「なるほどな」


 シベリウスは椅子に座り直す。そして長い足を組んだ。その表情は苦い。


「なぁ、エリス」

『エリスはやめてくれ』


 シベリウスはパウエルの事を「エリス」と呼んでいる。彼のファーストネームが「エリソン」であるから縮めて「エリス」と呼ぶようになったのだが、そこには「不和の女神」の名前も掛けられているのだとシベリウス本人が吹聴していたことがある。超エースとして張り合っていたシベリウスとイスランシオは、事あるごとに対立するような関係だった。そこで、彼らの同期であり、また超エースの一人でもあったパウエルは彼らを仲裁する役目を仰せつかったのだが……結果として火に油を注ぎまくった。それは時としてパウエル自身にも延焼し、そのために三人で火だるまになっているようなことも度々あった。そこから「不和の女神」が連想されたのだというシベリウスの論理には、不自然さはなかった。


「うるせぇぞこのエリス野郎。とにかくよ、今回のこれは何なんだ? さっぱり辻褄が合わねぇぞ」

『……わからんことにしてくれ』

「くそったれ」

『助かる』


 パウエルの不愛想な声がシベリウスに届き、シベリウスはますます仏頂面になった。


『中央から何らかの追加情報は行くと思うが』

「はっ、大本営発表なんざ最初から信用してねぇよ」

『だろうな』


 パウエルは少し黙り、そして会話を再開する。


『クロフォード中佐もなにやら動いているようだ。状況はそう遠くないうちに明るみに出るだろう』

「あのが? 上官殴って士官学校に左遷されたって聞いたぜ」

『それは事実のようだな』

「面白れぇヤツ。今度会ってみたいもんだ」

『気骨はあるが、裏の顔が見えない男でもある。食えない男だぞ』

「ますます面白れぇじゃねぇか。そいつの動きは楽しみだ。逐一教えてくれ」

『……了解した』


 シベリウスはコーヒーカップを持ち上げて、最後の一口を飲んだ。すっかり冷めてしまっていたが、風味は十分だった。良いコーヒー豆を使っているのだろう。


「そういえば、そっちにはあの憲兵野郎がいるんだっけ」

『憲兵野郎?』

「ほら、第六課の統括と昔付き合ってたっていう」

『ああ、フェーン少佐か。彼は海軍の教練主任をやっている』

「そうそう、そいつよ。あの鉄壁フリードマンといい、そこに集まってる将校はどいつもこいつも胡散臭い奴らばかりだな」


 シベリウスはニヤリとしながら言う。とはいえ、士官学校の教練主任といえば、ヤーグベルテの伝統的に左遷先の名所だ。大体において一癖も二癖もある軍人が集まることになっている。

 

『違いない』


 パウエルは乾いた声で笑った。


 そんな声を聞きながら、シベリウスは今日の未明にイスランシオから届いていたメールを読んでいる。エウロスがスクランブルしている間に、自らあちらこちらのネットワークに侵入して情報を探っていたらしい。


「あれからエイディはまただいぶやらかしてるみたいだ」

『無茶して捕まるなとだけは言っておいてやってくれ』

「けっ、あいつを捕まえられる奴なんざいねぇよ」

『違いないな。おっと、そろそろこっちは会議だから、失礼する』

「じゃぁな、エリス野郎」

『エリスはやめ――』


 そこでシベリウスは受話器を置いた。そしてイスランシオからのメールをじっくりと読み始める。


 イスランシオのメールはかなりの長文だった。几帳面な性格の表れか、全ての情報について、その情報元ソースが事細かに記されていた。


 第六艦隊の対潜哨戒機がエンジントラブルを起こし、発艦タイミングが大幅に遅れて哨戒活動に穴が開いた。対潜駆逐艦の基幹システムがウィルスに感染し、哨戒ルートが漏洩していた可能性がある。第六艦隊は敵艦隊規模を二倍に見誤り、戦わずして後退を選択した。なお、その際に、情報探査艦が強力なジャミングを受けた影響からか、一時システムダウン。そのため、四風飛行隊への出撃要請が遅延した。


 ……。


「なんてザマだ」


 ここまでタイミングよく悪い事象が積み重なるのは、どう考えても不自然だった。しかもイスランシオのメールにはまだ続きがある。


 当時、陸上電探部隊の設備がメンテナンスを実施中。サブシステムでの運用監視を行っていたが、外部からの電子的アタックを受けて挙動が不安定化。大至急代替経路を用意して電探を実施したが、その時にはすでに電子戦闘が開始されてしまっており、あえなくシステムへの侵入を許してしまった。その後、通信途絶。衛星による監視ログには、成層圏付近に一ダースほどの電子戦闘機らしきものの影が残っていた。


 そして、空軍の防衛部隊の層は、もともと非常に薄かった。


 イスランシオの文面は、最後にこう締めくくられていた。


『今回の大規模空襲は、実に用意周到に準備されていた。このすべての根回しの良さ、敵味方の挙動を勘案すると、政府あるいは軍上層部からのが発生していたと、俺は断定する』


 ――やはりな。


 シベリウスは腕を組み、唸った。イスランシオの文は続く。

 

『今回の一件で得をするのは、T計画を持っている第三課だ』

「T計画……」


 歌姫計画セイレネスシーケンスはS計画とも呼ばれている。対するとはいったい何なのか。それはシベリウスには初耳だった。


『アダムスの野郎の言動には、常にアンテナを張っておけ』


 わかってるよ、エイディ。


 シベリウスはメールを読み終えると、端末を閉じようとした。その時、また一件、メールが届いた。送信元はイスランシオである。


「まるでどこかで見ていたみたいなタイミングだな」


 不気味な奴め。


 シベリウスは苦笑しつつ、そのメールを開き、そして硬直した。


『ヴァラスキャルヴ』


 本文にはその単語だけが書かれていた。


「ヴァラスキャルヴ……」


 それは、世界を支配する超大規模軍産企業複合体コングロマリット。ヤーグベルテ、アーシュオン、その他国家群を問わず、あらゆるところにその傘下の企業を持つ、ジョルジュ・ベルリオーズ麾下きかの企業群体である。国家による制裁など意にも介さない、超巨大な経済勢力であり、それと同時に死の商人であるとも言えた。ヴァラスキャルヴは――その総体として見れば――戦闘があれば必ず潤うようにできている。大きな戦争状態に突入することで、より一層の利益を生み出すようになる。そしてそれにより、ベルリオーズはますますとしての存在感を強めていくことになる。


「……気に入らねぇな」


 シベリウスは吐き捨てると、端末を閉じた。



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