主任会議

 カティたちが、その緊迫したような、のんびりしたような遣り取りをしている最中さなか、クロフォードたちは揃って苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。クロフォードの執務室内のソファには、空軍のパウエル少佐と海軍のフェーン少佐が隣り合い、そして向かい側には陸軍のセルゲイ・フリードマン少佐がどっかりと座っていた。クロフォードは自分のデスクにもたれかかるようにして立っている。


 フェーンは普段の冷徹な空気をさらに凍てつかせたオーラを纏いつつ、ゆっくりと腕を組んだ。そして神経質そうな声で言う。


「エウロスが間に合ったからまだ良かったものの」

「間に合った?」


 その発言に噛み付いたのはフリードマンだ。「巨大な壁」――フリードマンの外見を表すなら、この表現が最もしっくりくるだろう。その巨大な体躯に厳つい顔、そして短く刈り揃えられた銀髪に、青紫に近い色のその瞳は、強大な威圧感を放っていた。並の将校なら睨まれただけで竦んでしまいそうな眼力の持ち主ではあったが、残念ながらフェーンには通用していないようだった。


「あれで間に合ったというのなら、陸軍は重装歩兵だけで事足りるな」

「そうだな、フリードマン少佐」


 クロフォードは眉間に皺を寄せつつ、それに同意する。


「確かに、あれだけの被害をみすみす出させてしまった事は遺憾に過ぎる。だが、元はと言えば、第六艦隊の初動に大きな誤りがあったと言わざるを得ない。エウロスを非難するのは、さすがにとばっちりだろう」

「……それはそうですが」


 フリードマンはクロフォードの方を一瞥して、鼻息を吐く。フリードマンは明確な階級社会に生きていたので、対話相手によってはっきりと言葉遣いを変える。それは軍人としては当然の事であり、ここにいる他の三名が異端なのだ。


「今の問題は」


 フェーンがゆっくりと立ち上がる。そして部屋備え付けのコーヒーメーカーで、コーヒーを一杯注ぐ。


「パウエル少佐の弟の話だろう」


 そのゆっくりとした、だが鋭い声音に、パウエルは言葉もなく斜め下を睨み、フリードマンは組んだ二の腕の上で人差し指をイライラと躍らせた。クロフォードはフェーンを見遣って頷き、先を続けさせた。


「パウエル少佐、アレはどういうことなんだ。高等部ということは、実機の訓練など未だしていないだろう」

「そうなんだが、フェーン少佐。俺も目を疑った。いや、未だにあいつがやったなどということが信じられない」

「だが、事実だ」


 フェーンはその明茶色の鷹の目で、パウエルを射抜いた。


「それに、パウエル少佐はかつて、機体制御プログラムのリアルタイム補正による超機動戦闘についての論文を発表していたことがあったな」

「……よく御存知で」


 パウエルは無意識に頭を掻いた。フェーンはコーヒーを一口飲み、そしてまたギラリとした目でパウエルを見た。


「だが、あの論文の時点では、あんなことが可能な人間はどこにもいなかった。あくまで理論的には可能だが、現実としては不可能だというまとめになっていた」

「そうだ。あの時点ではできる奴はどこにもいなかった」

「あの時点では?」


 クロフォードが首を傾げる。そして一人で納得し「ああ」と手を打った。


「イスランシオ大佐か」

「肯定です、中佐」


 パウエルが頷いた。


「しかしながら、イスランシオ大佐はアレはもう人間じゃない。あんなことができるのは人間としては規格外も良い所です。現に暗黒空域ほどの超エース級にですら、あんな芸当はできないのですから」

「だが」


 今度はフリードマンがその野太い声を発した。


「貴官の弟はそれをやってみせた。実機操縦が未経験であるにもかかわらずだ」

「そのようなんだが……」

「現実的には不可能、なのだろう?」


 フリードマンの青紫の瞳が、パウエルを睨むように見つめている。フリードマンは私情の類を軍務に持ち込むことは決してない。信頼性の高い男とも言えたが、その頑固さが災いして上層部に疎まれ、結果として士官学校の教練主任という肩書を与えられた。つまり、クロフォードらと同様に、体の良い左遷である。クロフォードら三名の策士型の将校とは全く異質の人材ではあったが、このフリードマンという存在が彼ら三名への抑止力になっているとも言えた。


 パウエルは観念したように首を振って立ち上がった。


「可能性というか、もう一人、それを実現できてしまうヤツがいるのだ」


 そしてコーヒーを入れる。


「ハルベルト・クライバーというのが空軍に派遣されてきていてな。可能性があるとすれば、奴が俺の弟に密かに仕込んだ……というくらいなのだが」

「可能性はなくはないな」


 フェーンが鋭く言った。彼のコーヒーカップは、もうすっかり空になっている。


「貴官とて、飛び続けていれば暗黒空域や異次元の手と並び称されていてもおかしくないパイロットだった。が敢えて目をつけるとするなら、その弟を狙ったとしても何ら不自然ではない」


 フェーンの言葉に、パウエルは「ん?」と視線を上げた。


「知ってるのか? クライバーを」

「あの男は、歌姫たちの護衛官の一人でもある。しかも特別待遇のな」

「初耳だ」


 クロフォードが自分のデスクチェアに移動して、専用端末を立ち上げる。そして何かを探し始める。


「……やはり、そんな情報は俺には来ていない」

「私にも直接は」


 フェーンは意味深な口調で言う。


「私ので手に入れた情報です、中佐」

「ああ、そういうことか」


 クロフォードも意味深に頷く。パウエルやフリードマンはクエスチョンマークを浮かべていたが、二人は敢えて黙殺した。フェーンはその冷たい表情を崩さずに、パウエルを見ながら言った。


「ともかく、あの男が何らかの手ほどきをしたとするなら、パウエル少佐の弟にもあんなことができるようになる可能性は、限りなくゼロには近いがゼロではなくなるだろう。現にやってみせたわけだしな」

「教えられたからと言ってできるようなものじゃないぞ」

「だが、彼はやり遂げた。よりによってFAF221を撃墜までしてみせた」

「ううむ……」


 フェーンの追及に対し、明らかに及び腰になっているパウエルである。その様子を見て、クロフォードは小さく溜息を吐いた。


「ともかく、困ったことになったぞ。俺の根回しも無駄になった」

「根回し?」


 三人の少佐が同時に訊き返した。


「あのガラクタ、熨斗のし付けて返してやる手筈は整っていたのに、あののおかげですべてパーだ」

「申し訳ありません、中佐」

「まぁ、パウエル少佐がどうこうというわけでもないし、優秀なパイロット候補生が生き残ったことは喜ぶべきことだ。だが彼は、イクシオンでも立派に戦えることを証明してしまった」


 クロフォードが見ている画面には、ニュースサイトが映し出されている。ある自称識者の意見には「老朽機でもまだまだ戦えることが証明された。前線復帰を。貴重な税金をスクラップにするつもりか」などというものすら見受けられる。それに対する軍の公式見解や、退役軍人たちの言葉などは、「国民の敵」扱いすらされ始めている。


「……ということは、この学校に配備されたイクシオンもまた、戦闘配備状態にしなければいけないというわけだ」

「イスランシオ大佐が、あの戦闘機動の困難さを説明しているようですが」


 フェーンが自前の携帯端末を見ながら言った。


「マスコミが大合唱を始めるのも、時間の問題でしょうな」

「……だろうな」


 クロフォードはその金髪に軽く手をやり、耳の後ろあたりをポリポリと掻いた。


「分かり易い言葉に、分かり易い現象に、民衆は流される。簡単な方へ。あわよくば何もしなくても良い方向へ。そして同時に、になれるような方向へ」


 クロフォードは立ち上がり、後ろの窓の方を向いた。すっかり日の落ちた空は、もう紺色一色である。月の輝きが白く凍てついた地面を照らしている。


「水のひくきにくが如し、とは、よく言ったものだな」

「それは性善説の説法の一部ではありませんでしたか、中佐」

「フェーン少佐、今のは原典原義オリジナルが何であれ、それを切り出す者の意図次第で、言葉や情報はどうにでも変わり得るんだという皮肉のつもりだよ」

「……なるほど」


 フェーンは関心なさそうに頷いた。そこでフリードマンが咳ばらいをする。


「とにかく、そのクライバーという男が何らかの干渉をした結果、あんなサーカスみたいなことが可能になった、というところまでは分かりました。我々陸軍の方にも中古の対空火器が大量に搬入されてきています。中佐は御存知でしょうが」

「うむ」


 クロフォードは窓の外を眺めつつ肯いた。


「だが、あれではただのまとだな。急造過ぎて、管制射撃すらできないとはの連中も笑わせてくれる」


 その言葉に、パウエルとフリードマンは顔を見合わせた。そしてパウエルが訊く。


「本件、参謀部第三課なんですか?」

「ああ、口が滑った。聞かなかったことにしてくれ」


 クロフォードはわざとらしく答えつつ、肩を竦めた。フェーンは知っていたようで、目を細めてパウエルとフリードマンを観察していた。


「ところで」


 フェーンは二杯目のコーヒーを注ぎながら、強引に話題を変えた。


「なぜユーメラの士官学校が襲われたのでしょうな」

「示し合わせでもしたかのように、か?」


 クロフォードが振り返り、口を歪めながら続ける。


「或いは、歌姫たちへの警告なのかもしれんぞ、フェーン少佐」

「可能性は否定できません」


 フェーンは頷き、立ったまま出来立てのコーヒーの香りを嗅ぐ。


「ベルリオーズの掌の上で踊らされているだけなのかもしれませんな」

歌姫計画セイレネスシーケンスの最初から、あいつの姿かげは見えていたからな」


 クロフォードはやれやれと肩を竦め、そしてデスクチェアに座った。


「もっとも、だからと言って、諾々と踊ってやるつもりはないが」

「頼もしいですな」


 フェーンはそう言い、コーヒーに口を付けた。


「私も新たな情報が得られれば、必要に応じて開示させて頂きます」

「それは頼もしい話だ」


 クロフォードはおどけたようにそう言う。


「さしあたり、我々にできることはなさそうだがな」

「セイレネスシミュレータを磨いて待っているくらいしか」


 フェーンはそう言って、またコーヒーを飲んだ。その様子を剣呑な目で見ながら、フリードマンが低音を発する。


「セイレネスといえば、あの二人、グリエールとアーメリングと言ったか」

「肯定だ、フリードマン少佐」


 フェーンとフリードマンの視線が衝突する。


「その二人、度々空軍の候補生と外出していると聞いたが、大丈夫なのか?」

「ふむ」


 ようやくソファに戻ったフェーンは、コーヒーカップをテーブルに置いた。


「歌姫は存在自体が機密であるとはいえ、閉じ込めておくわけにもいくまい。それに、二人にはうんざりするほどの数の護衛官がついている。クライバーもいることだし」

「……そうか。打てる手は打ってある。そういう理解で良いんだな?」

「そうだな」


 フェーンはその凍てついた声音で、無機的に肯定した。

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