#03-4:好きとか嫌いとか

ヴェーラからのアプローチ

 食堂から駐車場へと移動を開始し始めたちょうどその瞬間、カティの携帯端末がポケットの中で震えた。


「ん……」


 カティは立ち止まって端末の表示を確認し、ゆっくりと通話ボタンを押した。その直後、『カティ、お話があるの!』というヴェーラの大きな声がスピーカーから響き渡り、カティは思わず端末を耳から離した。


「もう少し声を抑えてくれないか」

『あ、ごめん! で、わたし、カティにお話があるの!』


 あんまり声のボリュームは下がっていない……。


 カティは「ふぅ」と息を吐く。


『ちょっとヴェーラ、いきなりそれじゃ意味が通じないでしょ!』

『あっ、ちょっと、返してよベッキー!』

『いいから、私に貸しなさいってば!』


 電話の向こうで言い合いを始める二人の美少女の声を聞きながら、カティはヨーンとエレナに事情を説明する。二人はなんだか微妙な表情を見せながらも頷いてくれる。


『あ、カティ? ベッキーですけど。あの、もしよければ食事でもどうでしょう』

「うちは今日はツレが二人いるけど、それでもいいか?」

『ツレ? あ、ならやめといたほうが、いいのかな……』

「こっちの二人は大丈夫だって言ってる。さっきの空襲の件だろ、大方」


 カティは爪先で床をつつきながら尋ねる。


『ええ、そうなんです。あれを見てからヴェーラが興奮してしまって……』

『ベッキー、電話返して~! それ、わたしの~!』

『あなたはそこで頭を冷やしてなさい!』

『鬼! 悪魔! どろぼーっ!』


 電話の向こうでヴェーラがキィキィ言っている。カティはその様子がありありと想像できてしまい、思わず口元を緩めたりした。


「で、えーと、ベッキー?」

『え、あ、はっ、はいっ!』


 返事が途中で裏返っていて、カティはついに吹き出した。そのカティにつられて、ヨーンとエレナもなんだか笑ってしまう。


「アタシはお前たちをどこに迎えに行けばいいんだ?」


 カティが尋ねるその傍らで、ヨーンがエレナに囁いた。


「これは、ちょっとばかり賑やかになりそうだね」

「私は気が紛れるから、ちょうどいいわ」


 エレナはその栗色の髪の毛を乱暴に掻き回しながら、少し笑いながらそう応えた。


 その十分後くらいに、ヴェーラたちは食堂前のロビーに現れて、そのままカティの車へと移動した。車への途上では、ヴェーラは頭から湯気を出しながら怒っていたが、到着する頃にはある程度機嫌は直ったようだった。運転席にカティ、助手席にヨーン、後ろにはエレナを挟んで運転席側にヴェーラが乗り、ヨーンの後ろにレベッカが乗った。


「さてと」


 カティは習慣的にカーステレオのコンソールに指を伸ばし、そしてはたと動きを止めた。この非常事態である。ラジオを点けておくべきなのか、悩んだのだ。その中途半端な姿勢で止まってしまったカティに気が付き、ヨーンはどこか困ったような、そんな微妙な笑みを浮かべた。


「メラルティン、あのさ、緊急事態が発生したりしたなら、ラジオや僕らの端末なんかよりも、先ずは後ろの二人が呼び出されるんじゃないかな?」


 言われて思わずルームミラーで後ろの二人――ヴェーラとレベッカ――を見て、「ああそうか」と納得する。そして動作を再開して、音楽プレイヤーの方を起動させる。ぶん、と音を立ててプレイリストがフロントガラスに投影されて、リストの中ほどから曲が再生され始めた。


「へぇ」


 ヨーンがプレイヤーを操作しながら声を上げた。カティは車を発進させながら「なにが?」と尋ねる。


「君が音楽好きなことは知っていたけど、どんな曲を聴いてるのかは知らなくてさ。こういうのが好きなのかい」

「古臭いだろ」

「そうかな」


 ヨーンはリストを興味深げに眺めながら答える。


「確かに、創られたのはずっと昔だけど、今でもちゃんと響いてる。だから古臭いとは言わないと思うよ」

「知ってるのか、このリストの曲」

「だいたいはね。僕もこの手の曲が好きでさ」

「へぇ!」


 後部座席のヴェーラから声が上がる。


「大きいお兄さん、こういうの聴くんだ」

「こら、ヴェーラ! 失礼でしょ、そういうの!」


 レベッカがエレナ越しに注意をするが、ヨーンは「ああ、いいんだよ」などとまったりとそれをなだめた。そして人のよさそうな笑みを浮かべて、ヴェーラの方を振り返る。


「でも、そうだなぁ。確かに僕のガタイでラヴソングはおかしいかな」


 ヴェーラは首を横に振る。


「もちろん、おかしくなんてないよ。でも、どっちかというと、もっと激しいのが好きそうだなって」

「ハードロックとかヘヴィメタルとか?」

「うん、そういう金属的メタリックなの」

「ああ。そうだね、そういうのも嫌いじゃないよ。テンション上げたい時とかは、そういうのばかり集めたプレイリストを使ってるよ」


 ヨーンの語り口はとても穏やかだ。カティの耳に緩やかに入ってくるその低音は、カティのささくれた心をふわりと癒していくかのようだ。疲労困憊した時の程よく熱い風呂のような、そんな心地よさがカティの全身を包んでいる。


「いかんいかん」


 カティは呟きつつ、凍った路面に注意を戻す。ともすれば滑ってしまうこの道に、何とか合わせながら運転していかねばならない。自動運転にすればその辺もある程度うまいことやってくれるらしいのだが、カティはいまひとつ自動運転とやらを信用していない。得体の知れないシステムに命を預けるのは、なんだか気に入らないというのもあった。


 二人の歌姫に対するヨーンの誠実なやり取り、カティの真剣な運転――そんなものを見ながら、エレナはふと溜息を吐いた。


「どうしたの?」


 それを聞き付けたヴェーラが首を傾げつつ、顔を覗き込んでくる。エレナは慌てて両手を振った。


「なんでもないわよ。ちょっとさっきのニュースを思い出しただけ」

「ああ……そうだよね。あんなの見たら溜息だって出るよね」

「そうね」

「うん――」


 ヴェーラは頷き、エレナ、ヨーン、カティの順に見まわした。


「わたし、ああいうの、見たくないんだ」


 その言葉に、車内全員の表情が鋭くなった。ヴェーラは自分の腿の上で組み合わせた両手を見ながら続ける。


「だけど、逃げられないんだ、わたしたちは」

「ヴェーラ……」

 

 レベッカが力なく名を呼んだ。ヴェーラはレベッカの方をついと見遣りながら、声に力を込めた。


「わたし、毎日ベッキーとたくさん話し合った。ああでもない、こうでもないって。そしたらあんなニュース流されて。それにあの戦闘機、イクシオンだっけ? がうちにも配備されてるって聞いて」

「あの……それって、ほんと、なんですか?」


 レベッカがおずおずと尋ねた。カティが信号待ちをしながら長い息を吐く。


「知ってるんだろ」

「ええと、あの」


 レベッカの反応が煮え切らない。それに対し、ヨーンは赤信号を見上げながら言った。


「あるよ。今はまだ導入中ってところだけど、すでに何機かは運び込まれてる。これだけなら、飛行訓練の機材と言い張ることもできるんだろう。だけど、旧式の空対空ミサイルや、士官学校には必要のないハズの機関砲の実包がごっそり運び込まれてる」

「そうなんですか……」


 レベッカは暗い声を発する。ヴェーラは赤信号が青に変わり、その後数秒経ってから両手を軽く打ち合わせた。


「でもさ、さっきの一件で、イクシオンじゃぁやっぱりどうにもならないじゃんってわかったはずじゃない? だからきっと」

「残念だが」


 カティはハンドルを切りつつヴェーラの言葉に介入する。


「そうはならんな」

「どうして……?」

「高等部の馬鹿が余計なことをしてくれたからな」


 カルロス・パウエルと言ったか。あいつが余計なことをしてくれなければ、あるいはヴェーラの言った通りだったかもしれない。になったかもしれない。だがしかし、かの少年はイクシオンで出撃、生還したのみならず、遥かに性能に勝る敵機を撃墜さえしてしまった。しかも、実機など操縦したことのないはずの高等部の少年がだ。未熟な腕でも敵の最新鋭機を墜とし得る――そう証明してしまったのだ。それは無論、誤った証明なのだが、ともあれ事実は事実。十数機の犠牲などは、その過大な戦果の前に無視されることだろう。今頃はどのニュースサイトでも、トップ記事としてその手のニュースが幾つも並んでいる事だろう。


 ――カティは内心で歯噛みしていた。


「カティ、でも」


 ヴェーラは何か言い返そうと言葉を探す。だが、見つけられずに俯いた。そんなヴェーラの長く美しい白金の髪を、エレナはそっと撫で始めた。


「エレナ……?」


 驚いた表情を向けたヴェーラに、エレナは優しく微笑みかける。


「だいじょうぶよ、私たちは強いから」

「そうじゃなくて――」


 ヴェーラはグッと言葉に詰まり、胸の前で右手を強く握りしめた。


「ヴェーラ」


 カティが鋭い声で呼びかける。


「アタシたちだってあんなポンコツには乗りたくない。でも、もし乗ることになったとしても、絶対に生きて帰る。あんな高等部の子どもにできたくらいだ。アタシたちにできない道理はない」

「……そうじゃないんだよ、カティ」


 ヴェーラはぽろりと涙をこぼして言った。


のために飛んでいるのか分からないんだよ、あんなの。のために命を懸けてるのか、分からないんだよ。だから、わたしは……」


 国民と国家のため――ではないだろう。……誰もが瞬間的にそう思った。ヴェーラはなおも言い募る。


「だって、ユーメラの一件だって、不自然なんだよ」

「ヴェーラ、それは」


 レベッカが慌てて止めようとする。が、ヴェーラは首を振ってその制止を振り払う。


「フェーン少佐も仰ってた。第六艦隊の判断がって。なのに、エウロスへの支援要請がって。あれじゃまるで、ユーメラのイクシオンを飛ばすことを前提にした作戦だって」

「まさか」


 ヨーンが真っ先に反応して、斜め後ろを振り返る。


「つまり君は、イクシオンの性能をするために、わざわざユーメラの士官学校をって、考えているのかい?」

「だって、不自然じゃない? フェーン少佐の仰ることもそうだし、士官学校を執拗に狙ったこともそうだし。結果としてエウロス飛行隊が敵を殆ど全滅させたりもしたけど、これだって参謀部第三課の戦略だったんじゃないかってわたしは思ってる」

「誰が得をするんだ?」


 カティが眉根を寄せつつ、目的地までの最後の曲がり角を曲がった。ヴェーラは腕を組む。そして答える。


「強いて挙げれば、空軍……かな」

「エウロス?」

「うん。イクシオンが役に立たないとわかったら、そんなガラクタに国防費は割けないってことが証明されるわけでしょ。そして海軍が役に立たないとわかれば、国防は空軍に頼るほかなくなる。今回、第六艦隊はみすみす本土を空爆させてしまった上に、早々に逃げてしまったわけでしょ。いわば国民を見捨てたわけだし、心象は最悪だよ」

「来年度の空軍予算の大幅増額……か? まさか、そんな」


 カティは苦笑すら浮かべて、ヴェーラの推測をやり過ごそうとする。だが、ヨーンとエレナが同時に、唸って黙り込んでしまったのを見て、カティもまた唸って発言を中止した。


 ヴェーラは首を振ってみせるレベッカに自分も首を振り返し、フッと息を吐く。


歌姫計画セイレネスシーケンスってのがあるのは知ってると思うけど、あれは海軍の施策なんだ。ものすごく莫大な予算を注ぎ込んで動いてる一大プロジェクトでもある。でも」

「軍の中にはそれを好ましく思ってない勢力がある?」


 エレナが首を傾げる。ヴェーラとレベッカは同時に肯いた。


「アーシュオンだって、当然そんな得体の知れないプロジェクトは警戒している。だから」

「国家をまたいだ何らかの策謀が動いたってこと?」

「うん、エレナ――」


 そこでカティは車を停めた。目的地である行きつけのファミレスに着いたのだ。カティはサイドブレーキを引き、エンジンを切った。


「ともかく何か食べよう。腹が減ってはなんとやらだ」

「賛成」


 ヨーンはシートベルトを外しながら短くそれに同意した。

 


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援した人

応援すると応援コメントも書けます

ビューワー設定

文字サイズ

背景色

フォント

一部のAndroid端末では
フォント設定が反映されません。

応援の気持ちを届けよう

カクヨムに登録すると作者に思いを届けられます。ぜひ応援してください。

アカウントをお持ちの方はログイン

フォロー機能を活用しよう

カクヨムに登録して、気になる小説の更新を逃さずチェック!

アカウントをお持ちの方はログイン

フォロー機能を活用しよう

カクヨムに登録して、お気に入り作者の活動を追いかけよう!