傍観者

 ユーメラ大規模空襲の報せが全国を駆け巡り、その日の士官学校の教練も、すべてが中止となった。学生たちの多くは食堂のテレビの周りに集まり、入りきれなかった者たちはロビーや廊下などで携帯端末でそのニュースを追っていた。


 カティ、ヨーン、エレナの三名は、食堂の後ろの方にいて、それぞれ無言でテレビの画面を見詰めていた。無言だったのは三名だけではない。食堂に密集した学生たちのほとんど全員が、全くの無言だった。その光景は、客観的に見れば甚だしく異様だった。


『空襲開始から十五分が経過しましたが、ユーメラには早くも甚大な被害が出ています! 防空隊もその大半が』


 震える声で状況を伝えているレポーターの後ろでF106が撃墜された。その破片はクラスター爆弾よろしく近傍に降り注ぎ、レポーターの後ろに見えたビルの窓ガラスを尽く粉砕した。上空ではなおもF106が三機のFAF221に追いかけ回されている。数でも性能でも劣る防空隊は、最初から圧倒的な劣勢に立たされていた。


「無茶過ぎるだろ……」


 誰かが呟いている。


 カティは肯きつつ考える。


 そもそもユーメラの近傍には第六艦隊が常駐していたはずだ。制空戦闘機の一部隊すら派遣されてこないというのは、ユーメラ防空隊にとっては大誤算だったはずだ。ユーメラの士官学校にもF102が配備されているのはおおよそ疑いようがない。だが、それらを戦力と数えられるほど、頭のどうかしている軍人がいるとは思えなかった。


「防空隊の半数以上が配置転換になったばかりだぞ、ユーメラって」


 事情通の学生がそんなことを言っている。


「マジかよ」

「ユーメラには大規模な基地はないから、防衛に於ける戦略的価値は低いよな」


 確かにそうかもしれない。


 カティは眉間に皺を寄せつつ考える。テレビの中ではレポーターが死んでいた。映像の角度から察するに、カメラマンもまたやられたのだろう。数秒前の映像で、FAF221が低空で侵入してくるのが見えていた。おそらくその時に機銃掃射を食らったのだろうと考えられた。


 胸から上が綺麗に吹き飛んだ死体が映し出されている事数秒、ようやく映像がニューススタジオのものに切り替わる。いつもならいるハズの女性キャスターの姿が消えていた。今の映像で気分でも悪くしたか。


『し、失礼致しました。現地からの映像が再び入り次第……』


 男性のニュースキャスターは、顔面蒼白だった。声もはっきりと震えていた。

 

『あ、繋がったようです。ユーメラ支局、現地の状況は』


 映像が切り替わる。映像はユーメラ支局の目の前からのものだった。そこに若い女性のレポーターが立っている。全身煤だらけで、服もところどころが破れていた。半泣きの表情で、震える手でマイクを握っている。何かを必死で喋っているが、通信はとぎれとぎれだったし、なにより声の震えが大きすぎてほとんど聞き取れなかった。


「逃げろよ……」


 学生の誰かが言った。カティたちは一様にそれに同意する。今はレポートなんてどうでも良い。どこかの影に身を潜めるべきだ。そうすれば、運が良ければ助かる。


『あたりは、火と瓦礫と、死体の山で! とても、う、動けません!』


 カメラが周囲をぐるりと映す。放送コードなんてまるで無視した凄惨な景色が、視聴者すべての脳に焼き付けられる。死体――の一部――らしきものがそこら中に散乱し、ビルは軒並み崩れるか燃えるかしていた。何もかもが原型をとどめないまでに破壊されつくしていた。


『きゃああっ』


 上空を飛ぶFAF221に耳を押さえてうずくまるレポーター。次の瞬間、爆音がテレビのスピーカーを揺らし、食堂に会した一同は皆、一斉に耳を塞いだ。テレビの中の映像は地面を映していた。画面の端から赤い液体が流れ込んでくるのが見える。


『ぞ、増援です!』


 レポーターの声と共に、カメラの映像が不意に空を映し出した。その遥か奥に、黒く小さな影が幾つか見えてきた。


「暗黒空域だ」


 カティが真っ先にそう呟いた。その単語は、あっという間に周囲の学生たちに波及していく。緊張していた空気が一気に弛緩する。暗黒空域という存在は、カレヴィ・シベリウス大佐という存在は、それほどのものなのだ。


『恐らく、エウロス飛行隊、暗黒空域シベリウス大佐の部隊かと思われます! 助かったぁ! これで助かりますよ!』


 レポーターが思わず素になって叫んでいる。


 だが現実は甘くない。


 男の声で「危ない!」と聞こえたかと思ったら、映像が血まみれのレポーターを横向きに映し出していた。カメラを落としたのだろう。


『エウロス……助け……て……』


 頭を半分吹き飛ばされたレポーターは、血の泡を吹きながら絶命した。


「なんてこった……」


 カティは左胸を押さえてしゃがみ込んだ。思い出してしまったのだ、あの故郷を失った襲撃事件を。あの虐殺の現場を。


「カティ、大丈夫?」


 エレナがしゃがみ込んでカティの背中をさする。


「だいじょうぶだ、ヨーン、ちょっと手を貸して」

「ああ」


 ヨーンはカティの求めに応じて肩を貸し、カティを何とか立ち上がらせた。


「くそったれめ」


 カティは呻いた。ヨーンとエレナもテレビの方に視線を戻す。そしてカティが呻いた理由を知る。


 映像は士官学校を映し出していた。すでに空襲に晒されたのか、校舎は穴だらけになっていた。カメラがぐるりと回ると、滑走路が視界いっぱいに広がった。その上をF102が猛スピードで通り過ぎていく。


「うそだろ……」


 陸軍の学生の誰かが呟いた。


「あれ、イクシオンだよな?」


 そう、F102イクシオンだ。のイクシオンさ――空軍の学生たちは誰もがそう思ったに違いない。

 

 海軍や陸軍の学生だって、イクシオンがどんな機体なのかは知っている。半世紀前の最新鋭機、半世紀前のオーバーテクノロジーの産物。それの意味するところは、敢えて言うまでもない。


「あんなの飛ばしたって! 敵は最新鋭機だぞ!?」


 海軍の候補生たちから声が上がる。


 そう、なのだ。少しでも知識があれば、そんなことは自明の理だった。


 だが、事ここに至ってもなお、戦争が対岸の火事でしかない一般人の多くにとっては、F102もF108も全てひっくるめて「軍の飛行機」に過ぎない。FがFighterの頭文字だと知る者も、実の所そう多くはない。一般の認識など、その程度なのだ。だからこそ、F102が廃棄されるという事をして、「税金の無駄遣いだ」などと断じるような馬鹿げた主張がまかり通る。


 そしての四機が離陸前に大破した。滑走路に向けたクラスター爆弾による攻撃に巻き込まれたのだ。何とか飛び上がった数機も、二分浮いていられれば良い方で、あっという間に機関砲で撃墜されていく。ミサイルを使うのさえ勿体ない――敵はそう考えているようだった。事実、機関砲だけで一方的に蹂躙されていく。あまりの惨状に、食堂の学生たちはついに完全に沈黙してしまう。


『勇気ある士官候補生たちが果敢に立ち向かっています!』


 カメラを持っていると思われる人物が、興奮気味に叫んだ。


『圧倒的不利な状況であるにも関わらず、彼らは臆せず迎撃に上がっていきます!』

「ふざけ――」

「ふざけないでよ!」


 カティの声に被せるように、エレナが叫んだ。勢いを殺されたカティは、エレナの横顔を思わず凝視した。エレナは頬を紅潮させて、目を吊り上げていた。


「果敢に立ち向かう? 臆せず迎撃に? そんなわけないじゃないの!」

「え、エレナ……?」


 カティは思わずエレナの左腕をそっと掴もうとする。が、エレナはその手を振りけた。


「誰が好き好んで嬲り殺しにされるっていうの!? 誰が飛べと言ったと思ってるの!?」


 その言葉は空軍の候補生たち全員の思いに等しかった。無論、カティやヨーンも、同じ気持ちだった。


「そもそも、イクシオンなんて」

「ねぇ、ジュバイル」


 ヨーンがエレナの肩を後ろからガシッと掴んだ。驚いたエレナは、言葉を止めて振り返る。ヨーンは穏やかな表情で、少し目を細め、頷いた。そして、エレナの代わりに口を開いた。


「彼らにと命令したのは、一体誰なんだろうね?」

「ヨーン、あなた……」


 それはある意味、軍に属する彼らが言ってはならない言葉だった。勇気ある若者を仕立て上げ、そして名誉の戦死という美談を生み出させたのは――。


「平和主義の民主国家というのは、軍隊にはかくも厳しいものなのさ」


 ヨーンは悪びれた様子もなく、そんなことを言い放つ。教官や憲兵に聞かれたら大事になりかねない言葉である。だが、ヨーンはそうとわかっていながらも、敢えて口に出したのだ。その言葉によって留飲を下げた士官候補生たちは、少なくない。


 そして待ちかねた増援が、ようやく士官学校の空域に姿を現した。薄暮の空に溶け込むような暗黒色の機体が先陣を切って敵に突っ込んでいく。暗黒空域――シベリウス大佐――による鉛弾切りレッドスラッシュが炸裂して、敵機が真っ二つに割かれて飛んでいく。エウロス飛行隊の面々が敵機を撃墜するたびに、食堂は歓声に包まれた。それまで溜まりに溜まった鬱憤を晴らそうとするかの如く。


 戦況はたった十三機の増援部隊によって、簡単にひっくり返った。暗黒空域、ジギタリス隊、ナルキッソス隊によって、敵機は一瞬ごとに数を減らしていく。


 だが、その間にもF102は確実に犠牲になっていく。まるで敵の主目的がF102ででもあるかのように、F102は確実に狙われていた。一旦狙われてしまうと、F102の性能では到底逃げ切れない。しかも敵はコックピットを狙い撃つ。すると、F102のパイロットは脱出することもできぬまま粉砕されてしまう。カティたちの目にはハッキリとその原型をとどめぬ身体が見えていた。そのたびにカティは一瞬気が遠くなったりもしたが、もうへたり込むような醜態は晒さなかった。膝は密かに震えていたが、絶対に気取られまいという努力の甲斐もあり、ヨーンやエレナにさえも気付かれずに済んでいるようだった。

 

『F102がさらに一機、離陸しようとしています!』

「ばかな!」


 カティ他、何名かの学生が同時に叫んだ。エウロスが空域を支配している以上、もう飛ぶ必要はない。死にに行く必要は皆無だった。


 だが、そのF102は何かが違っていた。機体が軋み上がりそうなほどに無茶な機動を繰り返し、FAF221に対して有利な位置を取っていく。機関砲が火を噴き、FAF221の尾翼に軽微ながらダメージを与えていた。


「FAF221に傷をつけた……!?」


 エレナが驚愕している。ヨーンは言葉もなく画面を凝視し、カティは腕を組んで状況を静観した。立て続けに放たれたミサイルは辛くもかわされたが、それさえ計算されていたかのようだった。ミサイルを回避した直後の隙をつくようにして、多弾頭ミサイルが放たれる。それは猟犬のように追いすがり、そして右の翼を食い千切った。


「マジか……」


 誰かが呟いている。その直後、FAF221は無数の機関砲を食らって、爆発四散して消えた。


『あの飛行機に乗っているのは、高等部二年のカルロス・パウエル君だそうです』

「高等部!?」


 エレナとカティが異口同音に言って顔を見合わせる。エレナは動揺を隠せずに続ける。


「シミュレータ訓練だってまだじゃない!」

「……だな」


 だとしたら、どこで操縦を覚えたっていうんだ?


 カティは首を傾げる。そこにヨーンが口を挟んだ。


「パウエル少佐には弟がいらっしゃると聞いているけど」

「ずいぶん年の離れた弟ってことになるわよ?」


 エレナは顎に手を持って行く。


「でも、だとしたら、辻褄は合うかも。パウエル少佐だって足を失っていなければ、今頃は暗黒空域並みの守護神になっていたかもしれない人だし」

「だね」


 ヨーンは短く同意する。


 そうこうしているうちに、ニュースはスタジオの映像になった。敵は全て駆逐され、もはやがなくなったという判断をしたのだろう。それを受けて、食堂の人混みも見る間に解消されていく。


「なぁ、うちの格納庫にも、確かイクシオン、あったよな……」


 カティたちの前を通り過ぎた海軍の候補生たちがそんなことを言った。それを聞き付けたカティたち空軍の候補生は、一斉に血走った眼を彼らに向けたのだが、彼らは全く気付いた様子もなく、食堂から出て行った。


「ちっ」


 カティは舌打ちをした。


「ヨーン、エレナ」

「うん?」

「何よ」


 カティの呼びかけに、一人は憂鬱そうに、一人は苛立った声音で応じた。カティは眉間を人差し指と親指でつまみつつ、絞り出すような声で言った。


「今、アタシは猛烈に腹が立っていて、放っておかれると何をするかわからない」

「それは困る」


 ヨーンは少し肩の力を抜いて応じる。


「食事でもしながら詳報を待とうか?」

「食事? この非常事態に何を言って――」

「だって、今僕らにできることは何もないよ。腹が立ったらとりあえずお腹を満たしておくのが良いと思うよ、僕は」


 ヨーンはそう言ってカティの肩をポンと叩いた。カティは予想外の提案に若干の動揺を見せつつも、最終的にはそれに同意した。


「わかった。そうしよう。エレナは?」

「ファミレス? ま、この際どこでもいいか。じゃぁ、さっそく行きましょうか」


 エレナは棘のある口調でそう言った。苛立っているのだ。カティはここのところ、エレナの方が自分より気性が荒いのではないかと思い始めている。沸点に関しては確実に低いな、とも思っていた。


 そんな具合に分析を始めたカティの表情を見て、エレナは目を三角にする。


「何よ、その顔! あんたの分も怒って良いんだったら、そうしてあげてるわよ!」

「ぜひ頼む」

「ばっかじゃない!?」


 気付けば食堂に残っている学生は、カティたちを含めて十数名という所まで減っていた。皆、寮に帰るなり何なりしたのだろう。ヨーンの言う通り、彼らに今できることは何もない。今は強力な情報管制が敷かれ、個人発信の情報ですらフィルタリングされてしまって第三者には届かない。ゆえに彼らが得られるのは参謀部第三課から出される「公式」のものばかりだ。


「第三課の情報は大本営発表ばかりだからなぁ」


 ヨーンはそんな問題発言をしながら、カティとエレナの背中を軽く押した。


「さっさと行こう。僕もなんだかお腹が空いてきたよ」

「緊張感ないわね、ヨーンは」

「まさか!」


 エレナの指摘に、ヨーンは甚だしく大袈裟に肩を竦めてみせたのだった。

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