小さな英雄

「こいつぁ、ひでぇ……」


 人口八十万を抱える都市、ユーメラの全域が燃え上がっていた。黒い煙が上がっているのはとっくに視認できていたが、いざ被害を目の当たりにするとやはり衝撃は大きい。


『隊長、攻撃目標はやはりユーメラ士官学校のようです』

「そのようだな」


 ジギタリス隊隊長からの言葉を受けて、シベリウスは遠方眼下の画像解析を開始する。確かに士官学校近傍の防衛施設が徹底的に潰されていた。学校自体にはまだそれほど大きな被害は出ていないが、それももってあと数十秒といったところだろう――間に合わなかったのだ。


「ジギタリス隊、ついてこい! ナルキッソス隊はそこらの敵機を殲滅しろ!」

『ジギタリス1、了解。大佐、進路は士官学校方面ですか』

「肯定だ。俺はまっすぐ士官学校に行くが、ジギタリス隊は進路上の敵機を撃破しながら追ってこい」

『了解』


 シベリウスは燃え盛る都市を下に見ながら、士官学校の空域へと向かう。暗くなり始めた地上と空に、燃え盛る炎が映える。都市部だけでなく、その郊外にある士官学校のあたりもまた、赤々と輝いていた。時折、光の粒が大胆に弾け、周囲の薄闇を白金プラチナ色に染め上げる。


『隊長、F102が上がってきています!』

「ちっ! もうちょっと待てばいいというのにっ!」


 ジギタリス1の報告に、シベリウスは歯噛みした。ナルキッソス1からも通信が入る。


『げっ、マジかよ! イクシオンとか!? アレ、ジョークじゃなかったんスか』

「そうだ、ああいうことだけは真実とやらを報道しやがるな」


 無感情に肯定するシベリウス。


『にしたって、イクシオンなんて、今となっちゃじゃねっすか!』

「だから俺たちが助けに行く。ナルキッソス隊は市街地の被害を何とか抑えろ」

『イエス・サー!』


 ナルキッソス隊が二機一組に分かれて散っていく。シベリウスたち七機は途中で数機と交戦はしたものの、尽くを一撃で打ち払っていた。


 空域の味方はもはやF107が二機だけで、それも煙を吹いている有様だった。


「F107のパイロット、ここは俺たちが引き受ける。避退しろ」

『暗黒空域! 初めて見たぜ!』

「さっさと安全圏に行ってくれ。お前たちはよくやった。あとでサイン入りのブロマイドを送ってやる」

『ありがたい、子どもに自慢できる』


 二機の手負いのF107は、一度シベリウスたちの前を横切ると、そのまま空域を離脱していった。あの分なら直近の基地までは帰りつけるだろうとシベリウスは胸を撫で下ろす。


「ジギタリス1は上空で戦闘管制をしてくれ」

『了解、自分以外のジギタリス隊は大佐の指揮下に入ります』

「オーケー」


 シベリウスは士官学校を一撃してきた六機のFAF221に狙いを定めた。FAF221の後ろで起きた爆発は、撃墜されたF102によるものだろう。画像解析によれば、地上には十一機分のF102の残骸が散乱しているようだった。となると、情報通りならば、残り三機はまだ無事だという事になる。だが、その全滅も時間の問題だろう。


 シベリウスはロックオンと同時に多弾頭ミサイルを放っていた。ジギタリス隊の五機もそれに続き、空域は無数のミサイルに埋め尽くされる。敵機も同様に多弾頭ミサイルで応射してきて、両軍の中央付近で炸裂し合った。爆炎と爆轟が気流を乱したが、シベリウスたちはそんな事にはお構いなしに、その熱量の高い空域に突っ込んでいく。散開、転進した敵機の無防備な背面に向け、シベリウスは全速力で突撃を敢行する。


 機体の三十ミリガトリング砲が四門、一斉に火を噴いた。その弾は面白いようにFAF221に吸い込まれていき、二秒と経たずに機体を爆発四散させた。間髪を置かずにジギタリス隊の放った対空ミサイルが、さらに三機を撃墜する。


『隊長、敵が十八機追加です。レーダー、同期します』

「ちっ、十八か。ジギタリス1、他の敵戦力は!?」

『ナルキッソス隊が攪乱していますが、逃げを打たれているためになかなかてこずっているようです』

「わかった」


 答えた時、レーダーにF102の反応が浮かび上がる。


「この期に及んで離陸したヤツがいる!?」


 傷だらけの滑走路には二機、そして今まさに浮かび上がった一機のF102が見えた。


「だめだ、飛ぶな、F102! 機体から離れろ!」


 シベリウスの叫びは届かない。そうこうしているうちに、敵の増援部隊がシベリウスたちの背後から襲い掛かって来る。数百にも及ぶ小型の弾頭が迫って来るが、エウロス飛行隊がそんなものに当たることは無い。危なげなく回避しきったシベリウスは、目の前に大爆発を見る。今飛び立ったばかりのF102がに撃墜されたのだ。


「くそったれが!」


 シベリウスは逆噴射を駆使して宙返りを行い、それと同時にミサイルを撃ち放った。不意にヘッドオン状態となった敵機二機は、回避行動を行う暇もなく粉砕されて火花と化した。


 ジギタリス隊の五機もそれを真似するかのように宙返りを行い、シベリウスの後ろにぴたりと付けてくる。見事なフォーメーションから放たれる対空ミサイルの群れは、その一瞬で八機もの敵機を撃墜せしめた。しかし、すり抜けることに成功した敵機は、滑走路上の一機を機銃掃射で撃破していった。残り一機のF102は……。


『隊長、F102、最後の一機が離陸体勢です』

「バカな! こんな状況で飛んで何になる! 地上管制! 士官学校、どうなってる!」

『こちら士官……制塔……により設……滅』


 管制塔の通信設備もやられてやがんのか!


 シベリウスは再び反転して敵機を追いかける。時間がない。F102など、飛び立ったその瞬間に撃墜されてしまうだろう。他の機体がそうであったように。F102は燃費と離陸直後の機体制動の難しさにさえ目を瞑れば、VTOLの真似事さえできる機体だ。シミュレータに四、五時間も乗れば、短距離滑走で飛ばすくらいなら誰にでもできる。だが、だからこそ今回は命取りになった。いっそ離陸なんてできない方が良かったのだ。


「イクシオンのパイロット! 学生だな!?」


 シベリウスは眼下に迫ったF102に呼びかける。


「すぐに降りて機体から離れろ! お前に何かできるような状況じゃない!」

『僕は、黙ってやられるのは、嫌だ!』


 少年――!?


 幼ささえ感じるその声に、シベリウスは背筋が凍る。


『隊長、敵機、三、直上! F102をターゲティング!』

「ちっ、上だ! イクシオン、離陸を急げ!」


 飛ばすしかない。脱出は間に合わない。


 シベリウスは上を仰ぎ見て、そして同時に針路を変える。ガトリング砲が火を噴き、瞬く間に一機が火だるまとなり、爆散した。敵機も一斉に弾雨を降らせてくる。シベリウスはたまらずその場を退避するが、その下にはF102のいる滑走路があった。


「しまった!」


 だが、身を挺して庇うわけにもいかない。シベリウスは自分自身が代え難い人材であることを理解していた。


『僕だってやれる!』


 イクシオンは弾雨を寸でのところで避けて、飛び上がっていた。飛び上がるなり、鮮やかに反転して今攻撃してきた敵機の背後を取った。その瞬間、機関砲が数十発の弾丸を放ち、完全に油断していたと思われるFAF221の尾翼を削り取った。そこにF102が対空ミサイルを立て続けに二発撃ち込む。


「やるつもりか!?」


 ミサイルの誘導性能を考えると、普通ならどうやったってFAF221には当たらない。だが、今狙われているFAF221は手負いだ。それにF102の動きには、キレがありすぎた。通常の機体制御ソフトウェアでは実現不可能な機動だ。


 シベリウスはすり抜けざまに一機をガトリング砲で叩き切りながら、F102の援護に入る。


「F102のパイロット、俺たちだけで空域は制圧できる。避退しろ!」

『この一機は、僕が撃墜する』


 F102から放たれたさらなるミサイルが、FAF221に襲い掛かった。手負いの敵機はその多弾頭ミサイルを回避しきることは叶わず、右の翼をもぎ取られた。だが、まだ飛んでいる。しかしそこにぴたりと付けたF102は、冷酷に機関砲を撃ち込んだ。たとえ老朽機であっても、その機関砲は現役機とさほど変わりない。直撃を受ければどんな機体だってとされる。


「マジか……」

『F102で、FAF221を撃墜……!?』


 ジギタリス1の驚愕の声が聞こえてくる。シベリウスも言葉を失っている。言葉を失いながらも、タングステン合金のHVAP高速徹甲弾を乱射しては、敵機を確実に葬っていく。それでとりあえずレーダーに反応している敵機は最後のようだった。


「ジギタリス1、敵はどうだ!」

『二機逃がしました。……マークしましたが』


 上空から即座に報告が入る。シベリウスはレーダーに新たに出現した光点を見て、一秒弱考える。


「構わん、放っておこう」

『了解です。エウロスによる撃墜は四十四、他は防衛隊およびF102による撃墜です。捕虜の有無は確認できません』

「わかった」


 シベリウスは燃え盛る眼下の都市を一通り見渡した。空襲警報を出す余地もなかったことから、被害は相当数に上るだろう。数万から或いは数十万に膨れ上がる可能性もあった。倒壊した建物も多数ある事から、被害はさらに拡大するだろう。


「ちっ……」


 シベリウスの真横には、そのF102がぴたりと並んでいる。およそ旧式も旧式であるF102とは思えない、見事な操縦技術だった。だが、この薄暮の中でも、機体の随所から煙が上がっているのも見て取れた。機体の想定をはるかに超える負荷がかかったということだろう。


「F102のパイロット、よくやった」

『……ありがとうございます』


 だがこれで、お前は政治の表舞台に上がってしまったな。


 シベリウスは心の中で囁く。


 哀れだな、小さな英雄――。


 心から、そう思った。

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