襲来

 間に合え、間に合え――!


 暗黒色の完全防御スーツを身に着けた男は、奥歯を噛み締めながら絞り出すように呟いている。半透明のバイザー越しにも明らかなその黒褐色の眼光は、異常と言っても良い程の鋭さを持っていた。


 その目は遥か彼方、茜色に染まりつつある空域を睨み据えている。敵の姿はまだ見えない。だが、そこに向かっているのは間違いはない。遥か眼下に、雲の隙間から見える街並は至って平穏、単なる夕暮れ時の日常を迎えているように思えた。それがますます暗黒色の男を苛立たせる。


「司令部、状況を教えろ!」

『落ち着いてください、シベリウス大佐』

「落ち着いてられるか、このアダムス野郎!」


 暗黒色の男――カレヴィ・シベリウス大佐――は、奥歯を噛み締める。


『シベリウス大佐、単機で向かったところで戦況は変わりません』

「行かねぇよりはマシだろうが! ところで総指揮はてめぇの第三課なのか」

『そうなりましたね』


 短く応じる参謀部第三課統括、アダムス中佐。シベリウスは露骨に舌打ちを響かせる。


「で、状況は!」

『判明しているだけで六十機近いFAF221が士官学校方面へ接近中。海上制空権はすでに抑えられて、邀撃に向かった第六艦隊は緊急避退。現地邀撃部隊は』

「馬鹿野郎! 第六艦隊が制空権を守れないのは話が違う! 六艦が海域支配を常時行うという条件付きで、現地の邀撃部隊を配転したんだぞ!?」

『抜かれたものは仕方ありますまい』


 しれっと言い返すアダムスに、シベリウスは再び露骨な舌打ちを送り付ける。


 そもそも敵はなぜこんな辺境を? 軍に所属する大きな設備は、士官学校くらいしかない田舎町だ。となれば狙いは士官学校ということになるだろう。それ以外に考えられない。田舎町自体を空爆するなんてのは、リスクもコストも馬鹿馬鹿しいだけだからだ。だが、士官学校を狙い撃つ理由はいったい何だ……!?


『ああ、そう言っている間に二個飛行中隊が空域に到達し、交戦を開始しました』

「圧倒的に不利じゃねぇか。増援は俺たちエウロスだけか!?」

『……十分でしょう?』

「間に合わねぇっつってんだよ!」

『がんばってください。そのためのF108Pでしょう? それに士官学校には――』


 そこでシベリウスは思い至る。


「てめぇ、まさか!」


 目標地点である士官学校には、先日F102が配備された。学生たちのシミュレーション訓練や実機訓練も進みつつあるという状況だったはずだ。


「F102を飛ばすために、第六艦隊に手を抜かせたんじゃねぇだろうな!」

『なんのことやら。第六艦隊は圧倒的多数の敵制空戦闘機を前にして、戦略的撤退を選択したに過ぎません』

「てめぇの横車じゃねぇのか」

『推測でものを言うのはやめませんか、シベリウス大佐』


 図星かよ!


 怒りが一周回って、無性に可笑しくなってきた。


「上等だ、このアダムス野郎。F102は飛ばすんじゃねぇぞ。あんなオンボロ、空域にいるだけ邪魔だ」

『それは無茶な注文です。機体が配備されているにもかかわらず、ただ地上から眺めていました、では、世論が納得しませんからね』

「世論ときたか! だがな、敵のキルマーク稼ぎに付き合ってやる道理はねぇだろうが」

『あれでもミサイルくらいは撃てますからな。とにかく、F102には空に上がってもらいますよ』

「てめぇ!」

『もっとも、あなた方が先に現地に到着すれば別ですが。さすがにあのが現地を蹂躙しているのだとすれば、あのを飛ばす道理もありますまい』

「このクソ参謀野郎が!」


 俺をも利用するというわけだ。


 シベリウスは正面を睨み据え、夕刻の空を突き破っていく。奥歯が嫌な音を立てているが、シベリウスには気にした素振りもない。


『では、エウロス飛行隊の皆さまには期待していますよ、シベリウス大佐』

 

 どっちの期待だ、アダムス!


 シベリウスは心の中で吐き捨てる。


 カレヴィ・シベリウスはヤーグベルテの守護神四風飛行隊の一つ、エウロス飛行隊の隊長である。敵味方には「暗黒空域」と渾名あだなされている超エースパイロットである。シベリウスの暗黒色の機体は、味方には絶対の信頼を、敵には絶対の恐怖を与える。シベリウスの存在は、たった一機でも戦略的優勢をもたらすことさえある。ヤーグベルテに於ける絶対的守護神、その双璧の一つが、この暗黒空域・カレヴィ・シベリウスなのである。


 だがしかし、そのシベリウスと彼の駆る最新鋭機、F108P-BLX、通称ブラックパエトーンをもってしても、F102離陸前の現着は絶望的だった。


 慌ただしく入って来る報告によれば、敵は潜水空母にて沿岸部に接近し、哨戒にあたっていた第六艦隊を急襲した。完全に虚を突かれた形となった第六艦隊は、三十分と持たずに制空権を奪われた。そして、それと同時並行して、沿岸部にFAF221を始めとした攻撃部隊での爆撃を開始されてしまった。B138などの戦略爆撃機こそいなかったが、FAF221による空襲は熾烈を極め、現地の海軍基地は対空攻撃を行う暇もなく防衛機能をすべて奪い去られた。通信障害により近隣の基地との連携も遅れ、そのため邀撃部隊が出撃したのは、空襲が始まってから一時間が経過してからという体たらくだった。それと同時に配備されたばかりのF108Pの慣熟訓練中だったエウロス飛行隊にも、緊急出撃命令が下ったというわけである。


「クロフォードの野郎がいてくれればこんな無様な強襲は許さなかったんだろうが!」


 第七艦隊にこの人ありという「潜水艦キラー」リチャード・クロフォード中佐は、統合首都の士官学校のをさせられていると聞く。クロフォードさえ前線にいて発言権を持っていれば、今回のこの襲撃くらいは予測できていたのではないかと、シベリウスは思っている。そもそも、潜水空母の大艦隊を見逃すなど、油断以外のなにものでもない。


「ジギタリス、ナルキッソス、ついてきてるな?」

『ジギタリス隊、全機問題なし』

『ナルキッソス、問題ないっす』


 二人の編隊長が応じてくる。今のエウロスの戦力は、ジギタリス隊、ナルキッソス隊の各六機のF108Pと、シベリウスのF108P-BLX、計十三機だ。全員が初体験の機体ではあったが、それでも超エースの集団である。このまま戦闘にもつれ込むことへの不安は、誰にもなかった。


『隊長、マスコミは戦術核が使われたと言ってますが』


 ジギタリス隊の隊長マクラレン中佐が報告してくる。が、シベリウスは鼻で笑う。


MOAB大規模爆風爆弾兵器の一種を誤認したんだろ。核との区別はつかんだろう、あいつらには』


 仮に核兵器が投入されるのだとすれば、アーシュオンならフェニックスを投入してくるだろう。一都市を灰燼に帰するのに、あれほどコストパフォーマンスの良い兵器はないからだ。それに現地が放棄されていないというのは、つまり、核の使用は確認できなかったという事に他ならない。マスコミへの退避命令も出ていない。


「おい、第三課! まだヒヨッコどもは飛んでないだろうな!」

『すでに離陸準備には入っていますよ、大佐』

「飛ばすな! 意味がない!」


 怒鳴るシベリウスに対し、アダムスは冷たすぎるほど冷静な声で返してくる。


『敵機の増派が確認されているのです。アーシュオン本土よりB138が二十機、こちらに向かってきています』

「なんだと!?」

『現地に入り空襲部隊を叩いて頂くか、機首を返してB138を邀撃して頂くか、正直迷っています』

「B138が爆撃コースに入る前に、敵の強襲部隊をぶっつぶす」

『B138が狙いを変えた場合は?』

『私がやろう。ボレアス飛行隊は手持無沙汰だ』

『イスランシオ大佐……!? 通信システムへの割り込みは』

『アダムス中佐。今はF102に出撃命令を下すほどの緊急事態、なのだろう?』


 割り込んできたのはヤーグベルテの守護神の双璧のもう一方、ボレアス飛行隊の隊長「異次元の手」エイドゥル・イスランシオ大佐であった。シベリウスの無二の親友でもある。


『しかしイスランシオ大佐。それとこれでは話は別です。軍法会議モノですが!』

『黙れ、アダムス中佐! ボレアス飛行隊、B138の予測進路に向けて邀撃に出るぞ。いいな』

『しかし……!』

『緊急事態、違うのか?』


 イスランシオは冷静な声で尋ねる。アダムスもそう言われては黙るしかない。手段はどうあれ、超エースが出撃を申し出たという事実は変わらない。それを突っぱねて本土に戦略爆撃による被害が出てしまえば、アダムスの立場はない。


『りょ、了解した。ボレアス飛行隊はB138の邀撃に向かわれたし。詳細は別途送る』

『……急げよ、緊急事態なのだから』


 その通信を聞きながら、シベリウスは留飲を下げる。だがしかし、その数秒後に見えてきた光景に、シベリウスは息を飲んだ。





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