選択的犠牲

 シミュレーションが終了すると同時に、甲高い擦過音を立てながら筐体の蓋が開いた。カティ達三名は、フェニックスミサイルの作り出した核の熱量によって消し飛んだのだ。敵機はどうなったかは不明だが、おそらくその直前に離脱しただろう。FAF221の対核装備があれば、フェニックスミサイルの小弾頭たちの影響範囲から逃げ切ることは不可能ではないはずだからだ。


「いいとこナシだったわ……」


 エレナは筐体から出てくると疲れたように呟いた。そこにブルクハルトがマイクで声を掛けてくる。


『お疲れ、三人とも。よくもった方だと思うよ。敵飛行士の能力設定はほぼ最低値だったとはいえ、あの機体でFAF221とそこそこやり合えていたのは立派だ』


 能力は最低レベルか――。


 カティはやれやれと首を振る。そんなカティの前に、ハルベルトが音もなく進み出てきた。そしてモニタールームの方を振り返る。


「あたしの意見を言わせてもらって良いかしら、中尉」

『構わない。僕より君の方が正確な判断ができるだろうしね』

「了解。じゃぁ、言わせてもらうけど」


 ハルベルトはカティたち三人を順に見まわした。


「ヨーンかエレナ、どちらかが盾になるべきだったわね。刺し違えになってでも、フェニックスは止めなければならなかった。だから、ヨーンの判断は正しかった」


 その冷徹で無感情な指摘に、カティ達三人は身を固くした。ハルベルトは続ける。


「それに、カティ・メラルティンを失ってしまったら、どうやったって戦況の巻き返しは不可能になっていた。だから、カティよりも二人のうちのどちらかが、どんな手段を使ってでも、一刻も早くフェニックスにぶつかりに行くべきだった」

「しかし!」


 カティは思わずハルベルトの方へ一歩踏み出した。が、その腕をつかんで止めたのは、ヨーンだった。いつの間にか隣に来ていたらしい。ハルベルトはその碧眼を細めて、ふっと息を吐いた。


「もっとも、ヨーンかエレナが体当たりを敢行したとしても、その後戦況が好転するなんていう都合の良いシナリオはなかったように思うけれど。でも、今のやり方だったら、見ての通り三人とも死んでゲームオーバー。でしょ?」

「仲間に死ねとは、言えない!」


 カティは強い口調で言い切った。が、ハルベルトはふふ、と笑う。


「あたしの意見は戦術的にも戦略的にも正しいわ。それとも、あなたには何か代案があるの?」


 そう訊かれては、カティも黙るほかにない。


「もっとも、気の毒な立場なことは認めるところよ。でも、でこういう仕事をしようというのだから、それも甘受すべき事柄であることは間違いはないわ。仕方ないのよ」

「仕方ないからって、刺し違えろって? 馬鹿馬鹿しい!」


 カティはヨーンの手を力任せに振り払って、ハルベルトに詰め寄った。ハルベルトは微塵も動揺を見せることなく、大袈裟に肩を竦めて、高い天井を仰いだ。


「あなたが何と言おうと、これはもう仕方ないのよ。F102をここに配備するのは、即ち税金の有効活用、元を辿れば国会議員たちの票集めのための施策。羽つきカンオケと呼ばれるイクシオンだって、ミサイルもあれば機関砲もついている。飛べさえすれば、あとはさえあれば何とかできるはずだ。……そういうことでしょ?」


 ハルベルトが語っているのは、カティたちにしてみれば単なる事実の確認に過ぎない。少し考えればわかる事ばかりだ。わかる事と納得する事とは、まったくもって別次元の話ではあるが。


「それにね、あなたたちが飛びさえすれば、あとはどうでもいいのよ、国民も、議員たちも。仮に敵を撃墜できれば、F102の配備は正解だったということになる。仮に邀撃に失敗するようなことになっても、やっぱりF102では太刀打ちできないということを国民達に納得させることができる。その上、どちらであったにしたって、防衛予算の大幅アップに向けての分かり易いプレゼンテーションに仕立て上げることができるでしょう?」


 ブルクハルトは途中でハルベルトを制止しようと試みはしたが、すぐに諦めた。そもそもブルクハルト自身、F102配備の効果には疑問しかなかったし、政治の話にも興味はなかったからだ。だが、政府の施策である以上、F102を配備しなくてはならなかったし、いざという時に学生たちが搭乗できるようにしておく必要があった……という、ただ、それだけだ。士気の問題は確かにあったかもしれないが、学生たちに「F102に乗れ」と言っている時点で、それ以上下がりようがないこともまた明白だった。


「まいったね」


 ヨーンがカティの背後で呟いた。カティは驚いて振り返る。


「クライバーの言う事はまずもって正しいだろうね。それにF102をどうこうする以前に、学生たちをし崩し的に戦線に置こうという動きもまた、政府による増税施策の一つなんだろうね」

「どういうことだ、ヨーン」


 カティは腕組みをしてヨーンを睨む。ヨーンは頭を掻いて、カティの向こうにいるハルベルトの姿を眺める。


「その方が国民感情に影響を与えるだろう? 僕らが死ねば、学生たちは貧弱な装備で戦って死んだとしてより良い装備の調達のために世論を煽ることができる。僕らがあの旧式イクシオンに乗ったなら、学生たちですら国家のために戦っていることを証明できる」

「そうよ、ヨーン」


 ハルベルトは手を叩く。しかし、それを聞いてもなお、カティは納得することができない。


「政治の御託ゴタクなんてどうでも良い。お前はいったい、アタシに何を言いたいんだ、ハルベルト・クライバー」

「たぶんだけど」


 ハルベルトが口を開く前に、エレナがカティの肩を叩いた。ハルベルトは肩を竦めて「どうぞ」のジェスチャーを見せる。


「政治利用もイヤ、広告塔にされるのもイヤ、仲間を殺すのもイヤ。もし全部にイヤを通すつもりなら、どうしたらいいと思う? そう訊きたいんじゃないの、あなたは」

「さすがはね。そういうことよ」


 ハルベルトはしれっと言い、そしてカティたちに背を向けた。モニタールームの方へと歩きながら、ハルベルトは肩越しに言う。


「何もかもがイヤならね、もっと、もっと強くなりなさい。今のままなら間違いなく、勝利のための生贄が必要になる。あなたの実力不足のせいでね、カティ・メラルティン」

「……わかってるさ」

「ふふ、そうね」


 ハルベルトはモニタールームのドアに手を掛ける。


「あなたは強い。そして、強くなる。それは保証してあげる。でもね、死神の鎌から仲間を守ろうと思ったら、あたしの予測を超えて強くならなくちゃならないわ。でもね、たぶん、そのためには――」


 やっぱり多くの供物が必要なのよ。


 ハルベルトはそう言い、ドアの向こうに姿を消した。


「アタシは……」


 カティは拳を握りしめていた。


「絶対に味方に死ねとは言わない」

「大丈夫だよ、メラルティン」


 隣のヨーンがカティのその右の拳に、軽く手を添えた。


「戦っているのは君だけじゃないんだから」

「……ヨーン?」

「僕らだって死にたいなんて思わない。だから、君にそんな命令はさせない」


 ヨーンの力強い言葉に、カティは胸の奥に何か痛みのようなものを覚えた。そんなカティの様子に気付いたのか否か――。ともかくヨーンは、カティの向こうに立っているエレナに視線を送った。

 

「ね、ジュバイル。君だってそうだろう?」

「そうね」


 エレナは何か笑いを堪えているような声で即答した。


「でも、カティは不器用で鈍感だから、もっとちゃんと言ってあげた方が良いわね」「なんだよそれ」


 何を言われているのかわからず、カティが眉根を寄せる。エレナは「ま、いいわ」と勝手に自己完結して、カティたちから視線を外す。


「ブルクハルト教官、こちらは解決しました。訓練を続けて頂けますか」

『そのようだね』


 ブルクハルトは学生の人数分の筐体の蓋を展開した。


『ではまず、離着陸のシミュレーションから順を追ってやっていこう。各自、チュートリアルをよく見て試験項目まで進むように』


 未だ脳みその温度が下がっていないカティも、ヨーンとエレナに左右から促されて、再び筐体の中の人となったのであった。


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