国家のオーダー

 年末年始休暇が終わり、士官学校には日常の風景が戻ってきていた。冬期休暇、いわゆるなんていうものは、一般の大学とは違って士官学校にはない。日常の風景に溶け込んでいないのは、未だが消えないカティとエレナの顔くらいのものだ。エレナがカティを一方的に敵視――よく言えばライバル視――していたことは公然の事実であり、ゆえに、二人が休暇中に酷い喧嘩をしたのではないかという噂がどこからともなく発生した。当事者のカティもエレナも、それに対して何らのコメントをしなかったので、噂は尾ヒレを長大に伸ばして縦横無尽に駆け巡った。当人たちは千変万化するその噂の姿を見ることを、むしろ楽しみにしていた感すらあった。


「……で、カティ、これはなに?」


 シミュレータルームに先陣を切って入ったエレナが、すぐ後ろをついてきていたカティを振り返って尋ねた。その後ろにぞろぞろ続く学生たちも、部屋の中央に鎮座している二つの巨大な黒い箱に言葉を失っている。この中ではカティだけが、この物体の正体を知っている。部屋の中の配線などは綺麗に整備されており、剥き出しだったケーブルの類もすべて何処かへと格納されていた。


『さぁ、時間だ、諸君。適当に座りたまえ』


 モニタールームのガラス越しに、ブルクハルトが呼びかけてくる。学生たちはシミュレータの筐体の傍に三々五々腰を下ろした。


『部屋の中央のその巨大な黒い筐体は、とある計画のための演算装置だ。機密事項に属するものなので、とりあえずは無視しておいてくれ』

「――ということだから」


 カティは隣に並んで座ったエレナに囁いた。


「アタシからは教えられない」

「ふぅん」


 さすがにと聞いてしまっては、それ以上の追及はできない。エレナはやむなくその好奇心を押し黙らせた。


『まぁ、その副産物と言ってはなんだが、シミュレータ上で君たちの模擬人格レプリカを構築できるようになった。君たちがこのシミュレータを使えば使うほど、その模擬人格と君たち自身の判断は近付いていく、ということになるな』


 どことなく楽しそうなブルクハルトのその話しぶりに、エレナは冗談半分でカティに言った。


「そのうち無人機なんかも出来ちゃったりして」

「無人機ならアーシュオンに既にあるだろ」

「あんなじゃなくて、もっと精巧な奴よ」


 もっとも、戦闘機や戦車の完全無人制御という提案は百年近く前から存在している。だが、「ジークフリート」という超然たるシステムが現れてもなお、それを実現するための技術的ブレイクスルーには至っていない。


『さて、本日のシミュレーション訓練だが、まずはF102の離着陸を実施してもらう』


 F102!?


 その場の誰もが耳を疑った。F102イクシオンは、空軍の士官候補生なら確実に知っている機体であった。だが、あまりにも旧式だ。そしてもうすでに、配備されていた全機が引退している。もはや予備機としてすら軍の配備リストには記されていない。


『君たちの反応は予測済みだ。確かに現役引退の老朽機だ。劣化も甚だしいが、しかし、飛べないわけではない』


 ブルクハルトの淡々とした物言いは、学生たちを大なり小なり苛立たせた。そこでエレナが手を挙げる。


「教官、F102とアーシュオンの現行機では、性能が違いすぎます。それに操縦系はF103以降の機体とは全く異なっているはずです。今さらそれの操縦訓練をする必要性があるようには、とても思えません」

『必要が無ければいいんだがね』


 ガラス越しに見えているブルクハルトの表情には、はっきりと影が落ちている。エレナは再び挙手して詰問した。


「教官、まさか私たちがF102で実際に飛ぶ機会があるとか、そんなことは」

『可能性だよ。可能性は、ある』


 あるのか。


 カティはエレナと顔を見合わせた。ブルクハルトは腕を組み、背もたれに身体を預けている。


『その可能性はあるし、有事の際には邀撃に当たってもらう可能性だってなくはない。もっとも、上級生から選抜されていくことにはなると思うが』

「邀撃だって……!?」


 室内がざわつく。


『これはによるオーダーだ。軍はそれにノーとは言えない。それこそが平和主義の民主国家のありようだからだ』

「しかし……!」


 何人かが口々に反論しようとする。が、ブルクハルトは立ち上がって机に手をついた。


『だが、だからこそ。万が一にもF102で飛ぶような事態になった時、ほんのわずかでも生存確率を高めるためにも、この訓練は必要だと、僕は判断した。繰り返すが、僕らは国家のオーダーに対して拒否権を持たないし、国家が君たちをF102に乗せて戦地に送り出せとオーダーしてきたなら、僕らは学生からパイロットを選抜してを渡すだろう』


 普段の温和なブルクハルトらしからぬ、鬼気迫る声音と表情だった。学生たちの多くはそれに圧倒されて、口を噤む。

 

 カティは無意識に腕を組んだ。実際のところ、F102イクシオンと、アーシュオンの主力制空戦闘機FAF221カルデアとでは、大人と幼児ほどの性能差があった。巡航速度、搭載火器、支援コンピュータ、ステルス性能、機動性……考えられ得るおおよそ全ての項目で五十年分以上の技術の差が存在している。F102もある程度の近代化改修は行われてきているとはいえ、それでも限界があった。幼児が小学生にステップアップしたくらいのものである。正直、FAF221が襲来するような状況では、になることは明確だった。そもそもFAF221どころか、多目的戦闘機であるF/A201フェブリス、いや、その前世代の多目的戦闘機F/A200Xアーメルが襲ってきた場合にしても、とても邀撃どころではない。逃げ回る事すらできないだろう。


「空に上がることすら困難だな……」


 カティの呟きに、エレナは厳しい表情で頷いた。その時、モニタールームからハルベルト・クライバーが姿を現した。今までドアの死角にでもいたのだろう。


『まずは、クライバーが見本を見せる』

「……機体強度設定はそのままでお願いするわ、中尉」

『すべて忠実に再現されている』

「了解」


 ハルベルトは学生たちの方は見もせずに、一番手近な筐体に乗り込んだ。すると、部屋の照明が一段暗くなり、部屋の前部中央あたりにコックピットからの視点が空中投影された。この設備も、ヴェーラたち専用の筐体が持ち込まれた時に設置されたものだろう。学生たちはその最新設備の登場に、一様に驚いた。ハルベルトが見ている状況が、忠実に空中投影されていた。


「これは……」


 カティが唾を飲み込む。


 その滑走路には見覚えがあった。士官学校の裏手にある、訓練用の滑走路そのままだ。視界の右側には士官学校の校舎が見える。影の短さから判断するに、時刻設定は真昼頃だろう。ハルベルトが見ているレーダーには多数の敵機が映し出されていた。すでに空襲が開始されていて、視界の彼方では時々爆炎が上がっているのが見えた。ちらりと上空を窺った視界の中に、F107と思しき影が五つ見えた。


 その状況を見せつつ、ブルクハルトがマイク越しに解説する。


『戦力比はF102を除いて、我が軍の二倍の数だ。地上対空火器はないものとして扱うから、どう考えても不利な状況にある』


 その説明の間に、ハルベルトのF102は短距離滑走で空に上がった。淀みない操作でふわりと舞い上がったように見えたが、F102の短距離離陸には相当な技術を要する。この場にいる学生たちはその事を知っていたから、ハルベルトのその美しいとさえ言える操作技術には誰もが驚嘆した。


 だが、次の瞬間、ロックオンアラートの大音量が室内を駆け巡った。何人かの学生が、ビクッと肩を震わせたほどだ。何機からロックオンされているのかすらわからないような状況ではあったが、ハルベルトは冷静だった。右手で操縦桿を繊細に操りつつ、左手で古臭いキーボードに何事かを入力していく。


「イクシオンはバーチャルコンソールじゃないんだよな……」


 そう誰かが呟いている。


 カティもエレナも、空中投影ディスプレイを食い入るように、睨むようにして見つめていた。ハルベルトの動きが速すぎて、何をしているのかを把握するのも一苦労だった。また、視界映像に映り込むHUDの情報も、あまりにも目まぐるしく書き換えられていて、何が書かれているのかを追うことはもはや不可能だった。


 しかし、そんな神懸かった技術にも関わらず、複数機で襲い掛かって来るFAF221を照準に捉える機会はなかなか訪れない。機動性も速度も圧倒的に違うのだ。追い付くことは土台不可能だし、小回りして回り込めるほどの操作性も持っていない。


 ハルベルトはロックオンから放たれたミサイルをチャフを駆使して巧みにかわし、そのまま地面に向かってほぼ垂直に突進した。そして激突寸前に機体を立て直して水平飛行に移行する。追いすがってきた数機のミサイルが地面に激突してぜ散った。ハルベルトのHUDには、追いかけてくる二機のFAF221が映し出されていた。


「あいつ、どうする気……?」


 エレナが手に汗を握りながらカティに尋ねる。カティは顎に右手をやりながら、眉間に皺を寄せて映像を見ている。


「低空戦闘に持ち込んでるな」

「あ、そうか」


 エレナはポンと両手を打った。


「イクシオンは低空加速性と安定性に優れるって評価があったわ」

「そうなのか」

「操縦系がアナログな分、コンピュータ制御以上の制動が可能なんですって」

「つまり、パイロット次第で化ける、と」

「そういうことみたいよ」


 ハルベルトは学校周辺の建築物をかすめるように飛び、FAF221はそれでも巧みに追いかけてくる。だが、その機動に精一杯な上に思ったように速度が出せないらしく、F102との距離はじわじわと離れて行った。なお、これらの戦闘機が超音速で地面スレスレを飛んでいるため、地上構造物は衝撃波によって粉砕されていっているという有り様である。距離をある程度離したハルベルトはビルの影に回り込むと不意に胴体ブレーキを試みた。そのハルベルトの両脇を、追ってきていた二機のFAF221が通り過ぎていく。ハルベルトはそれと同時に再び機体を水平に向け、遠ざかる二機に向かって多弾頭ミサイルを撃ち放った。二機はその機動性を発揮することができぬまま、一機はマンションに激突して爆発炎上し、もう一機はミサイルの雨に飲まれて墜落した。


「すご……」


 エレナは口元に手を当てて、二文字で感想を述べた。カティは腕を固く組んで唸る。その紺色の視線は、ハルベルトの一挙一動をも逃がすまいと、空中投影ディスプレイから全く動かない。


『残念だけど、これ以上は機体が持たないわ。中尉、帰還します』

『オーケー、バトルシミュレータを終了する。着陸シーケンスに移行してくれ』

『了解』


 ハルベルトはそう言うと、実に見事な手際で傷だらけの滑走路に着陸してみせた。


 ハルベルトは余裕の表情でシミュレータから出てくると、その豪奢な金髪を指先で弄んだ。


「ま、あたしでもこの程度が限界ね、イクシオンでは」


 その言葉に、学生たちは揃って悲愴感漂う表情を浮かべていた――カティとエレナ、そしてヨーンの三名を除いて。

 

「ブルクハルト教官」


 カティは真っ先に手を挙げた。


「自分がやってもよろしいでしょうか」

「私、いえ、自分も」


 エレナも手を挙げる。そして部屋の後ろの方に座っていたヨーンも、学生たちをかき分けて前に進み出てきた。


「自分もイクシオンでの編隊戦闘を試してみたいです」


 名乗りをあげたのは、まずはこの三名だけだった。離陸させることすら間々ならない機体であるし、初めての操縦系である。他の学生たちは、もっと予習をしたいと考えたのだろう。だがカティたち三人は、今の一度のだけで、おおよその扱い方を把握できていた。そしてブルクハルトは、そう来るであろうことを見越していた。


『よろしい。ではメラルティン、ジュバイル、ラーセンの三名は準備を。クライバー、三人に軽くレクチャーしてやってくれ』

「要らないと思うわ。たぶん、もう直感的に操れるでしょう」


 ハルベルトは悠々と高みの見物を決め込んだ。



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