模擬戦

 二人は格技訓練室にて仰向けに寝転がっていた。二人とも対ショックスーツとヘッドギアを身に着けていたが、それでも顔は腫れあがっていたし、スーツに覆われた身体もまた幾つもの内出血をこしらえていた。二人とも全身が痛くて起き上がれないというありさまである。


「ねぇ、カティ」

「うん――」

「私、勝った?」

「ああ――」


 カティは素直にそれを認めた。訓練でのエレナとの対戦成績は「十一勝〇敗」だったのだが、今日初めて黒星を喫したという次第だ。もちろん、非公式記録ではあるが。


「手加減、しなかった?」

「する余裕があったと思うか?」


 カティはハァハァと苦し気に呼吸を繰り返している。エレナの方はそれ以上にひどい息切れを起こしていた。


「しかし、負けるのがこんなに悔しいとはね」


 カティは「よいしょ」と掛け声をかけながら身体を起こした。が、しばらく声もなくうずくまってしまう。痛みと痺れに声も出せない。エレナも起き上がろうとはしたが、結局そのまま仰向けに転がった。エレナはゼェゼェ言いながら呟いた。


「やりすぎた……かも」

「かも、な」


 カティは気合いを入れると、何とか立ち上がった。そしてエレナの隣に膝を付く。


「起き上がれるか?」

「……がんばってみる」


 エレナはカティの助けを借りながら、強引に身体を起こす。起こした拍子に力が抜けて、思わずカティの胸に倒れ込んだ。カティは打撲の激痛に堪えながら、何とかその身体を抱き止める。そしてその痛みがあまりに想像を超えていたために、カティは大声を上げて笑い始めてしまった。エレナも同じだったようで、エレナらしからぬ笑い声が上がる。二人はぎこちなく抱き合った体勢のまま、これでもかというくらいに笑い合った。


「しかしな、エレナ、酷い顔だぞ」

「あなたもよ、カティ」


 そう言って、また笑う。お互いに顔が青やら赤やらにパンパンに腫れあがっていて、二目と見られない容貌になっていた。


「お腹空いたわ」

「……さっき食べただろ」

「さっきのことなんて忘れたわ」


 エレナはカティから離れ、ぺたんと座り込んだ。カティはよろよろと立ち上がる。


 その時、格技訓練室の入口のドアが開いて、見知った美少女たちが飛び込んできた。


「カティ! 大丈夫!?」


 美少女、つまり、ヴェーラとレベッカは異口同音に言った。二人とも、その顔には呆れと怒りが混在していた。


「こんなになるまでやらなくていいのに!」

「見てたのか?」

「うん」


 ヴェーラはカティを座らせてヘッドギアを外す。レベッカはエレナの様子を見ている。その時、入口に二人の将校――フェーン少佐とクロフォード中佐――が現れた。クロフォードが手を叩きながら近寄って来る。


「二人とも、見事だった」


 カティとエレナは慌てて立ち上がって敬礼をする。クロフォードは手をひらひらと振って「まぁ、座っていろ」と言い、ゆっくりと歩いてくるフェーンの方を振り返った。フェーンが無表情の中にもやや呆れの色を浮かべ、状況を説明する。


「セイレネスの実験中に、二人がメラルティン、君の存在に気が付いてな。せっかくだからと君たちの自主訓練の様子をモニタさせてもらっていた、というわけだ」


 そして、再び座り込んだエレナの方を見た。


「君の話はよく聞いていた。エレナ・ジュバイル」

「あの、失礼ですが……」


 エレナはおずおずと尋ねる。フェーンは「そうか」と頷き、そして自己紹介した。


「私はアンドレアス・フェーン。海軍の教練主任だ。入隊して間もない頃、海兵隊で君の兄と同じ部隊だったことがあってな。それ以来しばらく、交流は続いていたのだが……」


 フェーンはその鋭利な目で、少し遠くを見た。


「彼は戦友だったが」


 そして少し考えてから首を振った。


「いや、よそう。今すべき話でもない」

「フェーン少佐?」


 エレナは首を傾げた。フェーンがあまりにも思わせぶりな口調だったからだ。が、フェーンはクロフォードと二言三言言葉を交わすと、そのまま出て行ってしまった。クロフォードはフェーンを見送ると、なんだか所在投げに爪先で床を蹴った。


「まぁ、なんだ。エレナ・ジュバイル。思う所はあるかもしれんが」

「いえ、中佐。兄も軍人です。覚悟はできていたと思います」

「兄君はね、あっただろうと思う」


 クロフォードは腰に手を当ててエレナを見下ろした。


「覚悟のほどが試されるのは死んだ本人ではない。の方だ。死者は生き残った者の頭の中で、あれやこれやと騒ぎ立てる。後悔、疑念、慚愧ざんき。そういった感情によって、残された者は疲弊していくのさ。君自身が整理しきったと考えていたとしても、過ぎて行く時間以外はそれを埋める術を持たない。自分を過信してはいけない」

「中佐……」


 エレナは痛みに耐えながらも立ち上がった。


「座っていろと言うのに」

「いえ、しかし」

「命令だ、座れ」

「……はっ」


 エレナは再び座り込む。クロフォードは大袈裟に天を仰いだ。


「しかしお前たち、そこまでやる必要もなかろうにな」

「申し訳ありません」


 カティとエレナが声を揃えて言う。クロフォードは殊更に大袈裟に溜息を吐いた。


「ヴェーラ、レベッカ、今日は解散だ。後は好きにしていい」

「了解です」


 レベッカが率先して返事をした。ヴェーラは「はーい」と軽いテンションで応じている。クロフォードは座り込んだまま立ち上がれないでいるカティの顔を覗き込む。


「で、メラルティン。戦闘機のシミュレータには乗れるんだろうな」

「だ、大丈夫です。支障は……たぶんないかと」

「……ないハズもないな。まぁ、いい。早く治せ」


 そして颯爽と去っていった。

 

 クロフォードが扉の向こうに消えたのを確認してから、エレナは二人の美少女を指差した。


「この子たちって、噂の?」

「わたし、ヴェーラ・グリエール。海軍の上級高等部だよ」


 ヴェーラが少し警戒心を見せつつ、エレナに自己紹介をする。


「やっぱり。学年的に同級生なのは知ってるわ。とすると、眼鏡のあなたがレベッカ・アーメリングよね?」

「ええ、はい」


 自己紹介のタイミングを逸したレベッカが、せわしなく眼鏡の位置を直している。その新緑の瞳がカティの方を向いた。


「ああ、ごめんごめん。二人には話してなかったよな」


 カティは頭を掻きつつ小さく頭を下げた。カティの中ではエレナとの関係は秘密のものであり、それ故に、未だヴェーラたちには話したことがなかったのである。


「こいつは、エレナ・ジュバイル。空軍の同期だ」

「よろしくどうぞ、お二人さん」


 エレナは苦労しながら右手を上げて、ヴェーラ、そしてレベッカと握手をした。


「しかし参ったわね。カティがこの噂の二人と知り合いだったなんて」

「知り合いっていうか、親友だよねー」


 ヴェーラがニコニコしながらカティに言う。カティは瞬間的にそれを肯定している。ヴェーラはエレナの方を見ながら、ほんのり首を傾げた。


「でさ、エレナさんはカティの親友?」

「ん?」


 カティはエレナを見る。エレナは「なんで私を見るわけ」と呟きつつ、カティを見詰め返した。カティは口の端を上げ、目をすいと細めた。


「エレナとは一緒に寝た仲だ」

「わお♡」


 ヴェーラが口に手を当てて変な声を出した。レベッカはまた忙しく眼鏡のフレームをいじっている。


「ちょっと、一緒にって、ベッドとソファででしょ!」

「二回も!?」


 ヴェーラが妙なツッコミを入れる。エレナは顔を真っ赤にして両手を振った。


「ちがっ!」

「そういうことかぁ」


 ヴェーラはニヤニヤしながら頷いた。レベッカはなぜか頬を紅潮させて俯いた。


「まぁ、その辺はご想像にお任せするとして」


 カティはヨロリと立ち上がって、首と肩をぐるりと回した。


「エレナはアタシにとって大事なヤツだよ。な?」

「え、そこで私に振るわけ?」


 エレナも痛みを確かめるようにして立ち上がる。その身体をレベッカが支えていた。エレナはカティから目を逸らしつつ、言った。


「ま、まぁ、カティがそう言うなら、そうなんじゃない? 私は別にそうでもないかなって思ってるけど」

「つんけんしてるところも、まぁ、かわいいぞと言っておこうかな」

「あんた、本当にその気ないでしょうね。言っておくけど、私はノンケよ?」

「アタシが男だったら、お前に惚れてたかもね」

「な、ならいいけど」


 エレナは胸を撫で下ろす。その途端、エレナのお腹が音を立てた。


「え、ちょ、ちが」

「お腹空いてるの?」


 ヴェーラがエレナをじっと見上げる。煌く空色の瞳で見つめられ、エレナは露骨に狼狽えた。


「あれだけ動いたらお腹も空くわよ」

「でも二人は外で食事はできないよ、その顔じゃ」


 ヴェーラは腕を組んで唸った。レベッカも「警察呼ばれちゃいそうね」だなどと言った。カティは無言でレベッカの灰色の髪をぐしゃぐしゃに掻き回し、しばらく思案した末に、訓練室の端に置いておいた携帯端末を取りに行った。そして端末を操作しながら戻って来つつ、


「ピザ屋でも呼ぶか?」


 と何気なしに言った。たまたま割引クーポンのついたメールが送られてきていたから言ってみたのだが、それに激しく食いついたのがヴェーラだ。


「ピザいいね!」


 ヴェーラはキラキラした瞳でレベッカを見た。


「私はピザでも良いけど、エレナさんは……大丈夫ですか? 普通のピザだと思いますけど」

「普通じゃないピザって何?」


 ヴェーラがツッコミを入れたが、レベッカはサラリと無視した。そして心配そうに呟く。


「エレナさんの口に合うか……」

「だいじょうぶよ。宅配のピザは食べたことないけど、回る寿司と回らない寿司の差みたいなものでしょ?」

「回るお寿司食べたことあるんですか?」

「……ないわ」


 エレナの回答に、レベッカは思わず眼鏡を外して、ハンカチでレンズを拭き始めた。何事か思案しているのだろう。一同は、数秒に渡って沈黙する。


「だ、だいじょうぶよ。ピザパーティ? 楽しそうじゃない?」


 何故だかだんだんと不安になってきたエレナは、手を叩いてそう言った。それを受けて、ヴェーラはパチンと器用に指を鳴らした。


「ピザパーティ、いいね、いいね!」


 ヴェーラはさっそく自分の携帯端末を取り出して操作をし始めた。


「ねぇ、みんな。適当に注文しちゃっていい?」


 ヴェーラの勢いが止まらない。カティたちは追い付くのを諦めて、「どうぞどうぞ」と肯いてみせる。ヴェーラはすぐさま電話をかけると、メニューを確認することすらなく、すらすらと数種類のピザを注文した。ある意味神業である。


「じゃぁ、これでお願いしまーす。お届け先はですね……」


 士官学校の中には届けられないので、玄関付近で待機しているヴェーラたちの護衛官らを指定した。それと同時進行で、レベッカが「いつものようにお願いします」と護衛官の一人に連絡をしていた。


 その鮮やかな連携プレーを見て、エレナがカティに耳打ちする。


「日常茶飯事なのかしら、ピザパーティ」

「あり得ないとは言い切れないなぁ」


 カティは頭をポリポリと掻きながらそう答えたのだった。

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