ポップ・レクイエム

 それから十五分ほどして、二人はようやく寮からカティの車へと移動を開始した。凍った足元で滑らないようにと、エレナはカティの左腕をがっしりと掴み、カティは歩きなれない凍結路面に苦労しながら進んでいく。引き攣った笑いを浮かべながら歩く二人のその様子は、まるで恋人同士のようだった。


 ツルツルに凍った道を何とかして車に辿り着き、カティはエンジンをかけた。車内は完全に冷え切っていて、二人はひとしきり震えた。


「うう、寒い。アタシ、南国育ちだから、この寒さはほんとにこたえる」

「北国育ちだけど、それでもきついわよ、今日のこの冷え込み」


 二人は白い息を吐きながら、車が温まるのを待っていた。そこでカティは思いついたように、車載の音楽プレイヤーを起動した。プレイリストがいくつか表示されたが、カティはそちらを見もせずにパッパと操作を行っていく。エレナはその様子を興味深そうに見ていた。


「この曲はあなたの趣味なの?」


 やがて流れ始めたバラードに首を傾げながら、エレナが尋ねる。


「イメージが合わないとか言わないよな?」

「言うわ」

「言うのか」


 カティはまた笑いだす。だが、寒さのために少しその顔が引きっている。エレナは「笑い過ぎよ」と窘めつつ、曲に耳を傾ける。


「クラシックとかの方が落ち着くけど」

「古典という意味では、この曲だってある意味古典だぞ」


 なんせ五十年以上も昔の曲ばかりだからな、とカティは注釈をつける。


「ま、いいわ。あなたの趣味のレベルをチェックしてやるんだから」

「はいはい」


 曲が一つ終わった頃になって、カティはようやく運転を開始する。


「さて、ドライブだ」

「ドライブ? 彼氏じゃあるまいし」


 エレナは助手席で腕を組む。カティは横目でちらりとエレナを窺い、おもむろに自動運転に切り替えた。そして上半身を捻ってエレナの方に身を乗り出す。


「な、なによ……!」


 おののくエレナの瞳を直視して、カティはさらに顔を近付けた。


「寂しいアタシに付き合って、一緒にドライブしていただけませんか?」

「か、顔近い……!」


 エレナの頬がみるみる赤くなる。カティは顔を一層近付ける。エレナはもう逃げられない。


「わ、わかったわ。そこまで言うなら、つ、付き合ってあげるわよ」


 エレナが答えると、カティはようやく運転席に身体を戻した。


「カティ、あなた、レズっ気あるの?」

「ない」


 カティはニヤニヤしながらハンドルを握り直す。


「でも、ドキドキしたろ?」

「もうっ、ばかっ」


 エレナはふんっと鼻息を吐いて、きつく腕を組んだ。


「あなた、下手な男子よりイケメンなんだから、ちょっとは言動に気を付けなさいよね!」

「はいはい」


 カティは流れる曲を口ずさみつつ、適当に頷いた。


 そうこうしているうちに、を取り扱っているカティ御用達のコンビニに辿り着いた。今日は一月三日、そして猛烈な寒波がやってきているという事もあって、コンビニの中には店員が一人、ニュースチャンネルを映しているモニタを暇そうに眺めているだけだった。


 日常的にアーシュオンとの戦闘が発生していることもあり、街中至る所にこの手のモニタが設置されている。の類も、これらのモニタを通じて、あるいは携帯端末への通知でもってしらされる。勿論、それはを狙った放送を流すのにも使われている。もう何十年と続いている戦争状態によって、国民は厭戦えんせん気分ではあった。それが暴動等の過激な手段に取って代わられないのは、まさにアーシュオンが継続的に本土へ打撃を与えてくれるである。さもなくば国内の自称平和主義者たちが、その独善的な正義の名の下に、法を捻じ曲げてでもを貫こうとしていたことだろう。


 カティは手早く買い物カゴに菓子パンと缶コーヒーを放り込み、レジに向かった。急がなくてはいけない理由が、まさにモニタに「臨時ニュース」という形で映し出されようとしていたからだ。店員が素早く処理してくれれば間に合ったのかもしれなかったが、結果としては、間に合わなかった。モニタの中のニュースキャスターが大真面目な顔と口調で読み上げる。


『去る十二月三十一日、シタール島奪還作戦が実施されました。上陸作戦にあたっては海兵隊に人的被害は発生したものの、一日正午より継続的に実施された戦術爆撃および第二艦隊強襲揚陸部隊の支援により、見事に奪還に成功。不法に占拠を行っていたアーシュオン軍を殲滅したと、参謀部第三課アダムス中佐より発表がありました。我が軍の防衛行動は安定した勝利を続けています』


 カティは商品を受け取ると、後ろにいたエレナの手を取って足早に店から出た。


「若干? 若干の被害?」


 叩き付けるような雪が降り始めていた。あっという間に指先が凍え、頭が痛くなるほどの寒風である。


「兄さんは、数字じゃない!」

「わかってる」


 カティはエレナの肩を抱くようにして、助手席に押し込んだ。そして自分も急いで運転席側に回って、乗り込む。エンジンをかけて一息ついたカティは、レジ袋から胡桃くるみパンを取り出して、エレナに手渡した。


「若干、だなんて……!」

「いいから受け取れ」


 カティは乱暴にエレナの胸にパンを押し付け、受け取らせる。


 二人はカーステレオから音楽が流れる中、黙々と菓子パンを食べ、微妙に温いコーヒーを何口か飲んだ。バラードやテクノ系の曲が流れた後で、妙に明るい音楽が流れ始める。


「良い曲ね、これ」


 曲の半ばまで来た辺りで、エレナはコーヒーを飲み干しつつ、呟いた。その声は鼻にかかっていて、つまり、涙声だった。それを聞いたカティは、自分の迂闊さに気が付く。この曲は「ポップ・レクイエム」と呼ばれているジャンルのもので、文字通りポップな曲に、鎮魂の歌詞が当てられている歌だった。


「良い曲ね」


 エレナはもう一度言った。その頬には涙が伝っていて、唇ははっきりそうとわかるほどに戦慄わなないている。カティは流れる歌詞の重さに胸が痛くなる。今のエレナには重すぎる歌詞だ――カティはそう考え、音楽を止めようとした。しかし、その手はエレナによって払われる。


「良い曲だって言ってるの」

「でも――」

「良いの。まだ私の中では、兄さんの戦死を受け入れられるほど時間は経ってない。でも、私は、生き残った方は、なんとかして時間をやり過ごしながら頑張っていくしかない。それにさ――」


 エレナはそう言うと、レジ袋の中に手を突っ込んで、余っていた菓子パンを手に取った。今度はクリームパンだった。


「もらっていい?」

「もちろん」


 カティはそう言っている間に、ちゃっかり二個目の豆パンを食べ始めている。


「で、それに、なに?」

「うん。それにさ、私たちだって、突然に行っちゃうかも知れないんだよね」

「……ああ」


 そうだ、とカティは肯く。二人はいずれ軍人になる。そうなれば、いつ死ぬとも限らない。二人はおそらく戦闘機のパイロットになるだろう。そうなれば常に最前線だ。延々と続く戦闘で摩耗させられていって、そして、運が尽きれば死ぬのだろう。カティはそのことをよく理解しているつもりだった。


 エレナは黙々とパンを食べきった後、その包装ビニール袋をこれ以上ないくらいにぐしゃぐしゃに握りつぶして「あーっ」と大きな声を出した。


「なんかこう、すっごいムシャクシャしてきた!」

「ビックリするなぁ、もう」


 カティも豆パンを胃袋に落とし込み、コーヒーの残りを一気に飲み干した。


「カティ、いつかの約束、覚えてるかしら」

CQC近接格闘戦の訓練?」

「そそ」


 エレナは肯きつつ、肩のストレッチを始めた。缶をゴミ袋に突っ込んでから、カティはハンドルを握る。そしてエレナを横目で見た。


「本当にやるのか?」

「今の私は強いわよ」


 エレナは不敵に笑う。


「今なら取れる自信があるわ」

「……こいつは容赦できそうにないな」


 カティも同じような笑みを浮かべ、目的地を士官学校に設定した。

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