#03-2:絆の証左

友達として

 翌朝、エレナが目を覚ました時には、カティはすでに着替えを済ませて本を読んでいた。今日は休日だというのに、何故か制服を着ていた。枕元にあった目覚まし時計のデジタル表示は、午前八時二十七分であることを示している。少々寝過ごした感はあったが、身体の疲れは綺麗になくなっていた。そして気持ちもすっかりと落ち着いていることに気が付いた。


 会話って大事なのね。


 エレナは心の中で呟きつつ、ゆっくりと身体を起こした。


「おはよ、カティ。ソファで大丈夫だった?」

「ああ、おは――」


 本から顔を上げたカティは、いきなり吹き出した。


「ひっどい顔!」

「な、なによっ!?」


 いきなり浴びせられた暴言に、エレナの意識は一瞬で覚醒する。そんなエレナを見て、カティは豪快に笑っている。


「今日は休みなんだし、まだ寝ててもいいんだぞ」

「起きるわ!」


 エレナはバッとベッドから起き上がると、少し乱れた着衣を整えた。エレナだって訓練を重ねてきているだけあって、一度目を覚ましてしまえば行動は早い。あっという間に顔を洗って、昨日着ていた服を手早く身に着けた。


「と、ところで」


 バッグから化粧ポーチを取り出しながらエレナは口を開く。


「いつも本読んでるけど、一体何を読んでるの?」

「ん。ごく普通の小説だよ。重いのから軽いのまで、なんでも読む」

「へえ……」


 エレナは化粧を始めつつ、室内を見回した。机の上や棚の中に、文庫本がたくさん収められていた。


「ここにあるの、みんな紙媒体よね。どうして電子媒体じゃないの? 何度も読むものじゃないでしょうに。邪魔にならない?」

かさるのはたしかにその通りなんだけど」


 カティは読んでいた本を本棚にしまいながら、少し考える。


「そういえば、エレナはこういうのは読まないのか?」

「読まない」


 エレナは即答した。エレナは娯楽小説の類には興味を持ったことは無いし、当然、読んだこともなかった。他人に話を合わせてやろうと思ったこともないので、その手の話を振られたところで「知らない。興味ない」を貫き通してきた。


「映画は? 音楽とかは?」

「観ない。聴かない。古典音楽クラシックなら聴くこともあるけど」

「ふぅん」


 カティは眉根を少しだけ寄せ、腕組みをして三秒ほど黙った。


「娯楽文化は面白いから文化として成立してるんだがな」

「私にとっては、専門書や論文の方がずっと興味深いわ」


 エレナは手際よく化粧を進めながら、キッパリと言う。


「これはまたアカデミズムなことで」

「悪い?」

「娯楽に触れることは悪いことじゃないと思うけどね。それに――」

「……なによ」


 エレナはアイラインを引きながら唇を尖らせる。カティは苦笑する。


「エレナはこういうの読んだことがないんだろ?」

「そう言ったじゃない」

「ならさ、比較対象を手に取ったこともないのに、なんで専門書とかの方が面白いだなんて言えるんだ?」

「う、うるさいわね。そうに決まってるから――」


 その時、エレナのお腹が大きな音を立てた。カティはニヤリとし、エレナは顔を真っ赤にして俯いた。


「し、食堂に行きましょうよ」

「あれ、知らないのか? 今日まで食堂は閉鎖だぞ。年末年始休暇だ」

「なんですって」


 エレナは絶望的な表情を見せた。カティは声を立てて笑いつつ、壁に掛けてあった車のキーを手に取った。


「調達に行くしかない。一緒に行くか?」

「どこに?」

「コンビニ」

「コンビニってあの小さくてなんでもある店のこと?」


 その問いに、カティは目を丸くする。


「コンビニ使ったことないのか?」

「ないわよ。コンビニで買う物なんてないもの」

「さすがお嬢様だな」

「か、関係ないでしょ」

 

 エレナは化粧を終えるとポーチをバッグに少し乱暴に放り込む。


「それにコンビニなら学校の目の前にあるじゃない。車で行かないでも」

「あそこにはがない」

「はぃ? 豆パン?」

「アタシにとっては死活問題なんだ。豆パンがあるかどうかってのは」


 カティは大真面目に言った。何せカティが迷いなく「好きだ」と言える唯一の食べ物が豆パンなのである。「食」に関する唯一の固執と言っても良い。


 エレナはそんなカティの表情を真正面からしげしげと眺めていたが、やがて盛大に吹き出して腹を抱えて笑った。よほどツボに入ったらしい。


「あなたが豆パンとか、ほんと、すっごく良い組み合わせね、あははっ」

「そ、そんなに笑う所かよ」


 カティは鍵をクルクルと指で回しながら眉根を寄せる。エレナはまだ笑っている。


「ま、まぁ、あなたにもおかしい所があって、よかったわ」

「おかしい所って……」

「で、車なら私のでも、いいんだけど」


 涙目になりながら、エレナは自分の車のゴージャスな鍵を取り出した。カティは一層ムスっとして言う。


「安物の大衆車には乗れないって?」

「そんなこと、言ってないじゃない!」


 今度はエレナが口をへの字にして、腕を組んでそっぽを向いた。エレナはようやく笑いから解放されたらしい。しかし、今度はカティの方が笑いのツボに入ったようで、吹き出すなり腹を押さえて笑い始めた。


「なによ!」

「なにその怒り方! かわいいな、おい!」

「かわいいとか何言ってんの!」


 エレナが言い募るたびに、カティのテンションが上がっていく。そしてやがて、エレナまでつられて笑い始めた。


「なによ、あなたそんな笑い方できるのね」


 ひぃひぃ言いながら、エレナはそう言った。


「そりゃ、笑うさ」


 ヴェーラたちに会うまでは笑ったりしなかったけど。カティはふとそんなことを思ったが、その言葉は首を振って追い出した。そしてエレナの両肩をガシッと掴んで目を見て言った。


「アタシ、お前のこと好きだよ」

「なっ、ばっ、好きとか、ば、ばっかじゃない!? 何言ってんの!」

「お前こそ何焦ってんの、だよ」


 カティは不意にエレナに抱き着くと、持ち上げるようにして抱きしめた。体格に圧倒的に劣るエレナはされるがままだ。


「うー、もう、離しなさいよ! し、仕方ないからあなたの車に乗ってあげるわ!」

「そりゃどうも」

「べ、別にあんたのために乗ってあげるわけじゃないんだから! 大衆車ってのに一度乗ってみたかっただけなんだからね!」


 そのセリフに、カティはますます笑いが止められなくなったのだった。






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