ピザ屋で語り合う未来

 カティは校舎に来た時以上の寒さに震えながらも、寮の駐車場に置いてある車両――小型の大衆車である――を正門付近に移動させた。するとすぐにヴェーラとレベッカが玄関から駆け出てきて、息を切らせながら後部座席に乗り込んだ。


「わぁ、かわいい車だね」

「アタシにはちょっと窮屈なんだけど」


 国から借金して購入した車であり、当然のように中古車だ。


「カティおっきいもんね」

「うるさいなぁ」


 カティは後部座席でケラケラ笑っているヴェーラをルームミラーで睨み、おもむろにアクセルを踏んだ。基本的にはほとんど自動運転で済ますこともできるのだが、カティは自分で運転することを好んだ。どうにも他人(この場合プログラムだが)に自分の命を預けることのできない性分なのである。


 道路は所々凍結していたが、それでもカティは危なげなく運転をこなす。正月早々ということもあり、道路は閑散としていた。士官学校のある郊外にまでは、除雪も行き届いておらず、端の方の一車線分はほとんど雪山に隠されてしまっていた。本物のというものを今年になって初めて見たカティとしては、これはかなりのカルチャーショックだった。道路が半分になってしまうのだから。センターラインも停止線も見えない中、よくもまぁきちんと走れるものだと感心してしまう。もし南国にいた時に免許を取っていたなら、こんなにには走ることはできなかっただろう。


 かくして十五分ほどのドライブで、目的のピザ屋に到着した一行は(カティが駐車場に止めるのに何度か失敗したりもしたわけだが)、さっそくピザを注文した。ハーフ&ハーフで三枚、計六種類の味が楽しめるようにした。


「ピザ屋なんて初めて来たけど、ずいぶん種類があるもんだなぁ」


 注文を終えてからも、カティは物珍しそうにメニュー表を眺めていた。


「カニの入ってる奴なんかも美味そうじゃないか?」

「それも美味しいよぉ」


 ヴェーラがお腹の音を隠すように身を乗り出して言う。カティは気圧けおされ気味に仰け反りつつ、「余力があったら食べてみよう」と


 注文して数分後、ピザが三枚運ばれてきた。ヴェーラは手慣れた様子でそれらを切り分け、さっそく一切れ取ってかぶりついた。その美少女らしからぬ豪快な食べっぷりに、カティは思わず笑い、レベッカは額に手を当てて首を振った。


 それから三十分ばかり、ヴェーラは黙々とピザを食べ(結局、カニの乗ったピザも追加で注文した)、カティとレベッカは大真面目な顔で最近復刻されたラブ・バラード集の配信曲たちについて、あれやこれやと他愛もない話をしていた。どちらかというと寡黙な人種に属するカティだったが、音楽の話になると不思議と饒舌になってしまうのだ。もっとも、饒舌化する相手というのは、今のところヴェーラとレベッカしかいないのであるが。


 そうこうしてピザを平らげると、ヴェーラは当然のようにガトーショコラを注文し、レベッカもそれに便乗した。ケーキのお誘いについては、カティは丁重に遠慮した。


 ヴェーラとレベッカは「ピザなんてあったっけ?」と言わんばかりの勢いでケーキを食べ、カティは思わず呆れてしまう。


「お前らのちっこい身体のどこに収納されてるんだ、それ」

「乙女の秘密ですー」


 ヴェーラはミルクをたっぷりと入れた紅茶を飲みながら、しれっと答える。カティは苦笑する。


「太らないのがすごいよな、それで」

「太るよー?」

「太るのか!?」


 美少女は太らない――無意識にそう思っていたらしいカティは、ヴェーラのあっけらかんとした告白に目を剥いた。


「油断してるとぉ、体重がぁ、ずどーん!」


 ヴェーラが妙なジェスチャー付きで言い、隣に座っているレベッカが神妙な顔で肯いていた。ちなみにレベッカの紅茶には砂糖が山ほど溶け込んでいる。


「そのたびに二人して大変なんですよ。走ったり、泳いだり……」

「へぇ……」

「あとで大変だとわかってるんですけど、あの、やめられなくて」


 レベッカが頬を赤くしている。カティは思わず声を上げて笑った。


「アタシは甘いものといえば、豆パンくらいしか食べないからな。そういう点では助かってるのかもしれんね」

「ケーキとか美味しいのにぃ! 人生損してるぞ!」


 ヴェーラが最後の一口を名残惜しそうに口に放り込む。


 ケーキ、か。


 小さい頃の誕生日とか、ケーキ作ってもらったっけなぁ……。


 そんなことをふと思い出すカティであった。


「ねぇ、カティ」

「う、うん?」


 感傷的になりかけていたところを強引に現実に引き戻され、カティは目をしばたたかせた。


「ごめん、ちゃった……」

「ダメじゃない、ヴェーラ」


 その意味を瞬時に悟ったレベッカが鋭い声で叱責した。そこでカティはようやくヴェーラが何を言ったのかを理解した。二人は他人の記憶を見てしまうことがあるのだ。初めて会ったあの日のように。カティはしかし気分を害した様子もなく、むしろどこかサッパリした表情で首を振った。


「いいのさ、お前たちに隠す事なんて何もない」

「カティ……」

「その代わり」


 カティはコーヒーの入ったカップを持ち上げ、スッと目を細めた。


「嫌なもん見ても後悔してくれるなよ?」


 そして残りの黒い液体を一気に胃に流し込んだ。ヴェーラはその様子を見詰め、やがて意を決したように訊いてきた。


「このままいったらさ、ヤーグベルテはどうなっちゃうと思う?」

「え?」


 その深刻な疑問文を受け止めきれず、カティは言葉に詰まった。レベッカもケーキを食べる手を止めていた。


「わたしね」


 ヴェーラはその蒼い瞳でカティを見詰めた。大きな瞳の中にカティの影が写り込んでいた。


「情勢的にはとっても危険だと思ってる。島嶼問題も有耶無耶にされているけど、陸軍の死傷者は五ケタに達した。そのうちの死者数は二千人にもなる」

「ちょっとヴェーラ、今そんな話しなくても……」

「いや、続けてくれ、ヴェーラ」


 カティはレベッカをちらりと見てから、ヴェーラに続きを促した。ヴェーラはレベッカに「ごめんね」と小さく謝った。


「被害がすごいのは陸軍だけじゃない。ううん、海軍の方がもっと深刻なんだよ。重巡級がどんどん消耗していってて、艦隊の定数を埋めることさえ困難な状況なんだって。数合わせのためにコストの安い駆逐艦やコルベットが大量に配備されている状況で、そんなのではアーシュオンの艦隊には太刀打ちできないというのが本当のところだって聞いた。特にあっちの第四艦隊くらいになると、うちの三個艦隊が挑んだって完敗するだろうねって」

「……情報元はフェーン少佐?」

「うん」


 ヴェーラは肯き、紅茶を一口飲んだ。


「アタシに話していいのか? 情報統制対象じゃないのか、それ」

「そうだよ。でも、形式上だよ。わたしがカティに黙ってるはずがないのはわかってるはずだし、今だって本当に不味い内容ならどこからともなく邪魔が入るはずだよ」


 ヴェーラは目を細めつつ、明快に言い切った。レベッカは溜息をつきつつ、ケーキを食べる作業を再開していた。


「わたしたちは常に見られてるし聞かれてる。最重要機密でもあるわたしたちが、本当に自由に動き回れるはずなんてないからね」

「……そうか」


 カティにはそんな気配は感じられない。それはそうだ。相手はおそらく情報部だろう。カティのような一介の学生に気取られるような間抜けはいないはずだ。


「結果、四風飛行隊が、つまり空軍が、圧倒的な発言力を持つことになっている。ここ数年の被害状況から、ますます発言権が強くなっていて、今や軍は空軍の指揮下にいるようなもんなんだって」

「そこにきて、お前たちのあれ、なんだっけ」

「ああ、それだ」

「うん」


 ヴェーラは頷く。そこでカティは意外なことに気が付いた。


「フェーン少佐って、ずいぶん喋るんだな?」

「あ、うん。見た目はすっごく怖いけど、いい人だよ」


 ヴェーラはあっさりとそう言った。レベッカも同意の頷きを見せてくる。


「へぇ……」


 未だに信じられない様子のカティである。ヴェーラは店員を呼んで紅茶のお代わりを頼んでいる。やっとケーキを食べ終わったレベッカが、眼鏡のレンズを拭きながら言った。


「『アンドレアルフスの指先』って呼ばれてる人のこと、知ってます?」

「ええと、参謀部第六課の。ルフェーブル中佐のことだよな?」

「ええ、そうです」


 レベッカは眼鏡を掛け直して、その新緑の色の瞳をキラリと輝かせる。


「フェーン少佐、その方と昔、婚約していたんですって」

「そ、そうなのか」

「女性軍人としてはトップクラスにいるルフェーブル中佐とお付き合いしていたということは、それだけでフェーン少佐という人が有能だという証拠みたいなものと思います」

「ええと、でも、婚約は過去形なんだろ?」

「それが結構複雑で」


 レベッカは眼鏡の位置を直し、身を乗り出した。


「私たち、フェーン少佐と一緒に食事をした事があるんです。その時に同席したのが、かのルフェーブル女史」

「へぇ……」

「それで二人、とっても息が合っていたんだよね」


 ヴェーラが運ばれてきた紅茶を受け取りながら会話に参加してくる。レベッカは「ええ」と同意し、ふと自分の携帯端末に視線をやった。


「ああ、カティ、時間だいじょうぶ?」

「ん? ああ。今日は大丈夫。年末年始休暇は原則施錠ないから」


 実家などから三々五々に帰寮してくる学生に配慮してそうなっているのだという。その分、常駐している守衛の数が二倍になっているのだが、カティに言わせると警備状況は激甘だ。


 ヴェーラはもうミルク入り紅茶なのか、紅茶風味のミルクなのかわからないような紅茶を作りながら、しばし天井を睨んだ。


「わたしたち、明日も早いし。そろそろ帰ろうか?」

「明日もあるのか?」

、しばらくは調整が続くからね~。暇してるよりは良いんだけど」

「そっか」


 カティは何とはなしに携帯端末の画面を開いて、消した。そしてポケットに収納する。


「ま、そういうことなら仕方ない。お前たちの迎えは?」

「あ、すぐ来ると思うよ。一応呼んでみるけど」


 ヴェーラは自分の携帯端末を取り出して、傍目にもハッキリわかるくらいに、殊更にのろのろと操作したのだった。

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