歌姫戦艦

 シミュレータを終了し、筐体から出ようとした時には、カティは全身汗だく状態だった。戦闘時の疲れというよりも、を見せつけられたことに対する恐怖や畏怖による発汗だろうなとカティは分析する。関節という関節も固まってしまっていて、動くのが辛かった。


「メラルティン、ご苦労だった」

「フェーン少佐……」


 筐体の外で待っていたフェーンに手を差し伸べられ、カティは少々狼狽えながらもそれに応じた。


「君が撃墜されなかったことには、素直に驚いている」


 フェーンはその鷹の目でカティの視線を鋭く捉えつつ、例によって無感情にそう言った。そのフェーンの肩に手を置いたのはパウエルである。


「どうです、凄腕でしょう、彼女」

「そう言っている」

「ははは、珍しい」


 パウエルが意味深に笑うが、フェーンは冷たい微笑を浮かべただけで相手にしようとさえしなかった。代わりに手元の資料をめくって、そしてぴたりと手を止めた。


「エレナ・ジュバイル……?」

「エレナが、何か?」

「いや、クリムゾン2の元データが」

「ああ、エレナなんですね」


 カティは合点した。エレナなら生き残るのも納得できる。とすると――。


「クリムゾン3はヨーン、ヨーン・ラーセンでしょうか」

「う、うむ」


 フェーンは初めて動揺のようなものを浮かべていた。エレナに何かあったのだろうかと、カティはいぶかしむ。


「フェーン少佐、その二名とこのメラルティンが、現士官学校のエースです。上級生たちを差し置いてね」

「なるほど……」


 パウエルの説明に、フェーンは神妙な面持ちで頷いた。彼なりに納得したのだろう。「ともかく――」とフェーンは咳ばらいをして、カティを見た。その時、ようやく巨大な黒い箱の方も扉が開き、ヴェーラとレベッカが姿を見せた。二人とも極度の疲労状態にあるようで、出てくるなりそばの戦闘機用の筐体の脇に座り込んでしまった。


「アレが我が軍の切り札、歌姫戦艦バトルシップ・ディーヴァというものの力だ。まだシミュレータの中だけだが、の発動実験は想定以上の結果を出せた。私は満足している。参謀部も納得するだろう」


 フェーンは言いながら、パウエルとクロフォードを見回した。


「クロフォード中佐、パウエル少佐、休暇中にご足労をおかけした」

「なんの、面白いものを見れたので俺は満足している」


 クロフォードはヴェーラが出てきた箱の中を覗き込みながら、鼻歌交じりに応えている。パウエルはその言葉を聞いていたのかいないのか、レベッカの方の箱の周りをうろついている。


「俺を始めとして――」


 クロフォードは箱の中に首を突っ込みながら言う。


「あのというシステムの詳細は誰も知らない。ブルクハルト中尉にしてもシステム管理者ではあれど、ブラックボックス内部を見ることはできない。ヴェーラやレベッカにしても、今日初めてこいつに触れた」

「ですな」


 フェーンは頷いた。


は要するに、全く得体の知れないシステムだという事だ。おそらくはあのジョルジュ・ベルリオーズの手によるものだろうが、それすら憶測の域を出ない」

「ち、調達元は? それでわかるのでは?」

「まだ君が知る必要もないが」


 フェーンは少し思案する。


「まぁいいだろう。数年以内には周知となるだろう。ホメロス社が開発元という


 カティもホメロス社の事は当然のように知っている。数多くの艦船をヤーグベルテに提供している兵器製造会社だ。軍産企業複合体コングロマリットヴァラスキャルヴの傘下の超がつく規模の世界的大企業である。あそこなら確かに、「戦艦のようなものを作ってみるか」という気になったとしてもおかしくはないと、カティは考えた。


「しかしながら、アレが従来の戦略的立ち位置、方法論を完全に変えることになるのは事実だ。空軍主導の時代もまもなく終わるだろう」

「四風飛行隊が防衛の要であることは変わりますまい。艦船とは運用概念が違っていますからな」


 フェーンの言葉に少々カチンと来たらしいパウエルが、早口で捲し立てる。だが、フェーンは涼しい顔でそれを聞き流す。クロフォードは箱から顔を出し、やや呆れたような表情を浮かべた。


「二人とも。士官学校に空軍と海軍の例の軋轢あつれきを持ち込むな」


 注意された二人の少佐は、同時に腕を組んで相互に視線を逸らした。


「で、フェーン少佐。この場は解散でいいのかな」

「そうですな」


 時間を見ればもう十八時を回っていた。フェーンは軽く咳ばらいをして、カティの隣にやってきたヴェーラとレベッカの方を見た。


「さて、私は報告書の作成をしなくてはならない。グリエール、アーメリング、君たちはあとは自由にしていい」

「はい。カティもいいですか?」


 ヴェーラの問いに、フェーンは「忘れていた」と大真面目に呟いてから頷いた。


「好きにしたまえ」

「ありがとうございます!」


 ヴェーラはびしっと敬礼をして見せた。レベッカも慌ててそれに倣う。フェーンはニヤリと笑みを浮かべ、そのままきびすを返した。


 三人の佐官は連れ立ってシミュレータルームから出て行った。モニタールームにいたブルクハルト中尉も、いつの間にか姿を消していた。


「なぁ」


 大きな筐体に寄りかかりながら、カティは右隣に立つヴェーラを見た。


「こんなもの、本当に実用化されるのか? 、だぞ?」

「うーん、たぶん」


 ヴェーラは頷いた。


「戦艦と言っても、一世紀前のものとは運用概念が全然違うし。それにね、これはブルクハルト教官から聞いたんだけど、戦艦になっちゃったのは結果論なんだって」

「結果論?」

「うん。搭載しなきゃならないのハードウェアのサイズを考慮したら、空母でも収まらなくて。それなら新機軸のを作ってしまえということで、戦艦の皮を被った何かになったんだって」

「へぇ……」


 ということは、システム基部は完成しつつあるということなのだろうか。ここにあるシミュレータにしたって、システムそのものがあらかた完成していなければ作ることはできまい。カティは唸る。


「でも、二人はどうやってあんなデカブツを操っていたんだ?」

「わかんない」


 ヴェーラが振り返って筐体を眺め、肩を竦めた。


「わかんないで、動かしてたのか?」

「そうなんです」


 今度はレベッカが言った。


「わからないんです。基本的にはコンピュータ制御なので、私たちはそれらを束ねて実行指示を出していくというだけなんですが……」

「あの謎の光と攻撃は?」


 カティの問いに、レベッカは腕を組んで俯いてしまった。そこにヴェーラが戻ってきて、また大袈裟に肩を竦めてみせた。


「わっからないんだよねぇ。システムに出された通りにシーケンスを実行していったんだけど、そうしたら、あんなことになったんだよ」

「ふぅん」


 カティはやる気のない応答をすると、一度伸びをしてから首を回した。バキバキと気前よく首の関節が鳴り響く。ついでに肩の骨も鳴った。


「これ以上聞いてもどうせわからん。ので、諦めた」

「あははっ」


 あっけらかんとした言い方が可笑しかったのか、ヴェーラが笑っている。カティも目を細めて、口角を上げる。そして改めて時計を見て――十八時十五分――尋ねた。


「ところでさ、二人ともお腹空いてないか?」

「はいはい! 減ってます! 減ってるよ! ぺこぺこ!」


 いきなり元気になるヴェーラである。先ほどまで表情に落ちていた影はすっかりと払拭され、いつもの天真爛漫な顔になっていた。


「うん。ベッキーはどう?」

「空いてますけど……。今日、食堂やってませんよね」


 一月の二日から学食が開いているはずもない。しかももう夜に差し掛かる時間である。カティはポケットから車のキーを取り出した。ヴェーラは目を丸くしてそれを見た。


「あれ? 免許とったの?」

「空軍と陸軍は教程の過程で取れるんだよ」

「そうなんだ! 良かったね、カティ」


 ヴェーラはそこでカティの意図を悟った。


「食べに行くってこと!?」

「そうしようか?」

「いいね! ドライブしようよ!」


 ヴェーラはカティの右手にしがみついて、何度か飛び跳ねた。カティは思わず、左手でヴェーラの白金プラチナブロンドの髪を撫でた。


「まだ初心者マークが外れてないけど、良いか?」

「カティなら大丈夫だよ。自動車の速度なら、全部止まって見えるでしょ?」

「いやいやいや……」


 カティは苦笑して、それを否定した。


「さ、ヴェーラ、ベッキー、行きたい店を決めて――」

「ピザ屋さん!」


 ヴェーラがカティの右腕に自分の腕を絡めながら高い声で言った。


「ぴざ?」

「うん、ピザ!」

「そんなんでいいのか?」


 カティはレベッカの方を振り返る。レベッカは「やれやれ」といった表情をしていたが、別に否定的な様子ではなかった。


「じゃ、ナビ頼むよ、ヴェーラ」

「まかせといて! 市内のピザ屋さんならどこでもわたしの脳内データベースに入っているよ!」

「……近場で頼む」


 カティは左手で自分の赤毛を掻きまわしながら、そうリクエストしたのだった。

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