シミュレータの中で

 カティがミサイルを放ってから約二秒後、六十機もの敵機からも多弾頭ミサイルが放たれた。カティの僚機たちもミサイルを放っていたが、相手は五倍もの数のミサイルである。両者の中央近くで数多くの弾頭が爆散したものの、それでも数百に上る弾頭はカティ達の方に突進してきていた。


「各個に退避! 戦艦の弾幕の裏に逃げ込め!」


 ロックオンアラートの豪雨に晒されたカティは、怒鳴りながら機種を返して戦艦<メルポメネ>の背後に回ろうとする。僚機たちもついてきたが、早くも二機がやられた。


『<メルポメネ>、ミサイル邀撃体制! <エラトー>、レーダー同期!』

『<エラトー>了解。レーダー同期完了、FCS火器管制システム、コントロール、ユーハヴ!』

『アイハヴ! 同期邀撃、開始!』


 ヴェーラの駆る<メルポメネ>、そしてレベッカの<エラトー>から、文字通りに弾幕が展開された。その艦体に装備された冗談のような数の対空砲が放つ光弾が一斉に空を覆い、迫りくる具合の悪くなる数の弾頭を次々と爆ぜ散らかしていく。


「とんでもない……!」


 カティはその第一波のミサイルを全弾やり過ごしたのを確認してから、再び機種を敵機に向ける。生き残った僚機は九機。まだ、やれる。


『カティ、敵機に取り付かれる前に群れを散らして!』

「り、了解だ、ヴェーラ」


 簡単に言うけど!


 カティは残った二発の多弾頭ミサイルも放ちつつ、一気にドッグファイトへと持ち込もうとする。敵機は散開して一気にカティから距離を離していく。その敵機の内、四機がカティの僚機によって撃墜された。それと前後して、カティが放ったミサイルによって三機が爆散している。十対五十三。まだまだ圧倒的に不利な状況であるところは変わらない。


「敵機、あれは爆装と雷装か」


 敵の機体は全てF/A201フェブリスだったが、フェブリスは多目的戦闘機である。装備次第で戦闘機にも爆撃機にも雷撃機にもなり得る汎用性を持っている。カティがざっと確認したところ、敵機はきっちり三分の一ずつ、戦闘機・爆撃機・雷撃機に分かれているようだった。


「……ということなら、まだ勝ち目はある」


 カティはオーグメンタを点火して、雷撃体制に突入しようとしている三機を猛追する。そのカティの後ろを三機の制空戦装備のF/A201が追いかけてきたが、それらはさらに後ろをついてきている二機の僚機に任せることにする。


 ロックオンアラートが煩く鳴り響くが、カティは目の前の三機にだけ意識を集中させた。純粋な速度でも、カティの駆るF108Pに分がある。追い付くのは難しくはない。


「ヴェーラ、雷撃機の接近には気付いているか!?」

『もちろん。でも今は爆撃機への対処に忙しい!』

「なら――」


 アタシが撃墜するしかないってことか。


 カティは唇を湿らせ、綺麗な編隊を構成している三機の真後ろにつけた。そして機関砲のトリガーを引く。たちまち最後尾を飛んでいた一機が火を噴いて空中でもんどりうってばらばらに弾け飛んだ。


「ショックアブソーバ、展開!」


 対ショックゲルを展開して破片から身を守る。完全にダメージを無くすことができるわけではないが、この防御装置があるのとないのでは雲泥の差だ。


 残り二機……!


 カティの後ろにつけていたF/A201はいつの間にかいなくなっていた。僚機の姿も消えていることから、おそらく撃墜に成功したのだろう。


 だが今はそれどころではない。雷撃距離までもう間がない。カティは敵機を正確に捉えて機関砲を放った。今まさに魚雷を投下しようとしていたその機体は、あっさりと誘爆して消滅した。あと一機! カティは翼を滑らせて海面スレスレにまで降下する。F/A201の機体下面が見える。それはもう既に、魚雷投下態勢に入っていた。


「すまん、ヴェーラ! 一機の雷撃を阻止できない!」

『……把握した! 大丈夫、やれる。ベッキーは引き続き弾幕を。爆装タイプの奴を追い回して! 投下させないで!』

『了解よ、ヴェーラ』


 空間を揺るがし気流を乱すほどの大弾幕が、その空域を支配している。


 カティは目の前の一機を早々に諦めて、かなりの高度を飛んでいる爆装タイプの一隊に狙いを定めた。


 その直後、複数のロックオンアラートが鳴り響く。首を巡らせると、すぐ後ろを多弾頭ミサイルが追ってきている。その後ろには十機近いF/A201が追いかけてきていた。爆装も雷装もしていないことから、制空装備の部隊だろうというところまではわかった。


『カティ、速度を上げて! 直進!』

「了解」


 追いすがる多弾頭ミサイル相手に直進で逃げるなんて、ただの自殺行為だ。だが、先ほどの大弾幕を目にしているカティは、その指示に従った方が生存確率が上がると踏んだ。


『<メルポメネ>、戦闘モード、ハルピュイアイレイザ! 目標、マーク!』

『了解、<エラトー>、FCS火器管制システムシフト。射撃同期完了、どうぞ!』

『――掃射開始バラージ!』


 二隻の戦艦が、カティと敵機の中間あたりを舐めるようにして対空火器を撃ち上げる。多弾頭ミサイルの弾頭群はあっけなく殲滅され、追いかけてきていたF/A201の半数をもののついでと言わんばかりに巻き込んだ。


「圧倒的じゃないか」


 カティは乾いてヒリついてきた喉を意識する。


 戦艦はもはや、アナクロニズムの象徴と化したのではなかったのか。その鈍重な巨体は、航空機の台頭によってと化したのではなかったのか。「大艦巨砲主義」とは、旧式オールドタイプを揶揄するための言葉だったのではなかったのか。


 その全ての疑問を、眼下の二隻のは鼻で笑い飛ばしていた。迫りくる魚雷をで爆砕させ、刺し違えで投下されてきた爆弾の雨を、これまたで防御した。カティの目からは、何が起きているのかサッパリわからなかったが、確かに二隻の戦艦は、で以て襲い来る攻撃の尽くを無力化していた。常識的に考えれば、明らかに飽和攻撃と呼べる状態に達しているはずだったが、この戦艦たちはそんな言葉を完全に無視していた。


 だがそうこうしている間にもカティの僚機は数を減らし、今やカティを含めて三機となってしまっていた。クリムゾン2および3として設定されているF108Pだ。対する敵部隊は、雷撃機部隊は殲滅、爆撃機部隊は半数を撃墜したが、半数には逃げられた。残るは制空戦闘機部隊だが、まだ十二機も生き残っていた。三対十二の格闘戦。常識的に考えて、生存確率はほぼゼロと言って良い。MIA行方不明を通り越してKIA戦死だろう。


『ベッキー、試験運用項目Bに移行するよ』

『了解』


 眼下の通信が聞こえてきたが、カティにはそこに注意を払う余裕はない。敵機は四機一組でカティたち三機を追いかけ回してくる。そしてそれぞれの技量がまた普通ではない。一機一機がカティをしのぐ操縦スキルを持っている――ハルベルト・クライバー級なのだ。必然的に逃げ回るだけで精一杯となる。クリムゾン2と3も反撃の糸口すら掴めずに、ひたすらに逃げ回っている。


『<エラトー>、独立邀撃モードに移行します。ヴェーラ』

『FCSユーハヴ。そのまま計画通りに!』

『<エラトー>了解、FCSアイハヴ。行きます』


 一呼吸置き、レベッカが聞きなれない言葉を発した。


『セイレネス発動アトラクト!』


 その瞬間、カティの視界が青とも緑ともつかない輝きに覆われた。同時に、カティの意識の中になんとも表現し得ないじ込まれてくる。


「なんだこれはッ!?」

 

 光の発信源はレベッカの操っている<エラトー>だった。エラトーを中心に、半径二十キロほどの青緑色の半球が生まれていた。カティ達もその半球体の中に飲み込まれている。気付けば、あれほどうるさかったロックオンアラートが鳴り止んでいた。レーダーの反応も消えている。左右を見れば、僚機がぴたりと並んでいた。


「なんだったんだ? 敵は?」


 カティは思わず気の抜けた声を出して、周囲をぐるりと見まわした。敵機も当然のようにステルスだから、「レーダーに映っていない」というだけでは信用ならないからだ。


 機体をぐるぐると動かしているカティに、ヴェーラからの通信が届く。


『カティ、敵機は殲滅したよ。次は試験運用項目C、敵艦隊の殲滅なんだけど、あとは見てくれているだけでいいから』

「殲滅……って、何をしたんだ、お前たち」

『これがの性能ってこと、みたいだね』

『私たちも初めての運用なので、全部が全部、未知数だったんですけど』


 レベッカがおずおずと言う。カティは思わず声を立てて笑った。馬鹿馬鹿しくなったのだ。


「こりゃぁじゃないか。二隻であっさりと制空権を取りやがった。その上、艦隊を殲滅するだって?」

『切り札だからね、わたしたちと、このは』


 ヴェーラの声が少し沈んでいた。実験は明らかに成功しつつあるというのに、ヴェーラはそれが面白くないかのようだった。


『ヴェーラ、まだ項目Cが残っているわ。一気に片付けちゃいましょう』

『そうだね』


 ヴェーラの短い答えの中に、カティはのようなものを見た気がした。


『さぁ、行きましょう。<エラトー>突入! ヴェーラ、続いて』

『了解。ベッキー、ターゲティングは任せる』


 淡々としたヴェーラの応答を確認しつつ、レベッカもまた淡々と処理を進めていく。


『レティクルコントロール、アイハヴ。ヴェーラ、同期シンクロ確認よろしく』

『<メルポメネ>、同期シンクロ、正常動作を確認。共時射撃、準備良し』

『目標、敵前衛部隊、駆逐艦六、軽巡洋艦二!』

『照準完了。射撃準備よし』


 上空を旋回するカティの眼下で、何やら準備が進められていく。カティは艦船の取り扱いに関しては完全に素人であったから、具体的に何がどうなっているのかはわからない。だが、明らかに言えることは、彼我の艦隊間の距離は、どう考えても有効射程距離を超過しているということだった。こんな距離から砲撃戦を準備しようとしている意味が、カティには理解不能だった。


『ベッキー、敵ミサイル駆逐艦より対艦ミサイル多数』

『モジュール・ゲイボルグ展開用意。射程に捉え次第発動』

『ゲイボルグ展開用意。共時射撃と同時に展開する』

肯定アファーマティヴ! 射撃開始カウントダウン、五、四、三……』


 海面が、そしてその周囲の空間が、鮮烈に光った。飛来してきた数十もの対艦ミサイルが、その青とも緑ともつかぬ光に触れた瞬間にきらめく粒子に変じたのをカティの目でも捉えることができた。もはやカティのはショート寸前である。シミュレータの中であるとはいえ、二隻の戦艦に関する事象は非現実的に過ぎる。こんなが出現して良いものかと、カティは感じていた。だが、これが現実のものになるのだとすれば、確かに起死回生の切り札になり得るのは間違いない。パワーバランスが一変すると言っても差し支えないだろう。


 二隻の戦艦が主砲を放った。超巨大なその艦体を覆いつくすほどの爆炎が上がり、だが、その炎も煙も一瞬にして


「槍……!?」


 カティの眼下には、一ダースもの巨大な槍が浮かんでいた。強いて言えば携帯式対戦車擲弾発射器パンツァーファウストにも似ている形だったが、その穂先は確かに鋭利に尖っている。前触れもなくそれらは推進力を持ち、展開している敵艦隊の先頭部隊に向かって突き刺さった。


 その瞬間――周囲の海域を巻き込むほどの大爆轟が発生し、空中にまで高く炎が吹き上げた。カティはそれに機体を炙られながら、眼下の地獄絵図を呆然と見下ろしている。もはや敵艦隊からの対空火器などあり得ない。カティはそう確信していた。それほどまでに今の一撃での被害が大きかったからだ。が直撃したのは全部で八隻の艦船だったが、それと同数以上の艦が巻き起こった爆発に巻き込まれた。


 たった一撃で約半数まで減らされた敵艦隊は、有効射程の外から砲撃を行ってきた。ミサイルも怒涛のように放たれてくる。カティの眼下の空間が一気に熱を帯び、上空一千メートルにいるカティの視界をも揺らした。


『無駄なこと』


 カティの耳に、ヴェーラの声が届いた。


 そこには一切の感情の類を感じることができなかった。

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