セイレネス起動実験

 


 カティはその顔全体に疑問符を浮かべた。


 フェーンはその反応に満足したのか、否か。ともかく、無表情なまま、小さく頷いた。


「我が国では現在、歌姫計画セイレネスシーケンスというプロジェクトを進めている。簡単に言えば、アーシュオンに対する切り札だ」

「切り札、ですか……」


 ここ数年押されっぱなしなヤーグベルテによる、起死回生の策、というわけか?


 カティは腕組みしたいのを我慢しながら考える。フェーンはふとカティから視線を逸らし、ヴェーラとレベッカを順に見た。


「ここにいるヴェーラ・グリエールと、レベッカ・アーメリングは、そのプロジェクトに於けるキーパーソンだ。このプロジェクトのために、二人はこの士官学校にやってきたと言って良い」

「そうなのですか」


 特別な待遇であることは知っていたし、この二人が特別な能力を有していることも知っていた。だから、カティはあまり驚かなかった。それだけ二人が、とも言える。


「今回はセイレネスシステムの起動実験だ。ゆえに我々は、この二人の精神的な不安定要因はなるべく排除した環境で行いたいと考えた。二人からもパートナーを選ばせてくれという申告があった」

「それで自分が指名されたと」

「そういうことだ」


 フェーンは後ろで手を組んで頷いた。相変わらず表情は乏しい。


「まぁ、メラルティンはパイロットとしても優れておりますからな、都合が――」

「その点は特に考慮に値しない、パウエル少佐」

「うむむ……」


 パウエルは浅黒い顔に苦笑を浮かべて頭を掻いた。


「君は学生の中では確かに圧倒的な能力を有している。だが、君程度の能力であれば、四風飛行隊の誰にも及ばない。既にボレアス飛行隊からメンバーを派遣しておいてもらっていたのだが」

「すみません、少佐」


 カティの左に立っていたレベッカが、小さく頭を下げた。フェーンは首を振る。


「君たちの要求を最優先にしろという通達が来ている。気にすることはない」


 最優先ときたもんだ、とカティは舌を巻いた。というのは伊達じゃないということか。


「さて、時間も押している。早速始めよう。ブルクハルト中尉、準備は」

『いつでも』


 モニタールームにいるブルクハルト中尉が、待ちくたびれたと言わんばかりの調子で応えてきた。フェーンは頷くと、クロフォードの方を振り返る。クロフォードも頷き返し、カティに視線を動かした。

 

「というわけで、あとはフェーン少佐に従ってくれ。俺とパウエル少佐は見学に来ただけだから」

「了解しました」


 カティは自分がいつも使っているシミュレータの方を見た。


「それで、自分はアレに乗れば良いのでしょうか」

「そうしてくれ」


 フェーンが言うのと同時に、部屋の中央に鎮座している二つの巨大な黒い箱の蓋が開いた。ヴェーラとレベッカは、その展開音の大きさにビクッと肩を震わせ、カティは目を見開いてそれを凝視した。黒い筐体の所々から、青とも緑ともつかない輝きが噴き出していた。それはさながらオーロラのようにゆらゆらと揺れ、薄暗くなった室内を洋々と照らしていた。


「さぁ、始めよう。早く実験データを寄越せと参謀部から催促を受けている」


 フェーンのその言葉を合図に、カティはほぼ自分専用と化している筐体に乗り込んだ。ヴェーラとレベッカも、それぞれの巨大な筐体の背面にある階段を利用して、中に乗り込んでいく。それを見届けてから、三人の将校たちは、ブルクハルトがいるモニタールームへと無言のままに移動した。


 フェーンは席に着くなり、マイクに向かって語り掛けた。


「本日の主目的は、ヴェーラ・グリエールおよびレベッカ・アーメリングと、セイレネスの戦闘モードとの同期を確認することである。カティ・メラルティン、君の役割は、二人の操作する艦船を護衛することである。僚機は君の同期数名のものを設定した。なお、敵部隊は、ハルベルト・クライバー級の一個艦隊分の飛行隊、および、一個艦隊とする」


 ハルベルト級が一個艦隊分!?


 カティは「正気かこの人は!」と本気で思ったが、口にするのは寸での所で踏みとどまった。だが、次に味方部隊の戦力を確認して、カティはそれ以上に驚くことになる。


 そこには味方の艦隊はおらず、たったの二隻の艦船がいるのみだった。モニタをタッチして詳細を見てみると、そこには「Battleship」という表示があった。


 Battleship戦艦だって!?


 この時代にまさかそんな単語を目にする機会が来るとは、カティは夢にも思っていなかった。最後の戦艦が現役を引退してからもう一世紀近くが経過しようとしている現在、Battleshipなどという単語はもはや博物館と歴史書の中でしか見ることのできない……はずだった。だが、今、カティの目の前には二隻のが映し出されている。それも距離感を誤るほどの桁外れの巨大さだ。至近距離を飛んでみてわかったが、その全長は標準サイズの正規空母の二倍はある。ジョークを言っているのかというくらいの数の武装が取り付けられており、三基備え付けられている三連装主砲に至っては、最新鋭の口径可変システムが採用されていると見て取れた。


「なんだ、これは……」


 カティは思わず呟いてしまう。その声を聞き付けたフェーンが、全く平坦なトーンで「どうした?」と訊いてくる。


「あの、こちらの艦船はこの、二隻の……だけですか?」

二隻では、おかしいかね?』


 おかしいだろう――と思いはしたが、その言葉は何とか飲み込んだ。


『戦力の詳細だが、君の方は君を含めてF108Pが十二機と、その二隻のだ。敵機は計六十機。艦船については君は把握していなくて良い。すべてヴェーラ・グリエールとレベッカ・アーメリングが対応する』

「五倍の敵機……ですか?」

『無理だと思うか?』

「は、あの、いえ」


 答えに窮するカティであった。


『私も正直に言えば、これは無茶な話だと思う。いきなりこのような指令を出されたなら、クロフォード中佐であれば取って返して上官を殴るだろう』

『おいおい……』


 無感情にさらりと放たれたフェーンの言葉に、パウエルとクロフォードが同時にツッコミを入れたのが聞こえてきたが、カティの頭の中はそれどころではない。意味の分からない状況、圧倒的に不利な戦力比。これが現実の戦闘であったなら、意味するものは即ちKIA戦死である。


『だが、君ならどうするね、カティ・メラルティン。無理だと思って諦めるか。か』

「自分は……」


 カティは言葉を探す。


 ヴェーラとレベッカに指名された以上、無様な戦いを見せるわけにはいかない。だから……。


「自分は、セイレネスがどんなものなのか全く知りません。ですが、戦えと言われれば戦います」

『それは、命令ならば、ということか』

「命令であれば勿論従いますが、それ以前に、自分はヴェーラとレベッカに応えます」


 カティの明確な言葉に、フェーンは数秒の間を置いた。


『……いいだろう。では、さっそく始めてもらおう』


 その直後、カティは限界ぎりぎりの距離に、敵機の集団を発見していた。


『こちらヴェー……じゃない、戦艦<メルポメネ>、クリムゾン1とのデータリンク開始。イージス、連動』

『戦艦<エラトー>、データリンクバックアップ開始。ソフトウェアリンケージ、ゲットレディ!」


 ヴェーラは戦艦<メルポメネ>、レベッカは<エラトー>を操っているようだ。カティは首を動かして眼下の巨大な海上構造物を眺め、そして視界いっぱいに広がった警告表示を瞬間的に確認、把握していく。そしてそれと入れ替わるように、数十個の照準円レティクルが一気に現れて、遥か彼方の航空機に収束していく。


「多弾頭ミサイル、フルロックオン!」


 カティは躊躇することなくミサイルを発射した。

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