配備される型落ち機

 クロフォードは地図に向かって、つまりパウエルには背中を向けて、じっと押し黙った。


「中佐?」

「俺の直近の交戦については知っていると思うが」

「中佐が昇進を逃がしたアレですな」

「それを言うな」


 クロフォードは振り返り、地図に背を預けた。その顔には苦笑が貼り付いている。


「それで、あの海戦が?」

「その時、アーシュオンの潜水艦に搭載されていたもの、何だったと思う?」

「ええと、試作SLBM潜水艦発射弾道ミサイルだったのでは?」


 至極常識的な回答をするパウエル。クロフォードは無表情に首を振る。


MIRVマーヴだよ」


 まるでファーストフード店で料理を注文するかのような気楽さで発されたその単語に、パウエルは一瞬硬直した。


「MIRV、ですか」


 MIRV――多弾頭独立目標再突入ミサイル――は、紛れもなく大量破壊兵器である。それらには多くの場合、核弾頭が採用される。ひとたび放たれれば、一発の弾道ミサイルによって、一ダースにも及ぶ数の核の弾頭が降り注ぐ事になる。


「少佐に隠しても仕方ないので言ってしまうが、俺が撃沈したのはただの潜水艦なんかじゃない。あれは、潜水艦をベースにした大規模なだよ」

「なんですと……」

「もちろん、この情報は極秘だ。敵方も単なる潜水艦艦隊に見えるように偽装していたし、衛星写真からもまず見抜けない代物だった」

「となると」


 パウエルは険しい表情を浮かべ、クロフォードの背中にある地図を見た。


「中佐はどこからかその情報を得た」

「うちの情報処理班は優秀だからな」


 遠まわしに肯定するクロフォード。パウエルは頷く。


「奴らも本気ということですかな」

「だろうな」


 クロフォードは地図に対してはすに構え、アーシュオンの本土を軽く掌で叩いた。


「アーシュオン本土からでも、ICBM大陸間弾道ミサイルの類はヤーグベルテにもちろん届く」


 その言葉に反応して、その地図上にいくつもの円形が浮かび上がる。それらはアーシュオンの弾道ミサイル基地および移動式ミサイルの発射予測位置を示していた。


「基地自体は、こんな具合にうんざりするほど存在している」

「とはいえ、その動きは我々ヤーグベルテにはほとんど筒抜けですね」

「そうだ」


 クロフォードは頷いて、地図を軽く払った。先ほどまで表示されていた円形がふわっと弾けて消えた。


「だが、例の洋上基地はな、完成間際に至るまで、ヤーグベルテとしては一切把握することができなかったわけだ。俺の情報処理部隊にしたって、独力では察知することはできなかった」

「いずこからのリーク、ですか」


 パウエルの眉間には深い皺が寄っている。


「まぁ、そんなところだ」


 クロフォードは肯いた。そして、腕をきつく組んで、パウエルを睨むようにして見つめた。


「実はここにも邀撃戦闘機が配備されることになった。滑走路は本物だからな」

「なんですと……」


 言わんとするところを察し、パウエルは擦れた声を発する。


「まさか候補生たちに……!?」

「備えだよ」


 その言葉を打ち消そうとするような語気で、クロフォードは答えた。そしてツカツカと自分のデスクの所へ戻ると、引き出しの中から紙媒体の書類の束を取り出して、パウエルに投げ渡した。パウエルはそれを怪訝そうな表情で受け取り、数枚をめくった。見る間にその表情が鋭いものになっていく。


「こんな型落ち機……!」


 そこに記されていた配備予定の機体は、F102イクシオン。一昨年の軍備編成見直しで、全機が現役から引退した機種である。機体の老朽化も進んでおり、とてもではないがまともな空戦のできるような機体ではなかった。搭載できるミサイルだって、すでに生産ラインは動いていないという代物だ。


「遺憾なことに」


 クロフォードはデスクチェアにドカッと腰を下ろしながら言った。


「ヤーグベルテの海軍は、危機的な状況にある。ここ数年の交戦回数は異常だ。主力艦の疲弊も甚だしく、実戦力は公表値の半数にすら満たない。かろうじて浮いているような老朽艦すら一隻と数えているくらいだ。もはや艦種などどうこういっていられるような事態ではない、そんな状況だ。軽巡の補充にコルベットが回ってきたなんていう話だって、ジョークではない」

「それほどでしたか」

「予算が足りないが、これ以上戦争関連財源を搾り取れるアテもないしな。専守防衛を馬鹿正直に掲げてきている我が軍だが、このままだと遠からずして予算が尽きる。専守防衛は無駄が多い上に莫大な金がかかるからな」


 溜息をつくクロフォードに対し、パウエルは少し肩を竦めてみせた。


「まぁまぁ。我が国家群は専守防衛、平和主義をこそアイデンティティとしておりますからな。とのたまう集団もおりますしなぁ」

「馬鹿げた話だ」


 クロフォードは一笑に付す。そして一呼吸置いて続ける。


「もっとも、これだけ戦争状態が続いているにも関わらず、多くの国民にとっては、もはや他人事ひとごとだ。どころか、個々の戦闘をサーカスとでも勘違いしている節もある」

「まぁ、能動的な軍事行動は、選挙にも影響しますからな。とはいえ、土足で領土領海に踏み込まれているにも関わらず、敵国本土の横面を張りにも行かないというのは、いささか腰抜け具合が過ぎるとは私も思いますな。我が物顔で居座っている島嶼とうしょだって現実には存在するわけですし」

「うむ」


 クロフォードは椅子の座面をくるりと回して、パウエルに背を向ける。


「イニシアティヴは常に盗人側にある。予算的にも体力的にも実に厳しいし、我が軍は確実に摩耗漸減させられていく」


 まったくもって。


 と、パウエルは心の中で同意する。


「正当な理由があったとしても、殴りに行ったらしたたかに殴り返されるかもしれない。何せ相手はならず者国家群。常識が通用しない相手というのは恐ろしいものでしょう」

「今の軍事体制では、むべなるかな。正直言って、アーシュオンの最新鋭艦には手も足も出んのが我が海軍の戦力の実情。まぁ、その辺については、国民の暗愚ゆえの怯えによるものとはいえ、実情に合った答えになっている。皮肉なものだな」


 このままではヤーグベルテは国家群として立ち行かなくなる。どころか、主権国家という体裁すら失いかねない。そんなことは自明の理だ。知らないのは無関心の大多数マジョリティである。そして、民主国家ゆえにそれは致命的だった。愚鈍であっても無知であっても無関心であっても、一人はなのである。


 マスコミは扇動者アジテイタとなり、塑像の世論を形成し、これこそが総意であると喚きたてる。多数を占める魯鈍ろどんな人々は、それをして多数派マジョリティであると信じ込み、さしたる自己検証も行わずにその流れに飛び込んでいく。未だに「戦争は対話で解決する」という論調を振りかざすメディアも数知れない。だが、実情はその段階をとうに超えているのだ。続く戦争を終わらせるのは、対話でも、専守防衛の標榜でも、平和主義の掲揚でも、戦争放棄の宣言でもない。


 必要なのは、圧倒的なの誇示である。


 そのための、なのだ。


「中佐? クロフォード中佐?」

「ん、ああ。すまない、他の事を考えていた」

「さようですか」


 書類に一通り目を通し終わったパウエルは、その束をクロフォードのデスクに置いた。


「しかし、イクシオンなぞクソ食らえですよ、中佐。あんなものを飛ばすくらいなら、おとなしく両手を上げた方がまだ生き残る可能性はある」

「まして未熟な候補生たちに、だ」


 クロフォードの声には、静かな怒りが込められている。


「そしてこのタイミングで中央政府のお墨付きのあの男、ハルベルト・クライバーの登場だ。俺たちの知らない所で、何かが動いている可能性があるな」

「確かに」


 パウエルは同意しつつ、部屋の出口の方へと向かって歩き始めた。機械の右足が微かな駆動音を立てる。


「パウエル少佐」

「なんでしょうか」


 呼び止められて、ドアの前で振り返る。


「君はというものを信じるか」

「いいえ」


 パウエルは一秒すら間を置かず、否定した。






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