一騎打ち

 クロフォードは自室でその模擬戦シミュレータファイトの模様を見ていた。隣にはシミュレータ教練の見学を終えて、少し興奮した様子のパウエルが立っている。クロフォードには喫緊で片付けなければならない書類があったのだが、突如訪れたパウエルがあまりにも「今すぐ見てください」と強く進言したため、やむなくそのデータを見始めた、というわけである。


 映像データの中ではまるで映画のように、二人の視点は鮮やかに無駄なく動いている。クロフォードの視線は、二つの空中投影ディスプレイに映し出された映像の間を忙しく行き来している。


「俺には二人が何をしているのか、まるでチンプンカンプンなんだが」

「私にも信じられませんよ、中佐」


 興奮しきりのパウエルである。クロフォードは腕を組んで、二つのディスプレイを交互に見つめている。


「この時期という事は、シミュレータ教練は始まったばかりではないのか?」

「始まったばかり、どころか、スカーレット1と表示されている学生は、今回が初めてです」

「……それでこうまで鮮やかに扱えるものなのか?」

「イスランシオ以来と言っても過言ではありますまい」

「『異次元の手』以来だと?」


 そこでクロフォードは一層興味が湧いたようだった。「異次元の手」エイドゥル・イスランシオ大佐は、ボレアス飛行隊の指揮官である。エウロス飛行隊の隊長、「暗黒空域」カレヴィ・シベリウス大佐と並ぶ最強の戦闘機乗りにして、ヤーグベルテの守護神だった。


「で、そのスカーレット1というのは――」


 その学生の素性を聞き出そうとしたところで、ディスプレイの中のスカーレット1――カティ――が、冷静な声で言う。


『スカーレット1、目標視認』


 クロフォードは目を細めてディスプレイの中を凝視する。しかし、見えるのは一面の空だけだ。


「……パウエル少佐、見えるのか?」

「自分にもまだ」


 その時、ハルベルトも声を上げた。


『シュバルツ1、敵機確認』


 それと同時に、ハルベルトのディスプレイの中の視点が大きく動いた。左手でシミュレータに装備されている仮想キーボードをすさまじい勢いで叩いている。


「少佐――」

「スカーレット1のECM電子的妨害手段を手動で解析しているのかと」


 半ば唖然とする二人の佐官である。そんなことはお構いなしに、ハルベルトは『FOX3』を宣言する。


 それと同時に、中距離空対空ミサイルが放たれる。


『AMRAAM!? ECMを抜かれた!?』


 スカーレット1が慌てて機動を変え、そしてこちらも仮想キーボードに向かって何かを打ち込んでいる。


「少佐、スカーレット1はいったい何をしようと言うのだ」


 クロフォードはあまりの視点の変化についていけなかったので諦めて視線を外し、傍らで前のめりになっている空軍教練主任の横顔を見上げた。パウエルはまるでスポーツ観戦でもしているかのように白熱していた。昔の血が騒いででもいるのだろうか、とクロフォードは思う。……というくらい、空戦の素人であるクロフォードは、その模擬戦の様相についていけずにいた。


「もしもーし、パウエル少佐?」

「あ、これは失礼。スカーレット1はリアルタイムにMCS機動制御システムを書き換えていたようなのです」

「機体搭載のソフトウェアを? 戦闘中に?」


 画面の中ではそれでもハルベルトの方が優勢だった。放たれたミサイルは未だしつこくスカーレット1のF108Pを追い続けていたし、レーダーの表示によれば、ハルベルトの機体もぴたりと後ろにつけていた。距離はあるが……。


『シュバルツ1、FOX2!』


 さらなるミサイルが放たれる。が、スカーレット1は急上昇からの反転宙返りを見せ、その過程で機関砲を放った。その弾は今まさに放たれたばかりのミサイルに吸い込まれ、そのミサイルを派手な爆炎に変じさせた。


「ミサイルを機関砲で?」


 それがどれほど芸当なのかは、クロフォードにでもわかる。パウエルはまるで自分が褒められたかのように、少し誇らしげに胸を反らす。


 そこから二機は、ともえ戦に突入する。追って追われてを繰り返し、機関砲での応酬が続く。そこで第三の空中投影ディスプレイが出現した。そのカメラアングルは、二機を少し離れたところから追いかけているようなものだった。隙あらばミサイル、隙あらば機関砲。双方の機体からありとあらゆる火器が放たれていくが、ともに致命弾には至らない。


「少佐、あんな機動をして、パイロットは大丈夫なのか?」

「シミュレータとは言え、相当な負荷がかかっているでしょうな。その辺り、あのシミュレータは嫌味なほど忠実に作られておりますから」

「……ううむ」


 唸るクロフォード。これはとんでもない奴がいたもんだ、というのが彼の現時点での感想である。


「で、パウエル少佐。シュバルツ1はだろう? 学生と同レベルというわけではあるまいな?」

「ええ。シュバルツ1、ハルベルト・クライバーは制空戦闘では劣る機体に搭乗しています。その上、確実にスカーレット1を押しています」

「押している? そうなのか?」

「ええ。システム書き換えも、彼の方が圧倒的にスピードがある上に正確です」

「そりゃ、シミュレータが初めてな学生と比較するのは酷だろう」

「確かに」


 真面目な表情で頷くパウエルを横目で見て、クロフォードは苦笑する。


「言えるのは」

『そろそろ本気で行くわよ、スカーレット1』


 クロフォードが何かを言おうとした表紙に、ハルベルトが言葉を発した。


『なっ!? 通信を奪われた!?』


 スカーレット1の声に緊張が走る。通信回線は互いに排他であったはずだが、いつの間にかハルベルトはその回線を奪っていた。


『空戦は機動だけじゃないのよ、わかる?』

『舐めた真似を!』


 激昂するスカーレット1だったが、この時点でハルベルト機の機動が明らかに変わってきた。今までの戦いが何だったのかというくらいに、傍目にもわかるくらいにスカーレット1を翻弄しはじめた。


 たちまちハルベルトのF/A201がスカーレット1を追い詰めていく。F108Pは果敢に後背につこうと機動しているが、その全てにおいて先手を取られていく。スカーレット1のシミュレータ内部ではロックオンアラートが絶え間なく響き渡り、それに動揺しているのか、スカーレット1の視線の動きがせわしなくなってきている。


 そうこうしているうちに、スカーレット1がハルベルトの機体をロックオンする機会を得た。


『FOX2!』

『うふふふっ』


 緊迫したカティの声と、遊んでいるかのようなハルベルトの笑い声。それこそが二人の余力の差だった。


 F/A201は急に機動方向に対して垂直に機体を立てつつ、これでもかとフレアを振りまいた。空中にフレアの花が咲き、スカーレット1の放った多弾頭ミサイルはその尽くが光の球体の中に吸い込まれていく。


『うっ!?』


 スカーレット1の呻き声が響く。その時にはすでに、上下反転したF/A201がスカーレット1の視界の目前に迫っていた。そしてその両翼に取り付けられていた対地ロケット砲が火を噴いた。一ダースばかりのロケット砲弾が轟然と向かって――。


 映像はそこで突然終了した。


「以上です、中佐」

「以上です、と言われてもな……」


 クロフォードは背もたれに全力で身体を預けながら呻いた。正直なところ、二人が別次元の戦いを繰り広げていたところまでは何とか把握できたものの、具体的に何がどう凄かったのかについてはサッパリわからなかったのだ。


「さっきも言いましたが、この学生のスキルは異常値です。センスと言っても良い。スコア的に二番手のエレナ・ジュバイル、あるいは三番手のヨーン・ラーセン、この二人にしても異常値と言えるレベルの腕なのですが、二人はいわゆる大学出組。エレナ・ジュバイルは航空力学の博士でもあり、航空機の操縦経験も有しています。ヨーン・ラーセンについてもセスナのライセンスを有しています」

「で、そのスカーレット1というのは――」

「カティ・メラルティンという学生です」


 やや食い気味になったパウエルの返事に、クロフォードは「ふむ?」と腕を組んで天井を睨んだ。


「メラルティン……。もしや」

「はい、例のユーメラの漁村襲撃事件の唯一の生き残りです」


 クロフォードの記憶の中にも、カティ・メラルティンという学生のデータはしっかりと格納されていた。カティ・メラルティンは、例の二人――ヴェーラ・グリエールとレベッカ・アーメリング――に次ぐ要注意人物、言い換えれば重要だった。クロフォードにしてみれば、確かにあの襲撃事件は古今類を見ないほどの残虐なものだった。しかし、その全容が不明だからと言って、その生き残りをして十年を経た今もなお重要保護対象とするのは、いまひとつ腑に落ちないものがあった。


 中央政府は何かを隠しているのでは?


 カティのデータを目にした時、クロフォードはそんな疑念を持ったものだ。


「……メラルティンに関しては引き続きマークしておくように」

「了解です、中佐」


 パウエルは仰々しく敬礼してきた。「それで」と、クロフォードはその褐色の肌の偉丈夫を見遣りながら、右手の人差し指でデスクの天板をコツコツと叩いた。


「あのハルベルト・クライバーという男。中央政府から派遣されてきた人材だそうだが、一体何者なのだ。見た目や所作とは別に、俺はなにやら不吉なものしか感じないのだが」

「それは自分も同意です」


 パウエルは腕を組む。


「もっともらしい経歴は書き連ねられていましたが、自分の友人の調査によればどうにも怪しい所が多いらしく」

「友人?」

「イスランシオ大佐です」

「……それはまた、確度の高い情報だな」


 クロフォードは顎に右手をやって考え込む。あの「異次元の手」とも呼ばれるイスランシオ大佐は、情報戦に関しても超一流だと言われているし、その能力で以て彼の指揮下のボレアス飛行隊は、四風飛行隊の中でも優位に立っているという噂もあるくらいだ。この目の前のエリソン・パウエルもかつてはイスランシオとくつわを並べた英雄の一人。友人関係が今もなお続いていたとしても何ら不思議はない。


「曰く、情報の整合性が取れ過ぎている、とのことで」

「結構な事では、ないな」


 クロフォードはニヤリとした。彼もまた情報戦のエキスパートである。第七艦隊が強力無比でいられるのは、クロフォードの作った情報処理部隊のおかげであるとも言える。常にアーシュオンの先手を行くからこそ、先のSLBM発射阻止という大戦果を挙げることができていたりもする。


「言うなれば、中央の連中がそこまでして隠蔽工作をする必要がある男だということか、ハルベルト・クライバーは」

「そうなりますな。ただ、凄腕であることは間違いありませんし、さしあたってはメラルティンら学生の仮想敵として頑張ってもらう事として」


 パウエルは言いながら、「そうだ」と冗談めかして手を打った。


「このままいけば、トップの三名なら、実戦配備も可能かもしれませんよ」


 実際にはあり得ない話である。だが、パウエルの目にはカティ達の実力はそれほどのものに映っていたのだ。無論、それは冗談のつもりで口にしたことであったのだが、クロフォードは一転、険しい表情を浮かべて頷いた。


「……それも必要かもしれん」

「は?」


 冗談に真顔で反応されて面食らうパウエルである。クロフォードはおもむろに立ち上がると、壁に掛けられた大きな地図の前に億劫そうに移動した。




 





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