フォックス2!

 まだ自由自在とは行かないがッ!


 カティは目の前の敵機を追うことに全神経を振り向ける。露払いは二番機のエレナに任せきる。超音速での接近格闘戦ドッグファイトは、G加速度との戦いでもある。ひいては己との戦いである。視界が赤く染まるほどのGがカティの身体に掛かり、しかしそれでもカティはまるで猟犬のように獲物を追い詰めていく。


『スカーレット2よりスカーレット3、新手の敵三機、スカーレット1に近付けさせるな!』


 エレナから三番機へと指示が飛ぶ。すぐに三番機のパイロットが反応する。


『スカーレット3、了解』


 カティは視界の隅で、三番機が編隊から外れたのを確認し、そして真正面に焦点を戻す。エメラルド色の戦闘機が極至近距離で背中を向けている。


「エメラルド1、悪いな!」


 ロックオン――!


 躊躇いもせずにミサイル発射ボタンを押し込む。右翼のパイロンからミサイルが一基放たれ、逃げ惑うエメラルド色の機体を追尾した。エメラルド1はフレアを振りまいて逃げようとしたが、それには彼我ひがの距離が近すぎた。カティは機関砲を一連射して威嚇し、さらなるロックオンを重ねる。


 だが、二発目は必要なかった。ミサイルがエメラルド1の機体に吸い込まれ、大爆発を起こしたからだ。脱出シーケンスも間に合わなかったに違いない。


「スカーレット3、状況は」

『二機撃墜、一機は――』

「目視で確認した。アレはアタシが仕留める。スカーレット2、状況を」

『戦闘空域内、残りはその一機』

「了解。スカーレット2および3はアタシの支援に回れ。速攻で片をつける!」

『了解』


 接近してくる敵機、ブロンズ3は、飛び方がおぼつかない。だが、容赦はしない。


 カティは唇を舐め、トリガーに指を掛け直す。


 そして、ヘッドオンからの多弾頭ミサイル発射。ブロンズ3もやぶれかぶれに多弾頭ミサイルを放ってきた。双方のちょうど中央あたりでそれらが迎撃に迎撃を繰り返し、膨大な熱量と共に爆散していく。その相互消滅を免れた数基のミサイルがカティを目がけて突進してきたが、カティはそれらを危なげなくくぐる。ブロンズ3も直撃は免れたらしく、果敢に機関砲を放ちながら突撃してくる。


「当たるものか」


 カティは悠々とその弾道を読み切り、ブロンズ3をかすめるようにして一旦距離を離す。そしてそのまま機体をひねり込んで追尾飛行に移行する。その僅か十秒後には、ブロンズ3を機関砲の一連射だけで戦闘不能に陥らせていた。


「ふう……。スカーレット2、新手は?」

『いないわ。制空権の奪取を確認』

「ミッションコンプリート」


 カティは息を吐きながら宣言した。


 たちまち、周囲が暗転し、ゆっくりとが開く。


「お見事」


 頭を振りながらそのフライトシミュレータの筐体から出たカティを、野太い声が出迎えた。視線を上げると、そこにはがっしりした体格で茶褐色の肌の持ち主が腕を組んで立っていた。カティはしばらくこの人物が何者であるのか考え、そして弾かれたように敬礼をした。空軍教練主任、エリソン・パウエル少佐であると思い至ったからだ。


 彼はかつて、かの四風飛行隊のボレアス飛行隊に所属したエースの一人であった。現在の超エースであり、国家的英雄でもある「暗黒空域」カレヴィ・シベリウス大佐、そして「異次元の手」エイドゥル・イスランシオ大佐と並び称された事もある伝説の人である。しかし、四年前のアーシュオン邀撃ようげき戦に於いて右足を負傷して戦闘機を降りた。それ以来、教官畑で多くの学生を育ててきた人物であった。


 パウエルは部屋の隅で端末を操作していた教官に向かって尋ねる。


「ブルクハルト中尉、シミュレータは何回目か」

「実機は今日が初めてです」

「……信じられん」


 その感想は本物だった。パウエルが育ててきた空軍パイロットは数百人に上るが、その大半はほとんど例外なく、初回のシミュレータでは飛ぶのが精一杯だ。どころか、離陸に失敗する者すら少なくないのだ。


「君、名前は?」

「カティ・メラルティン、であります」

「メラルティンか」


 パウエルは素早く記憶を検索する。すぐにその名前と素性が記されたデータが呼び出されてくる。


「もしや、あのユーメラの……」

「肯定であります、少佐」


 杓子定規に応じるカティに、パウエルはそのいかつい顔に苦笑を浮かべてしまう。


「今すぐ四風飛行隊に推薦したいくらいの才能だな。恐ろしい程だ」

「恐縮です」


 カティは沈着冷静を装う。が、内心は飛び上がって喜びたい気持ちでいっぱいである。何せ、空軍の伝説的パイロットの一人から、そんなことを言われたのだ。喜ばないはずがない。カティは必死にその心情を押し隠していたのだが、歴戦のパウエルにはすっかりお見通しだった。


 パウエルはあまりの驚きに、スカーレット1であったカティの事ばかり褒めてしまったが、スカーレット2、スカーレット3についても十分に注目していた。他の学生の操る機体とは、まるで格が違ったからだ。ブルクハルト中尉からの事前レポートにも、この三名については「突出した技量才覚が見込まれる」と記載されていた。その報告はまったくもって正確だったということになる。「群を抜く」とか「ダントツ」という表現は、彼らのためにあると言ってもいいくらいだとパウエルは感じていた。


「中尉、クロフォード中佐にも今のデータを送っておいてくれ。あとで俺から説明する」

「承知です、少佐」

「よろしく頼む」


 パウエルはそう言うと、きょろきょろと周囲を見回し始めた。


「ところで中尉、はまだ来ていないのか?」

「先ほど姿を見ましたが」


 ブルクハルトは立ち上がって少し爪先立ちになり、広大なシミュレータルームをぐるりと見まわした。すると、パウエルの背後から「ここよ」と声が上がり、人の気配をまるで感じていなかったパウエルは驚いて振り返った。その時、右足の義足が微かな駆動音を立てた。それが聞こえるくらい、室内は静まり返っていた。


 シミュレータから出てきた多くの学生が注目する中、パウエルが目の前で直立不動を維持しているカティに訊いた。


「疲れているとは思うが、彼と一騎打ちをやってみてはくれないだろうか」

「了解であります」


 カティは敬礼すると、さっそく出てきたばかりの筐体に滑り込んだ。ヘルメットを被りながら、カティは少し首を傾げた。


 ここよ――。


 あの声、聞き覚えがあるような?


 なんとなくだが、金髪碧眼のイメージが浮かばないでもない。だが、そんな顔は記憶にはなかった。声のイメージから金髪碧眼になったのだろうか。……まぁ、いまは置いておこう。


「スカーレット1、準備OKです、教官」

『OK、メラルティン。彼は強敵だけど、気楽にやってくれ』

「……了解しました」


 カティが返事をすると同時に、筐体の中が暗転した。


『クライバーはアーシュオン艦隊所属、メラルティンはエウロス所属機と設定する。クライバーの乗機はF/A201フェブリス。メラルティンはF108Pパエトーン』

 

 その発表がされた瞬間、室内がざわめいた。


 カティの機体、F108Pは、未だ先行試作機が数機配備されているだけの最新鋭戦闘機で、世界最強の制空戦闘機という評判だ。実際に挙げている戦果も、前評判以上に凄まじいものがある。未だ一機も墜とされていないが、撃墜した戦果は一機当たり二十八機にも及ぶ。


 対するF/A201もアーシュオンの傑作機ではある。だが、その実態は多目的戦闘機であり、純粋な制空戦闘においては、F108はもちろんのこと、F107相手でも互角に持ち込めれば御の字というレベルの性能だ。つまり、F108Pとの一騎打ちともなれば、もはや戦う前から勝敗は決しているというくらいの性能差がある。


「これは面白そうだな、ブルクハルト中尉」

「でしょう?」


 二人の将校がニヤニヤしながらそんなことを言い合っている。


「F108Pのデータ化には三日もかかりましたよ」

「三日!? 三日で作ったのか、中尉」

「ええ。解析から数えて三日です」

「……恐ろしいな、このデータマニアめ」


 パウエルがそんな言い回しで、ブルクハルトを称えた。しかし褒められたブルクハルトは、特にこれと言った反応を見せない。ブルクハルト自身では、別にそれほど大したことをした覚えはないのだ。なので、そこまで褒められる意味がわかっていない。


 ブルクハルト中尉といえば、軍の中では(中尉という決して高くない階級であるにも関わらず)かなりの有名人である。数々のシステム構築を同時並行的に手掛けてきた凄腕のエンジニアであるという評価は、誰もが知っている。正確無比なプログラミング技術はもはやだとも言われているし、システム構築関連の著作も多い。最近ではエンジニア系国家資格の試験問題を作成したりもしている。とにかく激忙なはずなのだが、いつでも飄々と仕事をこなす超人でもあった。挙げている実績だけを考慮すれば、とっくに「中佐」であってもなんらおかしくない人物であったが、肝心の本人に全く出世欲がないのだ。どころか、「雑務が増えるのがイヤ」という理由で昇格を拒んでいるという噂さえあった。そんな一風変わった人材ではあったが、「ヤーグベルテ最高の技術屋」という評価は、おそらく誰に聞いたとしても変わらないだろう。


「さて、少佐、始まりますよ」


 ブルクハルトはそう言うなり、教室隅の指定席に悠々と収まった。パウエルはカティの筐体に寄りかかるようにして立ち、ゆっくりと腕を組んだ。


 まるでそれを合図にしたかのように、シミュレータルーム正面にある巨大なディスプレイに、二人の視界が表示された。



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