超常の男?

 試験は前評判の通りに、異常な難度だったと言っても良いだろう。ひたすら試験対策に励んだカティにしても、問題文の意味からして把握するのが難しかったくらいだ。というのも、問題文がアーシュオンの公用語で書かれていたからだ。空軍のパイロットは第一敵性後であるアーシュオンの公用語をマスターしていなくてはならない事になっており、この数ヶ月間に渡ってびっしりと特訓されていたのだが、そんな程度では専門用語テクニカルタームが羅列されるような航空力学の問題文など読み解けるはずもない。


 多くの学生がこの時点で脱落した。カティは「気合いと直感」で問題文を読み解いた。本人的には半ば自棄ヤケだったのだが、それでも大きな誤りもなく解答することができていた。言語センスと、積み上げてきた努力と、類まれな直観力が上手く嚙み合った結果であった。


 試験結果は試験の翌日には発表された。教官曰く「点数をつけるに値しない答案が多かった」。だが、その中でもカティはトップの成績を収めていた。博士号を持つエレナは予定通りに試験が免除されていたのだが、もしエレナが受験していればやはりカティは二番手に甘んじていただろう。


 この出来事を境にして、周囲の所謂「大学出組」からのカティへの評価は急変した。カティの実力が本物だということが証明されたというわけだ。


「カティさんは勉強も本当にできるのね」


 採点済みの答案をカバンにしまいながら教室をそそくさと出ようとした時、大学出組の女子の一人がカティを追いかけてきた。カティが思わず足を止めると、他の女子もまたカティの周囲に群がってきた。


 突然のこの状況にカティは戸惑い、何とか逃げ出そうとするが、周囲を取り囲まれてしまっていてそれもままならない。


「えと、な、なんなんだ」

「カティさんは高等部からいるんですよね?」

「そう、だけど」


 カティは言いながら教室を見回した。女子たちより頭一つ分以上も背が高いので見晴らしは良い。


「エレナ」

「良かったわね、人気者になれて」


 エレナはそう言い残すと足早に教室を出て行ってしまった。カティはエレナがなぜ不機嫌なのかが理解できず、戸惑ってしまう。その間にも女子たちはカティの事を聞き出そうとあれこれ質問を投げかけてきている。


「あー、もう! アタシを一人にしてくれないか。苦手なんだ、こういうの!」


 ――と今まさにキレつつ言おうとした途端、ポケットの中で携帯端末が震えた。発信者はヴェーラだ。もっとも、カティに電話をかけてくるのはヴェーラくらいしかいないのだが。


『カティ? ヴェーラだよ! 講義終わった? 試験どうだった?』

「ああ、今終わった。試験は……悪くなかった」


 騒がしかった女子たちは、電話の内容に聞き耳を立てているがごとく静かになっていた。教室の後ろ側では、ヴェーラのよく通る明るい声だけが響いている。


『よかった。うん、ねぇ、お茶しようよ!』

「ああ、いいな。わかった」

『じゃぁ、ロビーで待ってる』

「了解、すぐ行く」


 会話を終えると、女子たちはすぐにまた口を開いた。


「カティさん、デート? デートですか?」

「……そうだ」


 どうでもいいじゃないかと思いつつも、立ち去る口実にもなるので肯定しておく。女子たちは案の定、ワイワイと会話を再開し始める。言うまでもなく、その会話の燃料となったのは、カティのデート発言だ。


 カティは辟易しながら女子の群れをかき分けて教室を出る。そしてドアを閉め、一息つく。カティの背後のドアの向こうでは、女子たちのさして内容のない会話が続いている。彼女らの好奇心の矛先は、カティ本人からカティのデート相手に向いているようだった。


 刹那的な奴ら。


 カティは首の凝り固まった筋肉をほぐしつつ――。


 ん?


 頬のあたりに視線を感じてカティは廊下の先の方を見る。隣の教室の出口、距離にして十メートル程度の場所に、士官学校に似つかわしくない身なりの人物が、壁に寄りかかって立っていた。


「やぁ」


 声は男、だが。


 カティは少し戸惑った。なぜならその人物の緩やかなウェイヴを描くロングヘアや顔立ち、仕草に至るまでが女性のそれだったからだ。そうまでしていながら、服は男物のスーツだ。しかもシャツやネクタイに至るまで、黒一色の。


 その男(?)は壁から身体を離し、優雅に腕を組みながらカティに近付いてくる。


「あたしは、ハルベルト・クライバー。初めまして」

「え、えと……?」


 未だ混乱状態から回復できないカティである。男――ハルベルトは口元に右手を当てて、喉を鳴らすようにして笑った。


「生物学上は男と言えるわね。でも中身は女。そしてコンセプトは男装の麗人」

「はぁ……」


 絵に描いたような金髪碧眼の美少女。ハルベルトの外見はまさにそれだ。当然ながら、カティの知り合いにはこんな不審人物はいない。


 また、ハルベルトの外見はまごうこと無き美少女だったのだが、纏っている雰囲気的にはの年代ではないかもしれない。カティはハルベルトの雰囲気から推察して、「自分の年齢よりも上かも知れない」と感じ取っている。纏い放つオーラと見た目年齢のギャップが、カティの混乱に拍車をかける。


「あの、もしかして、教官殿ですか?」

「教官?」


 ふふ、とハルベルトは笑いながら訊き返す。その時、教室のドアが開いて女子たちが顔を出した。


「あ。カティさんまだいた」

「ちっ……」


 油を売るから――。


 カティは思わず舌打ちする。ハルベルトは優美に腕を組んだ姿勢のまま、女子たちの方を一瞥した。するとまるで逆再生したかのように、女子たちが教室の中へと引っ込んでいく。


 なんなんだ?


 不思議に思うと同時に、ゾッとしたというのも事実だ。


 カティが何かを言おうと思案し始めるのと同時に、ハルベルトは右手の指をパチンと鳴らした。


「少し歩きながらお話しましょ」

「いや、あの、約束が――」

「ヴェーラとレベッカでしょ?」


 ハルベルトはさらりとそう言い、カティはその名前が出てきたことに驚いた。


「知り合いなんですか?」

「さぁ」


 ハルベルトは腕組みを解いて、ことさらに大袈裟に肩を竦めてみせる。


「そもそもだけど、あなたがつるんでる相手と言ったら、あの二人のくらいなものでしょう? 簡単な論理よ」

「まぁ、そうだけど」


 何か違和感を覚えないではなかったが、言われたことは事実だったので素直に肯いてしまうカティである。


 ロビーの方へ向かって歩き始めながら、カティは尋ねる。


「それで、話って?」

「せっかちね」


 ハルベルトはカティの右隣に並ぶ。二人には頭一つ分以上の身長差がある。言うまでもないが、カティの方が圧倒的に背が高い。傍目に見れば男子生徒が二人で歩いているように見えなくもない。


 数十歩も無言で歩いてから、ようやく「エレナ」――ハルベルトが口を開いた。 

 

「エレナ?」

「知ってるでしょ」

「もちろん」


 思わず立ち止まったカティを追い越し、ハルベルトは肩越しに振り返る。緩やかに波打つ金髪が、ふわりと揺れる。


「彼女、どう思う?」

「どう……って?」

「ふふ、いきなり訊かれても困るわよね」


 ハルベルトのその口調に、カティは何故だかカチンとくる。


「いきなり現れた得体の知れないやつに、そんな変な質問をされる道理はないだろう」

「得体の知れない……確かにそうね。まぁ、そんなことは近いうちにわかるわよ」

「近いうちに?」

「いいじゃない、そんなこと」


 ハルベルトはふふっと笑った。その声が女のものであったのなら、男であればコロッと行ってしまうんだろうなとカティは何となく思う。だが生憎、カティは女だったし、ハルベルトの声は紛れもなく男のものであった。つまりその動作は、カティの神経を逆撫でしただけだった。


「ちょっとした老婆心。今日は忠告しにきたのよ」

「本題に入ってくれ。ヴェーラたちを待たせているんだ」

「そうね」


 ハルベルトはまた歩き出した。カティもその後ろをついていく。本当は駆け足でロビーに向かいたい気分なのだが、そこはグッと我慢する。


「カティ、あなたはじゃない。だから、じゃない連中に、あなたは見られている」

「……意味が分からない」


 ――とは言ったものの、その瞬間、カティは十年前のあの事件に思い至っている。あの男はじゃなかった。間違いなく。


 だが、自分までじゃないと言い切られるのは、なんだか癪だった。それじゃまるで、自分がいたせいで家族も友人も知り合いも皆、殺されたようなものではないか、と。


「あなたが認めたくない気持ちはわからないでもないわ。でもね、これは事実。これは現実。あなたは――」

「何を言ってるのかサッパリわからない」


 カティは首を振って、ハルベルトの言葉を中断させた。


「まるで何もかも知ってるような口ぶりだが。あんたはそもそも何者なんだ」

「ふふ」


 ハルベルトは緩やかな動作で髪をかき上げた。そしてカティの方に向き直る。必然的に、カティは急停止することになる。カティは思わず舌打ちした。が、ハルベルトはそんなことにはお構いなく、悠然と微笑を浮かべて腕を組む。


「あたしは、じゃない存在のうちの一つ。あたしもまた、あなたのに注目している」

「アタシの未来?」


 何を言ってるんだこいつは、とカティは腕を組んだ。廊下の真ん中で仁王立ちである。そこでカティははたと気が付く。廊下にはぽつぽつと学生たちがいた。見知った顔もある。だが、誰一人として二人を見ていないのだ。カティほど目立つ人物が、おかしな身なりの男とも女とも付かぬ人物と連れ添って歩いているのだ。声までは掛けないでも、視線だけは集めるはずだった。だが、誰一人、まるで二人に気が付いていないかのようだ。


 まるで空気にでもなった気分だな、これは。


 事ここに至って、自分が何らかの不思議な現象に巻き込まれているのではないかと知覚するカティである。だがカティは現実主義者リアリストであったし、オカルトなものは小説や映画の中だけで十分だと思っている性質たちである。


 状況に戸惑うカティに、ハルベルトはまた笑いかける。


「話を最初に戻すけど、エレナ・ジュバイルにはあまり肩入れしない方が良いわよ。距離をとる方が、あなたの――」


 不意にハルベルトは言葉を切り、その蒼い瞳でカティの背後あたりを睨みつけた。その視線には先ほどまでの優雅さはなく、ただひたすらに先鋭だった。


「……そうね」


 ハルベルトは面白くなさそうな顔で頷いた。カティにしてみれば、何が「そうね」なんだかまるでわからない。


「わかったわ」

「何を一人で勝手に……」


 カティはハルベルトに詰め寄ろうとした。が、それ以上は足が動かない。言葉も出ない。ただ、ハルベルトの冷たい色の瞳が、カティをじっと捉えていた。


「ひとつだけ、断言してあげるわ」


 ハルベルトはふっと表情を緩めた。完璧な調和――その表情を表現するなら、そういうことになるだろう。カティはハルベルトが男であるという事を、うっかり忘れそうになった。


「あたしは、あなたの敵じゃないわ」

「どういう――」


 それはつまり、アタシに「敵」が存在しているという事なんだろうか。


 カティは瞬間的にそう考える。十年前、カティから何もかもを奪った、ヴァシリーのような、敵……?


「いったいそれはどういう意味なんだ」

「残念ながら、嫌でも認知わかる日が来るわ」


 ハルベルトはそう言うなり――。


 


 




 

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