上級高等部へと

 西暦二〇八二年十月、ヴェーラたちは揃って上級高等部へと進んだ。上級高等部はヤーグベルテのシステム上では大学に相当する。そのため、順当にいけば四年で卒業し、将校として軍に配属されることになる。上級高等部は、陸・海・空に分かれていたが、基本的には同じ校舎で学ぶことになる。ついでに言えば、高等部とも同じ建物である。なので一般的には、「上級高等部選抜試験」に合格したならば、七年間は同じ校舎に通う事になる。


 この「上級高等部選抜試験」というのが曲者で、基本的には高等部全員が受けるのだが、一発勝負なうえに、全体の合格率が毎年安定して三十パーセントを切るという難易度だった。だが上級高等部を卒業すると、出世の最短コースに乗ることがほぼ確定する。そのため、どの学生も必死になって受験対策を行ってくるというわけだ。


 ヴェーラとレベッカも例外なく試験を受けたのだが、二人はほとんど満点というスコアであっさりと合格した。カティはというと、コツコツと勉強を続け、最終的にはヴェーラとレベッカによる特訓を受けたおかげもあって、危なげなく合格を勝ち取った。ヴェーラとレベッカは天才であると同時に、優れた教師でもあったわけだ。


「合格は二人のおかげだ」


 カティは士官学校敷地内に設置されている喫茶店に二人を連れ出し、一番高いケーキ(ガトーショコラ)を奢っていた。カティの経済状況は決して明るくないとはいえ、そこまで貧窮しているわけでもない。カティが貧乏なのは、紙媒体ペーパーメディアの書籍を衝動買いする癖があるから……というのが要因として大きい。


「合格できたのは、カティが頑張ったからです」


 最近になってようやく、レベッカも「さん」付けをやめた。ともかくもそんな大人びた対応をするレベッカだったが、その頬にチョコレートが付いていたから、いまいち格好がつかない。ヴェーラがすかさずそれを指で取ってペロリと舐めたりしているのを見て、カティは知らぬ間に目を細めていた。


 この喫茶店は、食堂と違ってほかの学生の視線がダイレクトに来ないので、カティにとっては居心地がよかった。難を言えば、コーヒーやケーキのお値段が、バイトもしていない身分のカティにしてみれば割高だということか。


「美味しい美味しい」


 ヴェーラはそう言いながらガツガツとケーキを食べている。普段あまり甘いものを食べているのを目にしていなかったから、太るのを気にしているのかな、なんて気を使ったりもしたものだが、そんなことはなかったらしい。


「しかし、まったりとしてられるのも今日までだな。明日からはいよいよ上級高等部だ」

「そうですね。空軍と海軍じゃ、共通の講義もほとんどありませんし、なかなか会えなくなっちゃうかもしれませんね」

「えー、そんなのヤダー」


 紅茶を飲みながらヴェーラが唇を尖らせた。カティはポリポリと側頭部あたりを掻き、困ったような表情を浮かべた。レベッカが溜息をつく。


「ヤダーじゃないでしょ、ヴェーラ。私たちは特別カリキュラムもたくさん入って来るし、ブルクハルト教官だって、楽しそうに『忙しくなるよー』って仰ってたじゃない」

「うー、わたし、カティと遊んでたいよぉ」

「アタシもそうしたいのは山々だが、たぶん勉強でいっぱいいっぱいになると思う」


 空軍、特に航空機のパイロットは花形だ。世界最強の制空部隊である四風飛行隊。空軍候補生であれば、ほとんど例外なくそこを目指す。ということは即ち、上級高等部に入ってからが真の戦いになるということである。激しい競争と厳しい訓練が待っている。もちろん、座学だって重要視される。一片たりとも気が抜けない、それが空軍の上級高等部だ。海軍や陸軍に比べても異常に鬼気迫る学生が多いことは周知の事実である。


「勉強なら私たちでもお手伝いできるかもしれませんよ」


 そう言うレベッカは、上品に紅茶を飲んでいる。レベッカは何事も形にこだわるのだ。テーブルマナーなんかも人一倍うるさい……んだろうな、とカティは勝手に思っている。


「航空力学とか、専門外だろ?」

「そうですけど、資料ならいくらでもブルクハルト教官のところにありますし、借りてきてももらえますから、暇つぶしにでも読ませてもらえれば理解はできるんじゃないかって」


 航空力学を暇つぶしに理解されてたまるか!


 と、普通なら思う所だ。だが、カティはこの二人の天才性を間近で嫌というほど見てきたので、レベッカのそれは半ば確信なのだろうなと思ったのだった。


「……週一くらいで家庭教師頼むよ」


 カティは半ば冷めてしまったコーヒーを無理矢理胃の中に流し込んだ。それを聞いて、ヴェーラはカップをソーサーに戻してからにっこりと微笑んだ。


「わかった。お礼はデートでいいよ♡」

「デート!?」

「そんなに驚かなくてもいいじゃない。カティの日曜日の半分を貸してくれれば、それでいいから」


 ヴェーラはそんな提案をしてきた。カティは思わず腕を組んで考え込んでしまう。


「デートって、買い物とか?」

「もちろん。いろいろ行こうよ。動物園とかも行きたいな!」

「アタシ、人混みが苦手でさ……」


 弱り切った様子でカティはレベッカを見た。レベッカは薄目を開けてカティを見たが、何も言ってはくれなかった。


「わたしとベッキーでエスコートするから。わたし、カティと一緒にお出かけしたいの。だめ?」

「いや、その……」

「だめ?」

「アタシ人の多い所はちょっと――」

「だめ?」


 ヴェーラは瞳を潤ませてカティを上目遣いで見つめていた。その表情から放たれる強烈なプレッシャーに、カティは「ノー」という返事を封印される。


「……わかった。煮るなり焼くなり好きにしてくれ」

「やった♡」


 カティは頭を振りながら肩を落とす。日曜日の昼間に外に出ること自体が、もうすでに憂鬱だった。だが背に腹は代えられない。


「その代わり、家庭教師もしっかり頼む」

「おっけー。びっしばしやるよ! やるよ!」


 ヴェーラは右手をグッと上げて、これ以上ないくらいににこやかに宣言したのだった。

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