#02-ファウストの両側

#02-1:主観的な未来予報

ランチタイムトーク

 カティは仏頂面をキープしつつ、食堂の片隅で黙々と昼食を食べていた。あれから――十年前の出来事をヴェーラたちと共有してから――もう四ヶ月近くが経過していた。外はすっかり冬景色で、食堂の中では暖房がフル稼働させられていた。おかげで少し暑いくらいだった。


「お待たせ、カティ!」

「お待たせしました」


 いつものように二人が元気よく食堂に現れる。当初は大勢の学生が群がったりしたものだったが、今は誰もが視線をちょいちょい送って来る程度で、わざわざ立ち上がって近付いて来たりはしない。それはヴェーラやレベッカが、「教室の外では話しかけないでくれ」という旨の訴えをし続けてきた成果である。また、学校側からも(遠まわしにではあったが)その旨の周知が出されていた。


 今日のヴェーラは白いふわふわのセーターに水色のジーンズに黒レザーのショートブーツという簡素な出で立ちで、レベッカは白と紺のボーダーシャツの上に緑のパーカーを羽織り、下は濃紺の膝丈のスカート、靴は膝下のブラウンのロングブーツという装いだった。また、二人はそれぞれファーのついた白いコートを持っていた。それがお揃いの品であることをカティは知っていた。ちなみにカティは士官学校の制服姿であり、特にアレンジなどはしていない。


 ヴェーラはいったん席を離れて水をとってくる。


「十月になったら上級高等部だねぇ」


 レベッカにもそれを手渡しながら、そんなことを言った。レベッカが早速ツッコミを入れる。


「あと七ヶ月半もあるじゃない」

「あるけどさ、でもたぶんあっという間だよ」


 ヴェーラは水を一気に半分ほど飲んだ。それとほとんど同時に、カティは目の前のカキフライ定食を平らげた。


「お前たち、今日のランチは?」

「お弁当持参」


 ヴェーラはカバンから小さな弁当箱を取り出しながら答える。レベッカも同じような弁当箱を用意していた。中身は女の子らしい、可愛らしい弁当だった。カティと食事をする時は、いつもこんな具合に弁当持参でやってくる。カティの分も作るよ、とヴェーラが提案したことがあったが、カティはそれをやんわりと断っている。カティはそもそもというものに慣れていないのだ。


「最近、講義が被らなくなったな」

「わたしたち、特別カリキュラムになっちゃったからね」


 ヴェーラは不満顔でそう言った。レベッカも眼鏡のレンズを拭きながら頷いている。


「特別扱いはしないで欲しいんですけどね」

「だよねー」


 この二人が仏頂面をしているのは珍しい。カティは少し微笑ましく思った。


「仕方ないだろ、どっからどう見ても、お前たちは特別なんだし」

「カティに言われると腹立たないんだけどさ」


 ヴェーラは口角を上げながら言った。カティは空になった皿を何となしに眺め、そしてヴェーラの方を見て口を開いた。


「ずっと訊けずにいたんだが」

「なぁに?」


 弁当の肉そぼろご飯を口に運びながら、ヴェーラが首を傾げる。その隣ではレベッカがサンドイッチを食べている。


「特別カリキュラムって、何をやってるんだ?」

「えーとね」


 ヴェーラは宙を見て逡巡する素振りを見せた。そしてレベッカの方を見て、無言で首を傾げる。レベッカは視線を宙に彷徨わせ、そして肯いた。


「喋っちゃダメとは言われてないわね」

「そっか。わたしもそう思ってた」


 ヴェーラは言いながらケラケラと笑った。カティも意味が分からないながらも思わずつられて目を細めた。カティが表情を緩めると、周囲の学生が少しざわつく。それは非常に珍しい現象だからだ。そしてそれは同時に、二人の少女に負けず劣らず、カティも注目されているということである。カティはそれを意識的に認識の外に追い出していたのだが。


「今のところは、なんていうか、システム工学の基礎みたいなことをやってる。あとは戦術理論の応用編。すごく難しいの」

「システム工学?」

「うん」


 ヴェーラは肯きつつ、ブロッコリーを口に運ぶ。そしてレベッカの脇を肘でつついた。説明を代われ、という意思表示だ。レベッカは食べかけのサンドイッチを置いて、これ見よがしに溜息をつく。


「ええとですね」


 そんな態度を見せつけながらも、なんだかんだで説明をしてしまうレベッカであった。ヴェーラはもっともらしく頷いていたが、おそらくその意識は九割以上が弁当に向けられていただろう。


「つまり、今は艦船についての工学的な勉強をしている、と」

「そうです」


 レベッカはサンドイッチに齧りつきながら肯定した。


「上級高等部では海軍だもんな、お前たちは」

「ええ」

「何年かしたら提督さんか」

「私たちがどういう扱いをされるのかはさっぱりわかりませんけど」


 最後の一切れを口に入れて、レベッカは弁当箱を片付け始める。


「有り得ない話ではないかもしれませんね」

「だとしたら何か奢ってくれよ」


 カティは冗談半分にそう言った。それに対し、ヴェーラは「あはは」と笑い、レベッカは真剣な顔で「検討します」と答えた。


「でもカティだって空軍ではきっとかなりの所に――」

「四風飛行隊とか行けちゃうんじゃない?」


 レベッカの発言を食い気味に、ヴェーラが言う。


「まさか。四風飛行隊は憧れるけど、アタシは天才じゃないから」

「またまたぁ」


 ヴェーラは目を細める。その空色の瞳は、カティの奥深くまでを観測しているようだった。


「ま、カティなら四風飛行隊くらいチョロいよ。保証する」

「何を根拠に……」


 カティは額に右手を当てて、そのまま前髪を掻き上げた。その仕草が様になるあたり、カティがひそかに女子学生からモテる所以ゆえんである。

 

の後継者とかさ、なくないよ」

「まさか、ジョークがきついぞ、ヴェーラ」

「本気本気」


 そう言い放ったヴェーラは、最後に残った卵焼きを口に放り込む。カティはその気合いの入った食事っぷりを頼もしそうに眺めながら、わざとらしく肩を竦めた。


「ま、四風飛行隊を目指して努力はするさ」

「わたしも艦隊しれーかんを目指して頑張るからね」


 ヴェーラは鼻息荒くそう宣言する。隣ではレベッカが黙って頷いていた。


「強くなって偉くなれば、私たちならきっと、戦争の方法論から変えられると思ってるんだ。完璧な抑止力として機能できれば、誰も死ななくて済むようになるかもしれない」

「……そうだな」


 カティはコップの中身を一気に煽った。ぬるくなった水が、食道から胃へと消えて行く。


「わたしたちがそこまでの力を持ってるかとかわからないけど。でも、これだけ特別待遇なんだ。何かあると考えてもバチは当たらないでしょー」


 ヴェーラはそう言いながら、自分のタブレット端末を取り出した。


「でさ、昨日配信された曲なんだけどさ、これがキャッチーなの。カティもちょっと聴いてみてよ」

「ん……? 最近の歌手は全然わからないぞ?」

「いいのいいの。考えるな、感じろ、だよ」


 ヴェーラはそう言うと、タブレットを強引にカティに手渡した。カティは手慣れた様子で愛用のヘッドフォンに音声転送設定を済ませ、耳に着けた。


 肝心の音楽自体はカティの感性にはあまり合わなかったが、カティはカティなりに、この時間を十分すぎるほど満喫していた。十年前のあの事件以後、初めて心を許したこの二人の少女は、今やカティにとってかけがえのない存在になっていた。


 そしてカティはひそかに誓っている。


 自分の命に代えても、この二人を守り通すということを。



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