向けられた銃口

 翌日、カティは外の喧騒で目を覚ました。悪い予感と共に飛び起きたカティは、部屋を出て階段を駆け下りた。階下では両親が険しい表情で身支度をしていた。


「ど、どうしたの……?」


 恐る恐る訊くカティに、父が答えた。


「アーシュオンの兵士が見つかった」

「えっ……!?」

「あなた、やっぱり電話が繋がらない」


 母が携帯端末を操作しながら焦ったように言う。


「父さん、やっぱりダメだ。ネットも死んでる」


 年の離れた兄が居間に顔を出して言った。その顔には緊張がうかがえる。カティと、やや遅れて起きてきた二歳上の兄はおろおろとするばかりだった。妹は姉と手を繋いで不安げに家族の顔を見回していた。


「兵隊は捕まったの?」

「捕まえた」


 父が短く答えた。母がそれに補足する。


「でも、外と連絡がつかなくなってるのよ。だからどうしたらいいのかって、騒ぎになってるところ。駐在さんも昨日から姿が見えないし」


 事件が起きた。それは間違いないようだった。カティは唾を飲み込み、掌の汗をパジャマの裾で拭いた。


 敵味方問わず、生きた兵士が漂着すること自体は、この村では何度も前例がある。いつもは、機械的にユーメラの軍司令部に通報して、軍に出動して引き取ってもらうだけだった。だが今は、肝心の情報伝達の手段が尽く使えなくなっていた。こんなことの前例は未だかつてない。たとえ辺境部であっても、情報通信インフラの整備はユーメラの国策として重視され、ネット環境は国内のどこででも同じように使えるようになっていた。


 だが、今、それが全く使えない。それは事実だった。つまり、物理的にも論理的にも、この村は完全に孤立してしまったということになる。見つかった兵士はたったの一人だとはいえ、この不気味なタイミングの一致は、村人たちを不安がらせるのに十分だった。


 兵士――言うまでもなくヴァシリー――は、おとなしく村の中央広場に引き立てられて座らされていた。両手には縄が打たれ、屈強な漁師が二人、威嚇するかのようにして両サイドに立っている。ヴァシリーは特に狼狽うろたえる様子もなく、集まった村人たちを眺めまわしていた。途中、カティと目が合ったが、ヴァシリーはほんの僅かに口角を上げただけだった。カティは、ヴァシリーがこの先どうなるのか不安になっていた。


「どうなるのかな……」


 兄が訊いてくる。カティは答えない。答えようがない。


 やがて村長がやってきて、ヴァシリーに尋ねた。


「それでアーシュオンの兵士、名前は」

「名乗る必要はないだろう」

「……まぁ、いいだろう。だが、お前が見つかったのと同時に、村の駐在は姿を消した。ネットも電話も繋がらない。無関係とは思えんのだが」


 村長は可能な限り威厳を保ちながら――とはいえ、今年で八十歳を迎える村長は、この炎天下の中立っているのもやっとという状態だったが――詰問した。ヴァシリーは「さぁね」ととぼけてみせる。

 

「こんな僻地の村を不安がらせるためにそんなことをしたのだとしたら、ますます――」

「直接的には村に用なんかないが」


 ヴァシリーは顔を伏せて言った。表情が見えない。カティはその声音を聞いて、心臓を掴まれたかのような不快感を覚えた。朝から照り付ける太陽によって猛烈に暑いはずなのに、冷や汗が背中を伝う。


「ちょっと人に会いに来てね」

「人に?」


 村長が思わず問い返す。村人たちもざわめいた。カティにしてもそれは初耳だ。


「こんな辺境の村に、お前のような敵国人に用のある人間はおらん」

「用があるのはこっちだ。そっちの都合なんてどうだっていい」


 ヴァシリー?


 カティは目と耳を疑った。昨日までの優しい青年の姿はそこには無かった。冷たくて、無感情で……そう、何か。ひたすらに不気味な何か。そこにいるのはそんなだった。カティの全身に怖気がはしり、カティは思わず両手で自分の肩を抱いた。隣に立つ兄も、今さらながらに自分たちが犯してしまった罪を直感したのか、言葉なく立ち尽くしている。


 まだ午前八時頃だというのに、周囲が突然薄暗くなった。比喩ではなく、まるで黄昏時のように、文字通りに暗くなったのだ。村人たちはざわめきながらも不安げに周囲を見回し、或いはヴァシリーに向かって「何をした」と詰め寄ったりもした。冷静でいられた村人は、おそらくただの一人もいない。


「さて、始めますか」


 ヴァシリーはそう言うと、何事もなかったかのように両手を拘束していた縄を解いた。両サイドに立っていた屈強な漁師――もちろんカティの顔見知りだ――は慌ててヴァシリーを取り押さえようとしたが、それは叶わなかった。二人の男の両腕の肘から先がすっぱりとなくなっていた。激しく吹き上がる血飛沫が広場中を汚していく。悲鳴を上げのたうち回る彼らをヴァシリーは見下ろし、そして鼻で笑う。


 村人たちは蜘蛛の子を散らすように広場から出て行こうとしたが、村外れの方で発生した大爆発に驚いて足を止めた。音の方を見れば、村外れの家が次々と爆破されていっていた。それはやがてカティの家をも吹き飛ばす。粉微塵になって爆炎に飲まれ、爆風に飛ばされていく自分の家を呆然と見て、そしてカティは知らずにヴァシリーの所へと駆け寄っていた。


「ヴァシリー、何をしてるの!」

「何って、さ」


 ヴァシリーは足元で苦しんでいる漁師の一人の頭を踏みつけ、そして、潰した。目玉が転がり落ち、脳が弾けた。こぼれた舌を伝ってぬめる液体が滴り落ちる。


 カティは声にならない悲鳴を上げて、尻餅をついた。


「儀式って、何……」

「世界平和のための儀式さ」


 ははは、と笑いながらヴァシリーは言った。そして遠巻きにしている村人たちを見まわし、声高に宣言した。


「君たちには全員、死んでもらう」


 ――と。


「何のためにだ! こんな辺境の村に」


 村長が怒鳴りながらヴァシリーに近付こうとした。が、次の瞬間、村長の首から上が砕け散った。激しく血液を撒き散らしながら、村長の身体が倒れた。砂混じりの舗装路に、その赤黒い液体が染み込んでいく。


「きっとね、この子の存在がいけなかったんだよ」


 ヴァシリーはカティの右肩に左手を置いて、ニヤリと笑った。


「どうして――」


 そんな風に呟いたところまでは、カティの記憶に辛うじて残っていた。

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