#01-2:十年は遠く

焦げ付いた記憶

 ヤーグベルテ中央連盟の誇る四風しふう飛行隊――ノトス、エウロス、ボレアス、ゼピュロス――は世界最強の機動兵力であり、誰もがそれに疑いを持たなかった。対して、ヤーグベルテ中央連盟と長らく戦争状態にある、アーシュオン共和国連合は、艦隊戦力の強化を最優先に行っており、海戦の雄としての地位を確固たるものとしていた。


 ヤーグベルテ中央連盟の基本思想は、専守防衛である。よって、航空母艦による機動的な兵力運用の必然はないと信じられてきていたし、事実、四風飛行隊の八面六臂の活躍によって、国土は維持されてきた。だがしかし、ここ数年間、ヤーグベルテは現状維持路線を貫いていた一方、アーシュオンは国防予算を数倍にまで押し上げ、海軍戦力のさらなる拡充を図っていた。


 それに対して、ヤーグベルテの軍拡派の動きは早く、国民の危機感を見事に煽り立て、見る間に軍拡世論を形成した。ヤーグベルテの軍指導部はその流れに乗り、全十三個艦隊すべてを空母機動部隊として再編したのだった。無論、空母は安い買い物ではない。だが、それに関しては、ホメロス社が中心となって協力を申し出た。その結果、ヤーグベルテは格安で試作大型空母を二ダースほども手に入れることができたのだった。


 どう考えても予定調和じゃないか。


 カティは頬杖をつきながらページをめくる。カティは紙媒体が好きだ。理由は特にない。最近ではあらゆるものが電子媒体のみでの配信となってしまっていて、新刊が紙媒体で出てくることはほとんどない。軍のパンフレットにしたって、ほとんどが電子媒体だ。


 ホメロス社といえば、次期主力戦闘機F108・パエトーンの製造元だったよな。


 カティは延々と続く軍備拡張の内訳表を眺めている。その中でも目を引くのが、ヤーグベルテ最強と言われている第七艦隊の旗艦・ヘスティアだ。そのスペックがほとんどが秘匿情報となっていて、艦載機の搭載量はもとより、排水量すら公表されていない。


 第七艦隊といえば、『潜水艦キラー』クロフォード中佐のいる艦隊だったな。


 カティは記憶をフル活用して情報を関連付けていく。身体を動かしているか、こうして軍の情報を頭の中で整理しているか、小説を読んでいるか。カティは大抵このどれかを、音楽を聴きながら行っていた。他のことにはまるで興味がない。――講義の予習・復習だけは、仕方なくやっていたが。


 視線を上げると、例によって教室の前の方でヴェーラとレベッカが女子たちに囲まれていた。今日の講義はおさらいが必要なほど難しかっただろうか、とカティは心の中で首を傾げている。予習さえしていれば難なく理解できるレベルだと思ったのだが、と。


 今日はさっきの講義で最後だった。だからなんとなく教室の後ろの隅で、朝のうちに借りてきた書籍を読んでいた。ヴェーラが講義の前に「あとでね!」と声を掛けてきたので、律儀に残っているというわけである。


 教室には西日が差し込んできていて、床や壁を金色に照らしていた。十月の日暮れは早い。そして教室は少し冷えてきていた。雪の季節にはまだ早いだろうが、それも遠からずという具合の予想気温になっていた。先日までカティはユーメラという冬とは縁遠い南方の都市にいたので、この寒さは正直こたえた。今日も朝起きるなり辟易したものである。昨日の今日の事で、コートはまだ買ってない。いや、中央政府に打診すれば何か届けてくれるのかもしれなかったが、それは何となくしゃくだった。


 でも、冬はいいものかもしれない。カティはまだ直接は見た事のない雪に思いを馳せる。カティは南国生まれの南国育ちであったから、冬への憧れも少なからずあったのだ。いや、生まれた村に『冬』なんてものは全く存在しなかったからこそ、そう感じるのかもしれないな――そんなことを思うと、心の底がじくりとうずいた。


 カティは溜息をついて、ヘッドフォンから聞こえてくる音楽に意識を乗せた。それは「十年後の自分」に向けて送る歌だった。この歌を作った人は、きっともう亡くなっているんだろう。なにせ七十年以上も昔の曲だからだ。この歌を世に出してから十年後、この人は十年前の自分をどう思ったんだろうな、などと想像してみる。


「十年前……」


 忘れもしない八歳の頃に遭遇した事件――思い出したくもない。


 カティは頭を振った。その瞬間、ヴェーラと目が合った。ヴェーラの表情は少し曇っているように、カティには見えた。だが、それを踏まえても、夕日を受けて輝いているヴェーラの姿は、いっそ神々しくすらあった。思わず視線を奪われて、カティは十数秒に渡ってヴェーラを凝視してしまった。ヴェーラもまた、視線を外さずにカティをじっと見つめていた。その表情は、何故か泣く直前のそれに見えた。


 カティは口の動きだけで「なんでもないぞ」と伝え、ヴェーラは「わかった」と頷いて視線を逸らした。だが、その美しい白磁の横顔は、これ以上ないというほど憂いに満ちていた。それもまた、幻想的に過ぎるほどに美麗だった。


 不思議な子たちだ。


 カティはつくづく思う。まだ出会って二日しか経っていないのに、まるで何年も一緒にいたんじゃないかというくらいの距離の近さだった。カティ自身驚いていたが、二人に関してはカティのパーソナルスペースに踏み入ってきても不愉快にはならなかった。コミュニケーションの苦手なカティだったが、「もっと来たって良い」と密かに思ってしまうくらいだった。


 今日は講義が丸被りしていたので必然的に一日中一緒にいることになったのだが、二人は本当に不思議なパーソナリティの持ち主だった。


 二人は何も否定しない。肯定に肯定を重ねて、批判も非難もしない。何もかもを受け容れているようにも見える。


 それがカティには心底不思議だった。どうしてそんなことができるのか、カティにはまるで理解不能だった。


 そうして受け入れた連中の誰かが、お前たちを裏切ったら? それでもまだ受け容れ――つまり信じ続ける事ができるのか?


 カティは本に視線を落としていたが、内容はさっぱり頭に入ってきていない。


 信じて裏切られた時の気持ちとか、信じていたものが失われた時の絶望とか……お前たちは知らないのだろう。自分の知らない所で自分を指差して哂っている者がいると知った時の、あの膿んだような痛みも知らないのだろう。満たされていたものが突然消えてなくなった時の……。何の力も持たない自分を突き付けられた時の……。


 カティは「はぁ」と息を吐きながら頭を振った。そして本を閉じて、椅子の背もたれに背骨を押し当てた。


 昔のことなんて、どうだっていいじゃないか。


 アタシの昔のことなんて――。


 カティは眉間に深い縦皺を寄せながら、首の後ろで手を組んで、目を閉じた。


 




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