#01-イベントトリガー

#01-1:出会い

二人の少女

 その講義は毎回実に退屈だった。教鞭をとるのは戦術研究科戦史研究室の教授だったが、彼の語り口には抑揚もピッチも存在しない。ただ淡々と、古いテキストリーダのように用意された資料を読み上げるだけだ。この驚異的なまでに安定した語り方は、学生たちには眠りの神ヒュプノスの囁きと揶揄されている。


 その一方で試験や課されるレポートは、鬼畜と呼ぶに相応しいレベルで、学生たちはうっかり居眠りする事すら許されない。士官学校という性質もあって、サボるなどもってのほかだ。


 教授の講義を要約すると、「ほんの十数年前まで、世界は絶え間ない戦争状態にあったが、ジョルジュ・ベルリオーズが登場してきて以後、その物理的衝突は極端に数を減らしてきていること。そしてヴァラスキャルヴに属する企業の活動により、世界の景気は急激に回復してきていること」、という二点だ。これらについて詳細な解説を行っているだけなのだが、良いのか悪いのか、ベルリオーズ個人にしても軍産企業複合体コングロマリットヴァラスキャルヴにしても、打ち立ててきた実績の質・量が尋常でなかったために、それを解説するとなると必然的に詰め込み型学習的なものにならざるを得ないのだ。


 学生、即ち士官候補生たちの中で、ひときわ異彩を放つ少女が二人いた。周囲はみな十八歳前後だというのに、二人はまだ十歳そこそこのようにも見えた。それだけでも十分に不思議であったが、二人の少女は誰もが驚くほどの美少女だった。


 一人はプラチナブロンドのストレートロング、晴れた夏空の色の瞳、美しい以外に形容詞の思いつかない目鼻立ちの持ち主だった。着ている白いワンピースの姿も相俟って、輝くような純白レウコテアと呼びたくなるような存在だった。講義を聞きながらメモを取るその表情は真剣そのものだったが、どこか楽しげでもあった。


 その隣にぴったりとくっついて座っている緑のワンピースの少女もまた、類まれな美少女だった。長い灰色の髪は銀と言っても差し支えないほど艶やかで、顔に対して少し大きめの眼鏡をかけていた。そのレンズの奥の新緑の瞳は、全体に纏う理知的な雰囲気とはまた違う、強気な印象を覚えさせられるほどに怜悧れいりな輝きを持っていた。


 二人は講義室の中段の真ん中に座っており、せっせと手にしたタブレット端末を操作して講義内容をリアルタイムに整理していた。その内容はそれぞれに異なってはいたものの、いずれも完璧なほどに整理されていて無駄がなかった。そう、二人は美少女でありながら、同時に天才でもあった。さもなくば、士官学校高等部にこんな年端もいかない少女がいられるはずもない。


 そうこうしているうちに、講義が終わり、教授は学生たちとついに一度も視線を合わせぬままに講義室から出て行ってしまった。


「つかれたー」


 白いワンピースの少女がタブレットを持ち上げながら呻いた。


「まったく、事象の地平面が見えるかと思ったよー」

「もう、ヴェーラったら」


 緑のワンピースの少女が小さく吹き出した。そして言う。


「でも、教官の周りは、音も光も歪んで止まってたね」

「あははは」


 白いワンピースの少女――ヴェーラ・グリエールは声を上げて笑い、緑のワンピースの少女――レベッカ・アーメリングもそれにつられてケラケラと笑った。


 二人はつい二ヶ月前に転入してきたばかりだ。その意外な転入生に、同期の学生たちは露骨に警戒感を示したものの、やがて無害であるとわかると積極的に接近してくるようになった。


「ねえねえ、ヴェーラちゃん」

「あのね、ここのところわかんなかったんだけど」


 ……こんな具合にだ。もっとも周囲に集まるのは女子ばかりだ。男子たちも遠巻きにヴェーラたちを見ていたが、女子たちが築いた分厚い壁によって、接近を阻まれて

いた。女子たちによって、二人の少女は神聖不可侵の何物かのように祭り上げられており、男子との接触経路は完璧に絶たれていたのである。


「来週試験でしょ、だからちょっとサマリ手伝って欲しいの」

「えーとね、わたしは歴史とか経済とか哲学とか倫理とかは苦手なんだ」


 めんどくさーというオーラを立ち昇らせながら、ヴェーラがにこやかに言った。その隣ではレベッカが少し頬を引き攣らせている。


「だからベッキーにお願いしてくれるかな」

「え、ちょっと待ってよ。いつも私じゃない。それにヴェーラの方が説明上手でしょ」


 この二ヶ月間で、もう何度こんなやり取りをしたのやら。レベッカは眼鏡のフレームの位置を直しながら、こめかみの辺りをヒクつかせる。ヴェーラはレベッカの肩をポンポンと叩きながら、周囲を取り囲む女子たちを見上げた。


「なんていうか、バシッと答えの出ない学問は苦手なんだよぉ」

「それは何となくわかる、けど……」

「さすがベッキー、話が早い!」

「え、ちょっと……!?」


 まただ。またヴェーラのペースに飲まれてしまった。レベッカはその華奢な腕を組んで「うーん」と唸った。


「そうだ。ベッキーちゃん、ヴェーラちゃん、ジュース買っといたんだ」


 女子の一人がグレープジュースを二本、二人の目の前に差し出した。ちょうど喉が渇いていた二人はそれぞれに礼を言うと、顔を見合わせて溜息をついた。


「餌付け、だね」

「餌付け、よね……」


 レベッカはやれやれと首を振り、自分のタブレット端末を机の上に置き直した。

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