#64 決意と野望
「距離1000、戦艦が一隻こちらに近づいています。統連軍の物と思われます」
イデアルフォートレス指令室。
オペレータの女性がレーダーで異変に気付き、後ろを振り返って叫ぶ。中央の座席でつまらなそうに頬杖をつく白スーツの男は表情が変わった。
「遂に来るかリターナー」
この日を予感していたガラン・ドウマの表情はどこか嬉しそうだった。
自分の計画に支障はない。負けることなどありえないし正義は自分にある、と確信していたからだ。
「敵艦なおも接近中……何か発射されました!?」
高速で飛来する四つの物体は丁度、真ん中で停止すると先端がアンテナのように開いてイデアルフォートレスに向けて強力な光を放つ。
「司令! 擬装フィールドが……破られていきます!?」
四つのアンテナの光を浴びて、宇宙の色と同化していた巨大要塞がその姿を現した。
「全機出撃、目標は敵戦艦の撃沈」
「了解!」
ガランの命令が要塞中に響き渡り、待機していた隊員らが一糸乱れぬ動きで各持ち場へと駆け抜けた。
「さぁ楽しませてくれ、リターナーの諸君」
◇◆◇◆◇
イデアルフォートレスから大量のSVが湧き出てきたのを確認して《月光丸》もSVを出撃させる。
『俺の《Gアーク・アラタメ》が先陣を切る。《ゴッドグレイツ》と《オンディーナ》は後に続け。《戦崇》と《チャリオッツ》は後方支援。《戦人》と《アマデウス》は艦の護衛だ!』
アマクサ・トキオが部隊に指示を送り各機は陣形を組む。
自分自身、久し振りの大きな戦闘に緊張しているが、隊長役をかって出たのに弱音を吐くわけにはいかなかった。何よりも――告白に失敗したが――レディムーンの前で不様な姿を晒せない。
『ゼナス・ドラグスト、了解』
『敵の数は10、20……50?! まだ増えるかも!?』
『エリア1には秘密の生産工場があると聞く。あの羽根つきの量産機だけじゃないはずですよ』
驚くウサミとは対照的にゼナスは冷静だ。
それなりにリターナーでは高い地位にいたが、イデアルフロートの全容を 知ることはできなかった。
島を良くするために戦ってきたゼナス。
その気持ちは今も変わらない。
例え敵が尊敬するイデアルフロートの設立に関わった司令であっても。
『よろしく頼むっスよ!』
『こちらこそよろしくお願いいたしますね』
トウコとミナモが丁寧に挨拶する。
二人とも明るく振る舞っているが前衛に出れなかったということを言われて不満を感じている。
シミュレーターでは問題なかったがトウコは動かない足のことをトキオに指摘され、もしものことを考えたら危ない、マコトの説得で下がらざるを得なかった。
一方、ミナモは単純に力量不足である。
新たなSVである《アマデウスMk2》の扱いに馴れていないからだ。
不馴れな機体に乗るのは敵になったアリスが《アマデウスMk2》を見て、味方立った時のことを思い出してくれるかもしれない、という期待のためである。
『戦場に出るのは久しぶりなんじゃない? ユングフラウ』
『お前こそな月影瑠璃。ずっと引きこもっていたと聞くぞ?』
レディムーンとユングフラウは皮肉を言い合う。
互いのSVは両方とも古い機体になるが、今回のために様々な改良がされている。
元々が特注品で彼女らしか乗れない専用機なのだが、旧IDEALの技術力のお陰か改良前でも現行機には劣らない。
改めてカスタマイズしなおしたたのは、絶対に負けられないという意思の表れからだ。
「ガイは何をやってるの?」
マコトは後方を振り替える。
先程トキオは《ゴッドグレイツ》と言ったが二機はまだ合体していない。マコトの機体は《天之尾張》のままだ。
先行組なのに《ジーオッド》がレーダーを確認しても近場に居ないのを気づき通信を開く。ガイはまだ《月光丸》の格納庫の中にいた。
『ジーオッドが動かないんだよ! うんともすんとも言わねぇ!』
ガイの怒鳴り声が通信機からハウリングして聞こえる。
『ごめんねナギッちぃ、何とかするか待ってて!』
今回は付いてきた整備士のヨシカが謝る。
「もう置いてくからね! 私たちだけでもやれるから」
そう言ってマコトは座席の隣を確認する。
前回のようにホログラフィのオボロが親指を立てて笑っていた。
整備士のヨシカにこの現象を聞いたが全くわからないらしい。
案の定ヨシカにもオボロの姿は見えず、やはりガイから心を読む力を手に入れたせいだと考えられる。
『マコト、気づいてると思うがジーオッドにはもう戦う力は無い。コアはであるDNドライブはイミテイトでなければ長く動かすことはできない。あの戦いを最後にジーオッドの中の魂は消滅した』
「うん、あの中に居たのは確かに父さんだった。ずっと私を守ってくれていた……でも、いつまでも守られてばかりじゃ嫌だよ」
イデアルフォートレスから白い羽根つきのSV、《アンジェロス》が編隊を組んでやって来た。
機械天使の大軍は等間隔に並ぶと携帯している大型ランスから一斉にビームを放出した。
『前に出過ぎだぞサナナギ君!』
ゼナスが制止するが無視して《天之尾張》は前進。その手に持つ棍棒状の特殊兵装ヒキリギネを振り回す。
「限界までやる……」
ビームの雨を避けるゼナスの《オンディーナ》とトキオの《Gアーク・アラタメ》を他所に、マコトの《天之尾張》へ吸い寄せられるように来たビームを全てヒキリギネで受け止めた。
「これは……お返し、だぁぁぁぁぁ!!」
許容力ギリギリまで吸収したビームを《天之尾張》は横一線に凪ぎ払うビームの斬撃を放つ。
弧を描く光の軌道はご丁寧に並んでいた《アンジェロス》を一網打尽。
連鎖する機体と命の爆発にマコトは奇妙な快感を覚えて震える。
「ふぅ……みんな続いて!」
マコトは呼吸を整える。敵の陣形が崩れたところへ、この勢いに任せて《天之尾張》は突撃した。
『負けてられないよね、ゼナスちゃん!?』
『これは数を競ってるんじゃない。あくまで我々の任務はガラン・ドウマを止めることだ』
『オンディーナ、お前は左サイドを頼んだ。俺は右サイドに回って攻撃を仕掛ける』
敵の数は大きく減ったが、まだまだ数は多い。三手に分かれてマコトたちの戦いの火蓋は切って落とされた。
◇◆◇◆◇
その頃、イデアルフォートレスの下層区域にある留置場。
使用感のない監獄の中に一つだけロックの掛かった牢屋があったが、そのには誰もいなかった。
部屋の天井の角に開けられた不自然な隙間から物音が聞こえる。
「くふふ……馬ー鹿めがァ! 建物の構造は全て把握している。こんなこともあろうかと抜け穴ぐらい用意してるわァ!」
白衣を埃だらけにしながらヤマダ・シアラは狭い通気孔の中を這いずり回る。
ペンライトを口に加えながら複雑に入り乱れた道を迷わず突き進む。
「ボクに、こんな、仕打ちを、したことを、後悔するぞ…アタタタ!?」
道が急な坂になりシアラは滑ってゴロゴロと転がり、身体の至るところをぶつけた。
「うーん……知っていても体感してないというのは駄目だなァ」
顔に付いた汚れを拭いながら周りに気を付けながら慎重に這っていく。
外で戦闘を行っているせいか断続的に起こる大きな振動が少しばかり恐怖を感じるが、勇気を振り絞りシアラは前進する。
「ここだな」
超小型の電動ドライバーをポケットから取り出しダクトの蓋を外した。
顔だけを出して様子を伺う。
格納庫のような広い空間に人の気配は全くなかった。
軽い身のこなしでシアラは適当なものを足場に颯爽と降りていくと、並べられている機械の電源を次々と入れていく。
「勝利者はってのは常に一人だァ。誰が一番なのか全員に知らしめてやる……スイッチ、オン!」
固いカバーを取り外し、薄いガラスを張られた謎のボタンをシアラは叩き押した。
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