#20 力の制御

 目映い光を放つ太陽を背に、天空の彼方から真紅の鎧が舞い降りる。

 目の前の少女の窮地に現れて、襲いかかる醜き鉄の巨人を全身でぶつかり弾き飛ばした。


「……ジーオッド……なんで?」

「待たせたな、マコト」

 真紅の鎧に乗った傷面の王子様が赤眼鏡の姫君に問いかける。


「ガイ…………本気で待ってないから。邪魔だよ、そこを退いてよ! 私だけでやれるんだから」

「無理すんなって。ほら、合体するぞ」

「何、言ってんの? この機体、ビシューじゃないし」

「それは問題ない。コイツは合体相手を選ばない、サーフィスシュラウドとかいうシステムらしい。んじゃまぁ行くぜ!」

 真紅の鎧こと《ジーオッド》は無理矢理、マコト姫の《ゴラム》に上から乗っかると強引に装着した。

 

「……嫌だ、この感覚は……」

 ドクン、と心臓が跳ね、燃えるような感覚が全身を駆け巡る。

 特に先程まで眼帯をしていた左目に激痛が走って、マコトはコクピットの中で悶え苦しむ。

 今すぐここから脱出しなければ、と思ってはいるが体が言うことを聞かない。恐怖で逃げたいという気持ちとは逆に、闘争心が高まり何故か口元に笑みを浮かべている。

 何故、自分がこんな目に会わなければならないのか。

 頭の中で考えるも全ての思考を燃やし尽くしてしまった。

 心が炎に蝕まれていくマコトは痛む左目を押さえると、右目から別の景色が伺える。


「……誰……」

 静かな水面に立つ一人の男が何かを喋っていた。


 ──。


 声は聞こえないが男は悲しい顔をしている。それに釣られてマコトも右目だけ涙を流した。


「マコト……これはお前の為でもある」

 俯くガイは目を瞑って待つ。なるべくマコトのことは見ないようにしているだ。

 今のマコトの表情は様々な感情が入り交じってグチャグチャになっている。悲しいのか、楽しいのか、苦しいのか、よくわからない奇妙な顔面。

 その間に、倒れていた鉄の巨人こと《シュラウダ》が起き上がる。手にしていた三節棍を連結させて再び長いロッドに組み直すと、両手で構え巨体を揺らしながら突撃する。


「…………」

「……やるか、マコト」

 襲いかかってきた《シュラウダ》の動きが止まる。突き出されたロッドは《ゴラム》改め《ジーオッドG(ゴラム)》が片手で掴んでいた。


「……燃えて……」

 呟くマコトの声に左目を光らせながら応える《ジーオッドG》は、握った《シュラウダ》のロッドに力を込めると、真っ赤に燃えながら一瞬で炭化させる。


「やはり合体する機体が変わっても同じ力が使えるのか、何なんだよお前って奴は」

 ガイは《ジーオッドG》に問いかけるが答えは帰ってこない。


「……醜い風船は、割る……」

 武器を失った《シュラウダ》が次の行動を起こす前に、落ちていた電磁ランスを《ジーオッドG》が拾い上げると、鋭い先端の部分がロウソクのように火が灯った。


「……っ……だ、駄目だ」

 だらり、と《ジーオッドG》が身体を緩ませ、持っていたランスの火が消えてしまう。マコトは震える手で上着のポケットから取り出したのはリターナーの医師、蜜木檸檬(レモン)から貰った飴型抑制剤。包装紙を破くと口の中に頬った。


「……私で、やらなきゃ駄目なんだよ。頼ってたまるか……っ!」

 マコトは壊さんほどの力でフットペダルを踏みつける。スラスター全開で《ジーオッドG》は走り出し、電磁ランスを棒高跳びの要領で地面に突き立てて高く飛び上がった。下方の《シュラウダ》を通り越し、背後を捉えると電磁ランスを背部に向けて投擲する。電気を帯びる先端が機体の柔らかく強靭な腰部装甲に突き刺さり、中から透明な謎の液体が噴出した。


「やったのか?!」

 と、ガイが声を上げる。しかし、多少は萎んでいくが《シュラウダ》は健在。電磁ランスを抜いて捨てると、大きな拳を振って《ジーオッドG》を殴り付けた。マコトは《ジーオッドG》に防御させるが機体は大きく吹き飛ばされる。開いた穴は液体が固まってカサブタのようになり蓋がされた。


「…………攻めが、足りない。まだ、もっと力が…………違うっ!」

 グシャグシャ、と頭を掻きむしるマコト。心を《ジーオッド》に持っていかれそうになるのを必死で押さえる。


「マコト、足下だ!?」

 叫ぶガイはマコトに注意を呼び掛けるも遅かった。二機の小型マシンが《ジーオッドG》の脚部に組み付いていた。


『援護してくれるのはヒッジョーにありがたいっちゃありがたいんだけどネェ?』

 ウサギのようなピンク色のSV、ウサミの《ハーティア》から通信が入る。


『ドーリィ、超電磁ストッパー作動よん。いやぁ乗ってるのは誰か知らないけど《赤兜》を捕まえるってのが今日、本来の目的なのよね。いきなり出会えるなんて、もうココロってばツイテルゥ!』

 FREESの専用回線が繋がっているはずなのにウサミから《ジーオッドG》のコクピット映像は見えず、マコトからは《ハーティア》に乗るウサミの映像は見えていた。


「ココロ…………宇佐美心……先生?」

 マコトは、その特徴的な人物に見覚えがあった。

 イデアルフロートの中で『配属したいFREESの部隊』のナンバー1であるゼナス・ドラグストの次に人気なのが彼女なのだ。圧倒的な女子人気のゼナスと比べ、ウサミは島の各エリアで行われているイベント巡業の成果で、お年寄りから子供まで幅広い層から人気を博していた。


「……なぁ、マコトよ。お前とあの女って……おわぁっ?!」

 尋ねている途中のガイが驚いてシートからずり落ちると突然、機体がバランスを崩して後ろへと倒れる。足下の《ドーリィ》達が《ジーオッドG》を前後に揺すったせいだった。


『ソコでオネンネしていてちょーだい。アイツのトドメはココロに任せなさいってね!』

 そう言ってウサミの《ハーティア》は腕部からフック付きワイヤーを《シュラウダ》に向かって射出。装甲の隙間に引っ掛けると周囲を飛び跳ねながらグルグルと回る。


『無様なシャーチューにしてやるわよぉ!』

 加速してスピードが増す《ハーティア》は、もがきながらワイヤーを引き千切ろうとする《シュラウダ》の腕を蹴って妨害。手も動かないようにキツく括っていった。すると、これまでの攻撃で開けて出来た二ヶ所のカサブタに亀裂が入る。

 もう一踏ん張りだ、と《ハーティア》は力を込めると《シュラウダ》のカサブタは壊れ、そのせいで大きくなった穴から液体が一気に噴出していった。


『…………やってしまった後だけど、コレって大丈夫な奴?』

 萎んでいる風船状態の《シュラウダ》の周りは水浸し。そもそも、この液体は人体に悪影響があるのではないだろうか、とウサミは今さらながらに公開する。


『さささ、後は《赤兜》ちゃんだけってねぇ』

 意気揚々とウサミの《ハーティア》は転がっている《ジーオッドG》に向かうが、背後からの殺気に気づかなかった。

 蛇のように地面に這いずりながら《シュラウダ》の腕が《ハーティア》の腰部をわし掴む。


『きゃっ!? 何なのよコイツぅ?!』

 身体が萎んだお陰でワイヤーが弛み、行動が少し緩和されていた。あっという間の《ハーティア》がペラペラな《シュラウダ》の身体に包まれる。その足下、脚部の底面では地面に広がった液体を吸い込み《シュラウダ》は膨らんでいった。


『も、戻ってドーリィ!! ココロを助けてっ!』

 焦るウサミは《ジーオッドG》の動きを止めていた《ドーリィ》二機を呼び寄せる。だが、有効な攻撃手段を持っていないため《シュラウダ》に捕まった《ハーティア》を助けることができない。


『ちょっと君!  接触回線なんだから聞こえてるでしょ? アンタ達の目的は何なのよ?! 何だって港を攻撃するようなことすんのよコラァ!』

 がなり散らすウサミだったが《シュラウダ》からの反応は全く無かった。


「っと……拘束が外れたぞ。どうするマコト?」

「……っ……だめ」

「マコト、どうした?」

「……水を、蒸発させれば……嫌、力は使わないってば……やらなきゃ、やらねば……」

 葛藤するマコト。

 必死になって止めることの出来ない衝動を押さえているが、最終的に勝ったのは《ジーオッドG》の力だった。

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