#10 緋色の鉄腕

 赤い魔神こと《ジーオッドB》が空いた道路を逆走して街の出口へと向かう。

 その後を駆け付けた《パトロールSV》が束になって立ちはだかり、取り囲んでは電磁警棒で一斉に攻撃するが《ジーオッドB》には掠り傷一つ付くこともなく、進行を止められる機体はいなかった。


「いいのかよ警官やっちまってよ」

 前からやって来た《パトロールSV用》が放つリボルバーの弾丸が《ジーオッドB》の頭部に当たるも、跳弾して地面に突き刺さった。《ジーオッドB》は、すかさず相手のリボルバーを構えた両手ごと握り潰す。


「今更そんなの気にするのかガイ?」

 ガイの膝にちょこん、と子供のように座るオボロが言った。


「トヨトミインダストリー……ビシューと操作感は変わらない。寧ろ、この赤い鎧が乗っかっているせいで鈍くなっている?」

 今度は《パトロールSV》が二体同時に前後から迫る。逆手に持った電磁警棒で装甲の隙間を狙おうと試みる。


「あぁ鈍重過ぎるわ。こんな遅いの乗ったこと無いのに」

 パイロットだった昔のことを思い出してレディムーンは嘆きながらも《ジーオッドB》を高く跳躍させる。落下中に機体を捻らせて真下で待ち構えている二体の《パトロールSV》へムーンサルトキックをお見舞いした。


「それでやれるアンタ凄いぞ」

「め、目が……脳が」

 シートベルトで体を固定していたガイは目を回すオボロを抱き締めながら言う。

 これで追ってくる《パトロールSV》はいなくなった。急いで先へ進むと出口の巨大ゲートが見えてきた。


「これで何とか振り切れたのか?」

「いいや、ガイ。よく見ろ」

「……出てきたのねFREES」

 ゲートの前で待ち構えるのは先程の《パトロールSV》ではない機体だった。全機体、同じ系統のSVに見えるが、先頭の隊長機と思われる角付きのマシンだけは特徴的な装備をしている。両肘と両膝に何やら長い突起物が装着されたSVだ。


『こんな堂々と入ってきたのは久しぶりだな来訪者よ』

 角付き隊長機から野太い男の声がスピーカーから発せられる。


『各機は敵が逃げられぬよう周囲へ散開。アイツは、この愛染恋一郎の《ゴラム改(アラタメ)》が仕留める』

 左右へ散る《ゴラム》と角付き隊長機の《ゴラム改》は前へ一歩出ると右腕を前に出して構えを取った。


『射ッ!!』

 ガコン、と右腕の突起物が前に勢いよくスライドし、先端の発射口から虹色に発光する弾が放たれる。卓越した動体視力を持つレディムーンは光弾をギリギリの所で回避するよう《ジーオッドB》を横へ飛ばした。


『避けたか。まあ敵のせいだからな、仕方ねーわな』

 建物に大きな丸い穴が空いているのを見て、愛染は他人事ように呟く。


「さ、さすがレディだな。危なかったぜ」

「あの……七色の、光……」

 顎に指を当ててレディムーンは考える。愛染の《ゴラム改》が放った光弾の特徴的な輝きに見覚えがあったのだ。


『しかし、この〈フォトンガントンファー〉の威力は凄まじいな。市街地戦にはもう少し調整が必要なようだがなっ!』

 脚部の底に付いた球体型ローラーを回して道路を滑るよう駆ける《ゴラム改》は《ジーオッドB》に一瞬で距離を詰めた。


『オラ、オラぁ! どうした、どうしたぁ!』

 攻める《ゴラム改》の連続トンファー攻撃を《ジーオッドB》は交代しながら避けるだけで精一杯だった。


『上だけじゃあ無いぞ!?』

 愛染は敢えて教える。《ゴラム改》の膝から飛び出る工具用のような細いドリルが《ジーオッドB》の胸部を掠めて一部分を削り取った。


「敵は強いな、レディムーンどうする?」

 冷静な口調でオボロは問う。すると《ジーオッドB》はバックステップは下がり地面を殴って小規模な爆発を起こした。辺りは細かく砕けたコンクリートの粉塵で覆われ肉眼では何も見えない。


『チッ……目眩ましか、小賢しい』

 愛染は面白くなさそうに舌打ちをする。

 煙に紛れて《ジーオッドB》は敵のいない裏路地の方向へひた走った。


「何処に逃げるんだレディ」

「違う、機体が勝手に……?」

 レディムーンはフットペダルや操縦桿を動かすが、先程の爆発から何故か操作が効いておらず、自動操縦(オートパイロット)の表示もなくで《ジーオッドB》が何かに導かれるまま動いてた。


「来たぞガイ、レディ」

 オボロが指を差す。走る《ジーオッドB》の前を二人の少女が飛び出した。


「げほごほっ、何この煙……ナギっち待ってったらぁー!」

 むせながらギャル系の少女が眼鏡の地味な少女を追う。


「うわ……ってこのビシュー、ナギっちのヤツじゃん?! 何でこんな所に?」

「……呼んだのは貴方?」

 驚くギャル少女と眼鏡少女が《ジーオッドB》の顔を見て呟く。《ジーオッドB》がしゃがみこむと胸のハッチが開いた。


「貴女がサナナギ・マコトさん?」

 レディムーンが眼鏡少女ことマコトに問いかける。


「そこ……退いてください。私が乗ります」

 レディムーンの言葉を無視してマコトは《ジーオッドB》に乗り込もうとする。


「えぇ?! ちょっとナギっち!」

 慌ててギャル少女も後を追って立ち上がろうとする《ジーオッドB》に飛び乗った。

 訓練機である《ビシュー》のコクピットには教官が搭乗する簡易的な後部座席があるが、流石に三人乗るにはスペースが狭く、かなり窮屈である。


「茶髪の貴女は?」

 中腰になりながら後部座席をレディムーンとギャル少女は二人でシェアする。


「えっ? あぁ、ナカライ・ヨシカ、この子の親友っス。で、綺麗なお姉さんは?」

「月よ」

「おい、レディ何やってんだ?」

「操縦を変わったわ…………来るわよ」

 キーン、と火花を散らしてすローラー音と共に背後から愛染の《ゴラム改》が現れた。


『かくれんぼは終わりだぞ紅いのッ!』

 愛染の声色は犯人を捕まえようと奔走する役人、と言うよりは戦いを楽しむ武人のようである。その言葉に答えるように《ジーオッドB》も戦闘の体勢を取った。


『動きが変わった? やる気を出したというわけか。そうでなくては面白くない!』

 先制して仕掛ける愛染。低い体勢で《ゴラム改》の右ストレート。トンファーの先端が《ジーオッドB》の本体部分である《ビシュー》の緑色の装甲、コクピットを打った。


「……ちっ」

 鉄のぶつかる大きな音が体にビリビリと響くほど周囲に鳴り渡る。だが、《ジーオッドB》はびくともせず、腹に突き立てられたトンファーを掴んだ。

とっさに切り離す愛染だが、《ジーオッドB》の掴んだトンファーは突然、発火し爆散した。


『触れた物を爆発させている……ならば、触れさせなければいいだけの話だな!』

 怪しげな紅い胸部装甲のせいで他の部分が異常なまでに強化されており、ただの打突では意味がないのだ、考える愛染は《ゴラム改》を一旦下がらせる。

 壊されていない逆の左腕トンファーにエネルギーを溜めながら先程の光弾を放つ。建物に影響を出さないように調節したが、ここまで近距離ならばダメージは通るはずだ、と思う愛染だった。


「敵……眩しいだけの」

 光弾を《ジーオッドB》は両手で受け止める。流石に指の数本が吹き飛んでしまったが、他は装甲の表面を多少溶かして焦がすには至ったが《ジーオッドB》にはダメージなど無いに等しい。


「凄いわね、この機体。でも手が」

『ハッハッハッ! 圧縮フォトン粒子弾を耐えるとはな……紅い部分、この《ゴラム》と同じ〈ダイナメタル〉で出来た装甲というわけか』

「ダイナメタル? ガイ何だ?」

「俺が知るか」

「ダイナメタルってのは大和県の海底で採れる鉱石のことだよ。触ると人の感情で色々と光るとか。最近は携帯電話とかに使われてて、心の中で思うだけで電話かけたり文字打ったり出来る……その機能があるモデルってスゲー高いけど」

 とヨシカは説明する。


「問題ない……もうすぐ、来た……」

 マコトがコンソールの画面をタッチする。レーダーに高速で、それも地下から接近する二つの物体があった。近付くにつれて地面が大きく揺れて《ジーオッドB》の下で止まるとコンクリートをぶち抜いてソレは現れた。


『手ぇ?』

 二つの緋色をした鋼鉄の物体は《ジーオッドB》の両腕にピッタリと填まる。


「今度は……こっちが攻める番だね」

 マコトは操縦桿に力を込めた。


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