370 闇

06.07/ハルキ・ホラー文庫


【評】うな


● いまからそいつを殴りにいこうか



 私小説作家の清乃は、ダメな両親とヒキコモリの弟、クズな不倫相手に囲まれて最悪な生活をおくっていた。そこに無言電話がかかってくるようになり……


 まず主人公を殴りたい。もうすごいねちねちとしてて「わたしは悪くないのに……」という負のオーラを周囲に発散しまくっていて、すごく殴りたい。実際に可哀相な境遇にあるのに、ちっとも哀れに思えなくて、ただひたすらキモくて殴りたくなる。

 だがそこがいい(ニカッ)

 この不快感となぜか同情できない哀れさが、全篇をホラー空間にぬりこめて、なんともいえない気持ち悪さを生んでいる。ホラー以外のジャンルでは有り得ないが、ホラーならばこの不快感は正解。そしてこの文章からたちのぼる、読者にまとわりつくようなぬめぬめとした感触は栗本薫にしか出せない鬱陶しさ。嫌な自意識というものを書かせたら栗本薫にかなう人間はそうはいない。

 晩年のこととて文章も必要以上にぐだぐだしているのは確かだが、「読者を嫌な気持ちにさせる」という意味でくどくどしい文章が意外な効力を発揮しているのもまた事実。この不快感を武器に、もっと話を練ればホラー界に特殊な地位を築くこともできるのではないかと思うので、今後はこの方向でがんばっていっていただきたい。

 ……あ、これが最後のホラー作品でしたっけ……。


 しかし、なんかあんまりにも栗本薫自身を想起させてしまう設定だよな……。薫は晩年まで母親についてはグチグチいっていたし、弟は植物人間でずっと家にいて母親に世話されていたし、云うまでもなく不倫略奪婚だしね……。

 やっぱさあ、薫はこういうホラーとかJUNEとかに隠す形じゃなくて、本当に私小説として周囲への屈託も書いておくべきだったと思うね。わりと名作が出来てた気がするんだけどなあ。読みたかったなあ。

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