359 女郎蜘蛛 ―伊集院大介と幻の友禅―
05.12/講談社
08.08/講談社文庫
【評】うな
● 着物趣味を生かした力作
街中で見かけた初老の美女に、なんとなくついていった伊集院大介。たどり着いた着物の展示会では、図らずも毒殺事件が起こった。そこから端を発して、件の初老の美女、友納比沙子に「幻の友禅」を捜して欲しいと依頼された伊集院大介だったが……
あ、あれ? 意外と面白い……
もちろん、晩年の作品の基本として、文章はだらだらしてるし、登場人物の無駄な長台詞が多いし、大介はちょっとはなもちならなくてあんまり好感もてないし、美女という設定のキャラがあんまり美女に見えないし、十八代続いた名家の歴史が九百年だったり、いろいろツッコミどころは多々あるのだが、晩年ミステリー作品としては驚くほどにちゃんと「事件がある」のだ。
まず冒頭で毒殺事件が起きるし、その後は続いて「幻の友禅」を探すという目的が提示される。中盤では惨殺事件が起きるし、最後に犯人との対決もある。まるで普通のミステリーのような構成だ。なにが云いたいのかよくわからないおしゃべりでだらだらと作中の三分の二を消化し、終盤であわてて事件が起こして、短い紙幅でむりくりにすべて終わらせていた近年の作品とは大違いだ。
事件に関わって登場する着物関係の人たちも、全員着物キチガイゆえに変人ばかりで面白いし、無駄な長台詞も「こういう変人たちはほっといてもずっとしゃべくるからしょうがない」とある程度は納得できるものになっている。
特に中盤から出てくる天才友禅師の諫早照秋は、スペックがチート過ぎて面白かった。友禅の名家に生まれ、そこを飛び出し前衛的な作風で世界的に注目され、四十半ばだが十歳は若く見える美貌を持ち、モテモテだが独身で、金持ちで、伝法な口調でしゃべくり倒し、辛辣で自信家だがだれよりも情はあつく、頭がまわり度胸もあり、隠れた努力家であり、友禅と自作を愛し、基本ツンデレという、スーパースペック。というか、これ『翼あるもの』『朝日のあたる家』に出てきた島津さんとほぼ同じやん!
そんな感じなので、島津さんファンにはなかなか嬉しいキャラになっている。島津さんみたいにデレてキモキャラ化しないしね。特に超絶小物な双子の兄を、ぼろくそに云いながら作中でほぼ唯一愛しているところなど、わりと萌える。多分、昔の栗本薫が書いてたらぼくは萌え萌えだったよ、この設定。
長さも晩年の伊集院もののなかではダントツに長いし、趣味の着物に関する物語だったからなのか、かなり力を入れて書いているのが伝わってくる力作ではあった。
いやまあ、それでも無駄な部分やキモイ部分は多いし、うんざりする部分も多々あるのだが、二〇〇〇年以降の伊集院シリーズで敢えて一冊選ぶならこれ、と云ってもいい作品である。文体が若いころの栗本薫だったら名作だと思っていたかもしれない。やはり好きなものについて書くというのは大切なのだな。
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