109 魔界水滸伝 12

1987.05/カドカワノベルス

1990.08/角川文庫

2002.12/ハルキ・ホラー文庫

2016.06/小学館P+D BOOKS

<電子書籍> 有

【評】 うな(゚◎゚)


● 第二部、おぼつかなげに開幕


 クトゥルー十二神の復活より一年――地球は変わり果てていた。

 人口は一割以下に減じ、クトゥルーの暗黒領域が広がり、死の灰のふる荒野ばかりが続く世界で、それでも人類は生き残り、安西雄介の結成した地球軍は戦いの準備を続けていた。月に逃亡した選民たちのつきつける無法な要求に地球軍がざわめく中、加賀四郎は禍津神として覚醒するための修行を続ける安西雄介に会いに行く――。第二部「魔界戦線編」開幕(なお後に「地球聖戦編」と呼んでたりするので正式名称は不明)


 第一部の終了から一年の時を経て第二部の開幕である。

 プロローグでは荒廃した関東を怯えながらさまようモブの姿が描かれ、これによって世界の破滅的な状況を描いているのがオープニングとしてふさわしい。なにより、このモブが一巻でちょっとだけ出てきた涼の一番の友人であるというのが、わかる人間にはニヤッとさせてくれる。しかしどうでもいいが栗本薫の作品はモブの日本人青年に弘が多いな!(ちなみにカタカナ名前だとダンが多い)


 続く前半では加賀四郎の視点で地球軍(しかし主人公の結成した軍隊の名前がコレッて死ぬほどダサいな!)内部の状況と、地球の勢力図が説明される。動きの少ないシーンではあるが、すっかりと様変わりしてしまった世界の状況が説明されるため、退屈ではない。

 が、しかし、ここも含め、この巻全体の描写に云えることだが……前巻までの描写と全然ちがくない?

 ICBMが襲ったのは日本だけで、その爆発も女媧によってほとんど防がれ、死の灰は防げないもののだいたいは無事だったはずなのに、なんで世界のどこもかしこも核爆発の被害受けてるの!? その後に核爆弾が使用されたって説明もないのに。つうか日本に向けて放たれたミサイルでなんでアフリカが死の大地にんってるの!?そうなるなら日本は消滅してもおかしくないレベルでめちゃくちゃになってない!?世界がめちゃくちゃだよという状況にするために第一部終盤の展開とか描写とかうろ覚えで書いてるよね!?あと地球軍もダサいけど月面に逃げた元アメリカ上層部たちが築いたネオ・テラ帝国って名前もすごいね!?三十年前だということを考慮してもダサすぎない!?

 など、開幕するなりにわかにダサさと矛盾が気になりだすも、べらべら喋り続ける加賀先生の説明は面白く、その後に思わせぶりな死亡フラグをたててドキドキさせてくれることもあり、加賀先生を満喫できる悪くないくだりである。


 中盤は禍津神として覚醒する修行をしている雄介のシーン。

 第二部大丈夫か?と暗雲がたちこめたのがここである。

 いきなり観念的な禅問答がだらだらとはじまり、雄介が超人化しているのである。

 ちょっと待って欲しい。ただのしぶといルポライターの兄ちゃんが実は禍津神なる超存在であると知らされ、しかしその力は持っていない。それがどのように覚醒するのかと思えば、覚醒シーンなどは描かれず、修行していたのでもう超人になっていましたって、これは燃えない。現実世界が魔界に、異次元に侵食されていき気がつけば踏み込んでいく過程をたくみに描いたこのシリーズにおいて、どう力の覚醒が描かれるのかを期待していたら、過程をすっとばして「はい、もう超強いです」はかなりのガッカリである。

 そして超能力的な戦いを描くにあたり、やたら観念的なことをいうようになったのは完全に『幻魔大戦』後半が抱えた問題である。宗教的な方向にいって煙に巻かれると読者はわりと覚めるんだよ……作者だけはすごい納得してるけど全然納得できないから……。

 この『幻魔大戦』化現象はこの後も第二部を蝕む問題となっていくが、基本的に難しい言葉でごまかそうとしているだけだと思って問題ない。この路線の前人ってやっぱり『幻魔大戦』になるから、基本的にアレンジャーでしかない薫には幻魔化するしかなかったのかもしれないわね……。

 ただここで、謎の存在である美少女セイヤが、幻ともなんともつかない状態で因われた姿で初登場である。

 このセイヤは構想的には真の主人公であり、第二部はセイヤが中心となる宇宙戦争編への橋渡しが本来の役割だったのだろう。スムーズに構想通りに進んでいたら、なかなかおもしろい場面での初登場だ。スムーズに進んでいたらね!


 そんなわけで雄介と竜二がもう人間を超えて強くなったよ、と説明するくだりだったが、しかしそのためにやったことが岩をくだくだけというのは、いまいち燃えないわね……。

 全体的にまかすこ二部は少年漫画・青年漫画的な燃えが必要なストーリー展開になっていくんだけど、薫は少年漫画に萌えていたけど燃えていなかったから、いまいち盛り上がりに欠けるのよね……あとがきで第二部は『バイオレンス・ジャック』に近いといっているけど、豪ちゃんは少年漫画家だから『バイオレンス・ジャック』の戦闘シーンはちゃんと燃えられるし強いキャラの登場シーンは試し割り代わりにちゃんと戦闘してたわよ!?わかって薫!あなたがそれを多少なりとも学ぶのは『幽☆遊☆白書』にハマってからなんだけど、おそすぎるわよ!


 そして後半は多一郎が死の都と化したパリを中心に、ヨーロッパをふろふろと放浪するくだりである。

『バイオレンス・ジャック』な世界の観光案内のくだりである。人肉の脂で火を灯し、健康な人間などどこにもなく、あらゆる弱者が犯して喰らう存在となっている情景は、まあ作者当人が云う通り『バイオレンス・ジャック』なんだが、迫力はあって悪くはない。ただ、ちょっと、なんだろう。2016年現在は無論のこと、1987年当時でも『バイオレンス・ジャック』はもちろん『マッドマックス2』もとっくに上映され『北斗の拳』も終わり間近じゃないですか?

 そうなると、ただのヒャッハーはすでに食傷気味で、どこで秩序の崩壊した世界でもどこでオリジナリティを出すかということで、例えば『ウォーターワールド』だと世界が水没していたりとかするわけで、そういうことを考えると、このシンプルなヒャッハー世界も物足りない感じがするのだ。


 あと多一郎がヨーロッパを彷徨っているのも、死んだ涼が恋しくてふらふらしているというもので、ええ……あなた確かに涼のこと可愛がっていたけどそこまででしたっけ……さすがに涼たん涼たん云いながら何十ページも目的もなくぶらぶらしてるのはくどくない……?きっかけはそれでもいいけどもっとトラブルに遭遇して話が展開するべきじゃない……? いちおうトラブル自体は起きてるけど簡単に解決するし基本ただの観光じゃない……センチメンタル・ジャーニー長すぎぃ……という気分になる。「八岐まだ二千歳だから~」って感じで納得しないよ?

 あと完全に多一郎の認識で完全に雄介が輪廻転生して毎回多一郎と戦っていることになってて、禍津神のこれまでの説明とちがいすぎぃ!別に同一精神の転生とかじゃなくていつどこから現れるかわからないのが禍津神のはずでしょ!?

 どうも一年空けてことで栗本薫自身の頭の中で勝手にそういうことになってしまったのか、今後の展開のために説明の難しいことを決定事項として云い切ることで誤魔化そうとしたのか、この12巻は本当に「あれ?そういう設定だったっけ?」と混乱することが多い。一年空けば「そうだったっけ?」で流されるかもしれないけど、今のぼくは連続で読んでるから騙されませんよ……!

 

 しかしそういう混乱を吹き飛ばすのが、センチメンタル・ジャーニーにいそしむ松本伊代一郎の前にあらわれる、一人称が「おいら」で説明大好きな気さくな悪魔、ルシファー様である。ちなみにノベルス版の表紙はこの人だ。かつてここまで親しみやすいルシファー様がいたであろうか? 目をぱちぱちさせてたり「人間ってかあいいねえ」と云ったり、ムツゴロウさんが動物王国の国民に向けるような態度である。

 そんなルシファー様、多一郎に説明をした後は「じゃ、おいらもうこの星からいなくなるわ」とあっさりと退場して出番が終了である。る、ルシファー様……!たしかにムツゴロウ動物王国も崩壊してムツゴロウさんは動物愛が昔ほどじゃなくなったらしいけど、なにしに出てきたんですかあなた……! その気さくさで読者を腰砕けにさせるためだけに出てきたんですか……!

 いや、まあ、土地にアイデンティティを預けている日本の妖怪以外はたいがい地球からいなくなって、それで百八星には世界の怪物がいないんですよって説明なのかもしれないけど、でもなんでルシファー様にそれをやらせるの……なんで気さくな田舎のヤンキーみたいにするの……。

 思えば、これは後々、大物敵役に対して幾度もつぶやくことになる「お前も気さくな説明おじさんかよ」という展開の予兆であったのかもしれない……。


 そんな感じで、わりと説明とセンチメンタル・ジャーニーだけで終わってしまったので、あまり盛り上がりのない開幕であった。

 説明自体が必要なのは事実ではあるが、その説明がこれまでの設定と比べて矛盾や後付が多いこともあって乗り切れないんだよね……。

 それでも今後の戦いの激化を予感させてはいるし、ありきたりとはいったが死の大地と化したヨーロッパの描写に迫力はあったので、面白いかどうかで云えば面白くはあった。

 しかし、再読であるゆえに開幕からすでに暗雲を感じざるを得ない。過剰なホモ展開……観念論での煙巻……許容範囲を超えた設定の矛盾……気さくな説明おじさん……第二部を彩る不吉な要素はすでに萌芽している……。

 いや、でもこれまで読んだときはホモ化したけど、今回はホモ化しないかもしれないしな!(現実逃避)


 ところで、前巻のレビューでクトゥルー十二神を「クトゥルーと配下の十一神」と説明して「リンかけかよ!」みたいにツッコミましたが、ごめんなさい、ぼくが間違っていました。

 よく数えたらクトゥルーとは別に十二神みたいです。ほら


1:ラン・テゴス

2:ヨグ=ソトホート

3:ダゴン

4:ツァトゥグァ

5ハストゥール

6:シャブ=ニグラト

7:アザトート

8:ナイアルラトホテップ

9:ヨゴス

10:イグ

11:イレム

12:ヒプノス

13:ロイガー


 ね?ちゃんとクトゥルーとは別に十三……十三人いる!?

 いや、どうも11巻の登場シーン見る限りイグとイレムはセットみたいだ。つまりあれだ、双子座の聖闘士が二人いる理論だ。クトゥルー十二神はギリシャ代表じゃなくて黄金聖闘士だったんだ。ぼくが間違っていたよ……。

 でもそもそもイレムって誰だよ……それたしかにクトゥルー神話に出てくる単語だけど街の名前だよ……あとヨゴスってのも誰だよ……惑星ユゴスのことかよ……でもユゴスは後半で別に出てくるんだよな……あとガタノソーアとクトゥグァは第一部で名前が出てきたのに十二神に加わってないってことは格下扱いなのかな……。

 そりゃまあ、わりと初期の段階でニャル様ガメラ説を唱えたときに「設定を調べて忠実に書くつもりはなく話の都合によって好きなように変える」とは書いていたけどさ……ものには何事も限度がある気がするんだよね……。まあでも黄金聖闘士なら仕方ないのかな……。

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