108 ハード・ラック・ウーマン

1987.05/講談社

1990.05/講談社文庫

<電子書籍> 無

【評】うな∈(゚◎゚)∋



● 負け組への限りなき共感に泣く


 石森信がリーダーをつとめるバンドのグルーピーが殺された。信はその殺された女・ライのことがなんとはなしに気になって調べはじめたが、知れば知るほど淋しい女だということがわかっていき――


『ライク・ア・ローリングストーン』(『ライク・ア・ローリングストーン収録』)や『ワン・ウェイ・チケット』(『天国への階段』収録)とほぼ同じテーマ。つまり田舎娘が都会デビューして輝こうとするけど、なんの才能もなくそもそもしたいこともないからなんにもできずに野垂れ死ぬ、という話。

 とにかく文体がダサカッコイイ。

 三十三歳のロッカーである主人公の一人称なんだが、インテリでプータローの流れ者というのが実によくあらわせている。

 出版された一九八七年という時代を考えると明らかに十年くらい遅れているんだが、そこがまた主人公のおっさんロッカーぶりと(偶然)リンクしている感じでいい味を醸しだしている。しゃべり下手なロッカー仲間との会話は、いかにもダメ人間同士という感じで、実にイイ。


 主人公の信は『ぼくらの時代』シリーズに登場した、薫くんの親友の石森信その人で、今までの作品を知らなくても楽しめるし、知っていればより楽しめるという、この按配は実に見事。また、前作までの下積みがあるので、信のキャラクターが確立されているのも強い。

 しかしなによりも見所は、ダメな女に対する共感具合だろう。

 すぐばれる嘘ばかり吐き、盗癖があり、ひけもしないギターを担ぎ、公衆便所あつかいされ、恋人もなく、住む場所もなく、友達の一人もいない、淋しいままに、強姦されて殺された、そんなダメな女の、なにもないけど輝きたいという想いに、作者が激しい共感を示している。

 栗本薫も、またそうだったからだ。

 輝きたいと想いつづけ、マンガを描き、バンドをやり、彼氏をつくり、人の集まるところに出向き、とにかく、何者かであろうとした。しかし彼女はなんの才能も示せなかった。ただ小説だけしか、彼女にはなかった。もし小説の才能がなかったら、自分も同じだったと、そう想っているからこそ、共感して書けるのだ。

 同情ではない。共感なのだ。


 宮部みゆきの小説に『火車』というのがある。

 とある不幸な女性の、カードローンにはじまる悲運の人生を追うサスペンスで、彼女のベストに推す人も多い名作だ。その構成の巧みさ、ローン地獄をあつかった題材選びの巧みさと取材の確かさ、脇役にいたるまでの丁寧な描写、どれをとっても一級品の、たしかに名作だ。

 しかし、それでもなお、そこにあるのは同情だった。

 なにも上から目線だ、などというつもりはない。宮部みゆきはそんな人間ではない。きちんと不幸な女と同じ場所に立って物を見ようとはしている。誠実な書き方をしている。

 だが、共感してはいない。共に感じてはいないのだ。

 栗本薫は、そこが違う。

 彼女は、少なからず一方的な思いこみであるとはいえ、確かに共に感じてくれている。そして、読者までをも、その共感に引きずりこむ。

 優れた構成力も緻密な文章力も斬新なオリジナリティも持たぬ彼女が、唯一、他の作家を圧倒していたのは、この伝染性の共感力とでも呼ぶべきものだ。

 彼女の読者が熱狂的になるのは共感しているからであり、また彼女から離れた読者が強烈なアンチになるのは、かつての共感がまがい物であったことに対して、裏切りと恥ずかしさを感じているからだろう。

「あるかなきかの如く」を理想とする栗本薫の文体は、その共感に大きな力を発揮する。今作でもまた、彼女の滑らかな文体が、次から次へとわかる少女の淋しい人生と、それを受け止める三十三歳のロッカーの気持ちをストレートに読者の心に叩きつけ、どんどんと読み進めていってしまう。

 大きなストーリーなどなにもない、だが栗本薫らしい傑作。


 ……と、云いたいところだが、後半三分の一くらい、ここら辺からあからさまな枚数稼ぎをはじめているのがよくない。

 いつも通りにあまり意味のない長台詞と、前半と同じようなことを云っている物思いの連発で、いいから早く終われよという気分になってくる。オチも特に考えてなかったのだろう、特になにも落ちないまま、ページ数が尽きたので勝手に終わる。

 元々短編だったストーリーを長編に膨らませようとしても、結局うまくいかない、といったところか。後半の著しいぐだぐだがなければ名作と胸を張って紹介できたのに、薫はいつもこういうところが惜しい。残念だ。

 とはいえ途中まではこちらの心をわしづかみにする、負け犬属性・はぐれ者属性持ちの、いわば純・薫ファンにはたまらない作品ではある。

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