第27話

 学校から帰ってくると、その少女は決まって本棚を眺めていた。

電脳化による外部記憶やウェアラブル端末にデータを記録するのが当たり前になった現在、幼い彼女には本も、それを置いておく棚も奇異に映った。

 手を伸ばし、一冊の本を取り出す。いつも気になっていた本だ。

 学校で勉強する教科書でもなく、図書館に置いてある本とも違う。真黒な表紙に白い文字。中に書いてあることも何となくしか読み解けないし、ストーリーもよく分からない。でも見ているだけで面白い気がする。

 こんな本は家にも、学校にもない。そもそも事実と異なるものは本にならない。昔にあった小説やマンガなどは衰退し、他の娯楽も後を追うよう消えていった。今やその娯楽に投じていたリソースは、真面目にそれぞれの人生へと注がれている。

「あら。また来てたのね」気づけば、祖母がお茶を持ってきてくれていた。「何か面白い本でもあった? 好きなの持って行っていいわよ」

「おばあちゃん。これなあに?」

 読んでいた本を見せると、祖母は笑顔で答えた。

「これは小説。架空のお話を書いた本よ」

「小、説? 本当のことじゃないの? 嘘は本に書いちゃいけないんだよ」

 どの本も、どの情報も、架空のものはない。人が生きていく上で、嘘も空想も妄想も必要ない。目の前にある現実から目を逸らす必要はなく、それ以外に目を向ける必要もない。人々が人生に対して真面目に取り組む限り、現実以外の娯楽は意味を持たない。

「ええ、だからこれはいけないもの。私だけが持ってる小説」

「おばあちゃんが書いたの?」

 祖母はゆっくりと首を振る。

「昔、おばあちゃんが若いときに、先生が書いてくれたものよ」

「先生? おばあちゃんの?」

 女の子の頭を優しく撫でながら、祖母は目を細める。

「……そうよ。私の先生」

「こんなに面白いの書けるなんて、その先生はすごいんだね」

 少女は祖母の膝に乗り、また本を読み始める。一文字一文字、ゆっくりと進んでいく。

「本当に面白い? その本」

「うん。面白い」

少女は屈託なく答える。一体この本のことをどれだけ分かっているのか、その小さな瞳は懸命に文字を追う。

 理解していようと、していなくとも、彼女にとって本を読んでいる今この時が面白いのだ。ならばそのかけがえないのない瞬間にこそ価値がある。

ただ一人の少女が面白いと思える文字を、文章を、時間を生み出す。

誰かのために。読んでくれる誰かのために。

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作家絶滅 @neoblack

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